第261話:約束
「魔族は人間の敵だということが常識だったのに、貴方たちは魔族と取引を始めることで、その常識を覆した。
それでも魔族を敵視する人間は、この世界にまだ沢山いますが。貴方は彼らと正面から渡り合いながら、人間と魔族が共存する正に自由の国を創ったんです」
ガルシアは笑みを浮かべたまま、真っ直ぐに俺を見る。
「ご存じだとは思いますが、港市国家モルガンは自由な商売を求める商人が集まって創った国です。
人間と魔族の関係とは比べるまでもありませんが。それでも国王や貴族が国を支配することが当たり前の世界で、モルガンという異質な国が独立を維持していくには、様々な苦労がありました。だから私はアリウスがどれほど凄いことをしているのか、少しは理解しているつもりです」
「俺の場合は力ずくだからな。そんなに褒められたものじゃないだろう」
「大切なことは力の使い方ですよ。申し訳ありませんが、アリウスのことは色々と調べさせて貰いました。そして今日、こうして実際に会ったことで確信しました。
アリウス、貴方は自分のためではなく、他の人のために力を使う人間ですね」
ガルシアの言葉に、みんなが嬉しそうな顔をする。
初対面の相手が俺のことを、ここまで肯定するのは初めてだし。ガルシアが口先だけで言うような奴じゃないと、思っているからだろう。
「ベタ褒めされるのは気持ちが悪いな。それで、ガルシアは何がしたいんだよ?」
「アリウス、私は貴方たちに協力したいんですよ。ですが残念ながら、港市国家モルガンの周りには、反魔族を掲げる東方教会の影響が強い国が多く。ブリスデン聖王国とも距離が近いですから、港市国家モルガンが国として『自由の国』に協力することは難しいです。しかしロレック商会として、魔族との取引に関わることはできます」
ガルシアの提案は、ロレック商会がエリスのマリアーノ商会と提携する形で、間接的に魔族との取引に関わることだ。
ロレック商会の力があれば、世界中の国から魔族と取引するための品を集めることができるし。魔族との取引で得た品を、それらの国に広めることができる。
世界一の規模を誇るロレック商会が魔族の品を扱うことで、魔族に対する見方はさらに変わるだろう。
ロレック商会と提携することで、マリアーノ商会の信用が増すことにもなるし。魔族に対する見方を変えることは、間接的に『自由の国』を支援することにもなる。
「勿論、私も商人ですから、儲けを度外視するつもりはありませんよ。魔族との取引は純粋に商売として魅力的ですし。これから自ら販路を開拓するコストや、魔族の領域を移動するリスクを考えれば、マリアーノ商会に魔族との取引を委託する方がメリットがありますからね」
「それでもデメリットはあるだろう。あくまでも商売と言っても、東方教会やブリスデン聖王国の連中が黙っていないよな。特に東方教会は、裏で魔族との取引に関わっているし」
東方教会は、魔族は敵だと公言しながら、裏では信者という安い労働力を使って、魔族との取引に関わっている。
ガルシアも東方教会の裏取引のことは知っているようで、特に驚かなかった。
「それについては、私も商人の意地を押し通しますよ。商売の邪魔をされて泣き寝入りしたら、商人などやってられませんから。それに港市国家モルガンは、これまでも周辺国との衝突を交渉で回避しながら、上手く立ち回って来ましたので」
モルガンは国を守るために傭兵を雇っているけど、他国と真面に戦って勝てるほどの軍事力はない。そんなモルガンが独立を維持しているのは、ガルシアが言うように上手く立ち回って来たからだろう。
「ガルシア、解ったよ。マリアーノ商会との提携はエリスが決めることだけど。俺としては、ロレック商会が協力してくれることはありがたいからな」
「アリウス、私の答えなら、もう解っているわよね? ガルシアさん、提携の話はこちらからも是非お願いするわ」
エリスが笑顔で応える。
「エリスさん。こちらこそ、よろしくお願いします」
話は決まったけど。俺には気掛かりなことが1つある。
「この話はしばらく伏せておいた方が良いな。ガルシアもブリスデン聖王国と新たな勇者のことは知っているだろう?」
俺の言葉にガルシアが頷く。
「そろそろ奴らが動き出しそうなんだよ。だけどブリスデン聖王国の狙いがまだ解らないからな。このタイミングで、ロレック商会が魔族と取引するなんて話が伝わると。モルガンが標的にされることも考えられるからな」
「確かに、その可能性は私も考えましたが。アリウス、ブリスデン聖王国が強硬策に出ると思いますか?」
「まあ、あくまでも可能性の話だよ。だけど俺たちのためにモルガンを危険に晒したくないからな。ブリスデン聖王国が本当にモルガンを標的にするなら、そのときは俺が全力で止めるよ。モルガンだけじゃなくて、他の国を標的にしても。魔族の領域に奴らが侵攻してもな」
ガルシアは力の使い方が大切だって言ったけど。俺もそう思うからな。
勇者の件でこれ以上、人間にも魔族にも犠牲者を出すつもりはないんだよ。
「アリウスにそう言って貰えると心強いですね。自分たちのことは自分たちで、どうにかするつもりですが。もしものときは、アリウス、どうか力を貸してください」
船が港に戻ると。
「もう1つだけ、貴方たちを案内したい場所があるんですよ」
ガルシアはそう言って、再び馬車を走らせる。
夕日に照らされるモルガンの街並みを眺めながら、向かったのは街の中心部に近い小高い丘の上にあるレストランだ。
「このレストランの3階にある展望席から眺めるモルガンの街の夜景は最高だと、評判が良いんですよ。席の予約はしておきましたから、あとは皆さんで楽しんでください」
ガルシアとミランダは俺たちを残して帰っていく。
俺はモルガンのことを事前に調べたから、このレストランのことも知っているけど。展望席は1年先まで予約が埋まっていたから、取れなかったんだよ。
眠らない街モルガンが、魔法の光で夜の闇に浮かび上がる光景を眺めながら。俺たちはレストランの食事を楽しむ。
ガルシアが予約したのは、展望室でも1番見晴らしの良い個室で。部屋には俺たち以外誰もいない。
「アリウス。ガルシアさんとミランダさんって、本当に良い人ね」
「そうだよね、アリウス君。ガルシアさんたちのおかげで、凄く楽しい旅行だったね」
夜景を眺めて、うっとりしながら、ミリアとノエルが言う。他のみんなも頷いている。
「ああ、そうだな。俺もそう思うよ」
俺たちは2日間の旅行を、楽しむことができたし。ガルシアとミランダ、ルシアーノという新しい知り合いもできた。
明日からまた、いつもの生活に戻るけど。またこんな風にみんなと一緒に出掛けられるように、勇者とブリスデン聖王国の件を解決しないとな。
※ ※ ※ ※
それから数日後。フレッドから、『
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