第310話:砂漠の国


 俺はA級冒険者アルとして、南方のクメール王国のバールという街に来ている。

 冒険者ギルドからクメール王国の砂漠に出現する『蜃気楼の巨人』の調査依頼を請けたからだ。


 『蜃気楼の巨人』と呼ばれているけど、その姿は石で出来た巨大なゴーレムらしい。

 クーメル王国では数ヶ月前に地震があってから、『蜃気楼の巨人』が出現するようになった。


 クメール王国は、地震によって砂漠に埋まっていた遺跡が姿を現して。そこから『蜃気楼の巨人』が出てきたと考えている。だから遺跡の発見と調査も、依頼に含まれる。


 クメール王国にはゴーレムを使役する古代王国の伝承があるから、そう考えたんだろう。


 人がほとんどいない砂漠地帯だから、そこまで緊急性は無いし。『石の巨人』を討伐することが依頼じゃない。


 これまでの俺なら、あえて請けるような依頼じゃないけど。冒険者ギルド本部長のオルテガに、この手の依頼があったら教えてくれと頼んでおいた。

 

 俺は冒険者としての原点に帰って、冒険を楽しもうと思っている。

 アリウスとしてじゃなくて、A級冒険者のアルとして依頼を請けることも、オルテガに了承して貰った。


 楽しむために依頼を請けるなんて、冒険者を舐めていると言う奴もいるだろう。そう言われても否定できないし。俺の我がままだという自覚はある。

 だけど他の冒険者の邪魔をするつもりはないし。依頼を達成すれば、問題ないだろう。


 勿論、俺の我がままのために、エリスたちみんなを放っておくつもりはない。

 夜はみんなで一緒に過ごす約束も守るつもりだ。そのための用意・・・・・・・はしてあるからな。


 『石の巨人』の調査依頼を請けた冒険者は全部で22人。俺以外は全員パーティーを組んでいる。


てめえら・・・・、A級冒険者らしいが。この依頼を2人で請けるとか、舐めているだろう? せいぜい、邪魔だけはするんじゃねえぞ!」


 嫌みっぽくそう言ったのは、ツンツン頭で大剣を担いだ20代半ばの男。

 今回参加した冒険者の中で一番等級が高いS級冒険者パーティー『黒鷲団』のサブリーダー、ケイン・ザウエルだ。


 ケインが言ったように。今回の依頼に、俺はもう1人の奴と一緒に参加している。


 俺の隣にいる黒渕眼鏡のイケメンは、ヨハン・オルフェン。

 一応、A級冒険者だけど。それは表の顔で、こいつは『奈落』の暗殺者だ。


 今回、用意したこと・・・・・・のためには、協力者が必要だと思ったけど。俺の我がままにつき合わせる訳だから、金で解決できる関係が良いと思って。ガルドに暗殺者を1人貸してくれと、依頼したんだよ。


 ヨハンは最近までアーチェリー商会に、社員として潜入していた暗殺者の1人だ。冷静沈着な性格で、一般人のフリをするのが上手いし。

 RRGの神がアーチェリー商会に何か仕掛けて来る可能性があったから。それに対処できるだけの実力者だ。


「勿論、貴方たちの邪魔をするつもりはありませんが。格下の冒険者を威圧するなど……ホント、最悪な性格をしていますね」


 小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、ヨハンがケインを挑発する。おい、何を考えているだよ?


「なんだと……てめえ、面を貸せ!」


 ケインが胸ぐらを掴もうとするけど、ヨハンは余裕で躱す。ヨハンは冒険者としてはA級だけど、A級冒険者クラスのレベルじゃないからな。


「てめえ……舐めやがって! 実力の差を思い知らせてやるぜ!」


「実力の差ですか……そんなものがあるなら、是非見せて貰いたいですね」


 ケインがさらにキレて、大剣に手を掛ける。


「ケイン、止さないか。同じ依頼を請けた冒険者に剣を抜くなど、この私が許すと思うか?」


 冷やかな声で、ケインを止めたのは白い髪の女子だ。

 年齢は20代前半。客観的に見て、結構な美人だけど。全く表情がないから、まるで人形みたいだ。


 彼女はケリー・キャスパー。S級冒険者パーティー『黒鷲団』のリーダーだ。


「ケ、ケリー! お、俺はそんなつもりじゃ……」


 ケインの顔が青い。『黒鷲団』の力関係が解った気がするな。


「チッ! てめえ……背中に気をつけろよ」


 ケインはケリーに聞こえないように小声で言うと、俺たちから放れて行く。


「おまえたちも、ケインを煽るようなことを言うな」


 ケリーが俺たちを睨む。いや、先に絡んで来たのはケインだろう。

 だけどケリーに悪気はないみたいだし。こんなことで言い争っても時間の無駄だから、反論する気はなかったけど。


「そんなことを言う前に、飼い犬には首輪を付けるべきじゃないですか?」


 ヨハンが言い返す。嘲るような笑みを浮かべて。


「貴様も言うようだな……」


 ケリーとヨハンの視線がぶつかって、バチバチと火花が飛ぶ。


「ヨハン、それくらいにしろよ。ケリーも、こいつには俺が良く言い聞かせるからな」


 俺は間に割って入ると、ケリーは黙って立ち去った。

 俺は『防音サウンドプルーフ』を発動する。


「ヨハン、どういうつもりだ?」


「アリウス陛下、申し訳ありません。実は私、陛下の大ファンなんです」


 こいつ、いきなり何を言っているんだよ?


「ああ、別に変な意味ではありませんよ。奈落うちのガルド総帥すら黙らせるアリウス陛下の圧倒的な強さに憧れているのです。

 偉大なるアリウス陛下に文句を言うような身のほど知らずは、向こうから手を出させて、殺してしまおうと思いまして」


 笑っているから、まるで冗談を言っているようだけど。ヨハンの目は本気だ。

 奈落の暗殺者たちにとって、殺すことが日常だから。ヨハンは人を殺すことを一切躊躇ためらわない。


「そんなことを、俺が許すと思うか? 今の俺はアリウスじゃなくて、A級冒険者のアルだ。格下の冒険者を馬鹿にしたくらいで、いちいち殺すなよ」


「アリウス陛下がそう言われるなら、従いますが。あんなクズを生かしておく価値はありませんよ」


「良いから、雇い主の俺の言うことを聞け。今回の依頼に参加した冒険者を傷つけることは一切禁止だ。あと自分から喧嘩を売るのも、喧嘩を買うのもなしだからな」


 ハッキリ言っておかないと、ヨハンは勝手なことをしそうだからな。


 俺たち22人の冒険者はバールの街を出発して、砂漠地帯向かう。

 全員A級冒険者以上だから『飛行フライ』を普通に使えるけど。A級冒険者だと長距離を魔法で移動するほどMPに余裕はないから。

 俺たちはクメール王国が用意した乗り物で、移動することになった。


 地上1mほどの高さに浮かぶ木造の帆船。『浮遊船』はそれ自体が巨大な魔道具で。飛空艇のように高く飛べないけど。特に足場の悪い砂漠のような場所の移動手段には向いている。


 バールの街を出てから1時間ほどで、浮遊船は砂漠地帯に入る。


 砂の海を進む帆船って、如何にもファンタジーっ感じだよな。

 グレイとセレナと一緒に世界中を巡っていたとき。ダンジョンを攻略するだけじゃなくて。色々な依頼を請けたけど。


 グレイとセレナが請ける依頼は大抵、危険な状態にある人を助けるものだったから。こんな風にゆっくり移動を楽しむなんてことはなかった。


 今度みんなと観光目的で、クメール王国に浮遊船に乗りに来るのも悪くないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る