第259話:ロレック家
結局、ルシアーノのナイトクラブを出たのは、午前零時に差し掛かる頃で。
「じゃあな、アリウス。また飲もうぜ。ガルシアの件は、明日、おまえたちの宿に使いを行かせるからよ」
俺たちがどこに泊まっているか、ルシアーノに教えた覚えはないけど。こいつなら突き止めるのは簡単か。
翌朝。昨日は遅かったから、みんなにはゆっくり寝て貰うことにしたけど。俺は日課の鍛練のために、いつも通りに起きる。
鍛練を終えて宿に戻ると、エリスとソフィアがすでに起きていた。
「アリウス、おはよう。相変わらず、早いわね」
「アリウス、おはようございます」
「2人はもう起きたんだな。朝飯を作る必要もないんだから、たまにはゆっくり寝ていれば良いのに」
「私も習慣で、この時間に目が覚めるのよ」
「そうですね。私とエリスはお茶を飲みながら、お喋りしていますから、アリウスはシャワーを浴びてきてください」
俺がシャワーを浴びて戻って来ると。みんなも起きて来たから、一緒に朝飯を食べる。
宿の給仕係が、俺たちの部屋まで調理用の魔道具を運んで来て。一人一人に卵の焼き方を訊いてから、目の前で焼く。
あとは焼きたてのパンに、ベーコンとソーセージ。サラダにフルーツと、メニューはシンプルだけど、どれも美味い。
さすがはモルガンで一番の
食後のお茶を飲みながら寛いでいると。宿屋の従業員が、迎えの馬車が来たと知らせに来る。
宿屋の前には、ロレック家の紋章が入った黒塗りの馬車が停まっていた。
「皆様。主の命にて、お迎えに上がりました」
20後半のジャケットを着た女子が、恭しく頭を下げる。
ルシアーノから、みんなが一緒だと聞いて、女の使いを寄越したのか?
名前を呼ばないのも、俺たちが非公式にモルガンに来たことが、解っているからだろう。
ロレック家の馬車の中は、ゆったりとしたスペースで、魔道具による空調完備。
ここまでは宿屋で借りた馬車と同じだけど。椅子や調度品は、さらに質が良い物を使っているし。飲み物も高級酒が用意してある。
馬車はゆっくり進んで、モルガンの旧市街に向かう。
港市国家モルガンは発展と共に、港を拡張して、街も海沿いに広がった。
旧市街はモルガン建国当初に開発された地域で、今のモルガンの街の南西部にある。
馬車が停まったのは、旧市街の中心にある広い敷地の邸宅の前。
俺は事前に調べたから知っているけど。ここはモルガン建国当初に使われていた旧国家議長官邸だ。
港市国家モルガンは議会制度の国で。有力な交易商が大半を占める国家議員たちが、合議制でモルガンを統治している。
国家議長は議会を取り纏めるだけじゃなくて。議会で決めたことの執行権を持っているから、実質的なモルガンの国家元首に近い。
旧国家議長官邸は、モルガンを建国した初代国家議長ビクター・ロレックが私費で建てたもので。今はロレック家が所有している。
柵に囲まれた建物は、落ち着いた雰囲気の古典的な造りで。庭一面に薔薇が植えらたれている。薔薇は春と秋に咲く品種らしく、外からでも、鮮やかな色の花が見える。
旧国家議長官邸はモルガンでも有名な観光スポットの1つだけど。一般公開していないから、観光客はこうして外から眺めることしかできない。
俺たちは馬車を降りると、ジャケット姿の女子の案内で門をくぐる。
庭を歩いていると、一面に咲いている薔薇の花に、みんなが思わず目を止める。
「本当に綺麗な薔薇ね。手入れも良く行き届いているわ」
「香りも素晴らしいですね。こんな素敵な庭園は、そうはないと思いますよ」
「気に入って貰えて、何よりです。ここの薔薇は、ロレック家が代々管理して来たんですよ」
不意の声に、みんなが視線を向けると。建物の方から男が歩いて来る。
年齢は40代で、見た目は穏やかな紳士って感じだけど。灰色の瞳に、意志の強さを感じる。
「ここなら他の者に聞かれることはありません。アリウス・ジルベルト陛下、お会いできて光栄です。私はロレック商会のガルシア・ロレックと申します」
ガルシア・ロレックは現ロレック家当主の長男で、世界一の規模を誇るロレック商会のナンバー2だ。
ガルシアは港市国家モルガンの国家議員の1人でもあるけど。『ロレック商会』の人間として名乗ったのは、あくまでもプライベートで俺たちと会っているってことだ。
「ガルシア、アリウス・ジルベルトだ。公の場じゃないんだし、俺は堅苦しいのが嫌いだから。名前は呼び捨てで、敬称も敬語もなしにしてくれよ」
「解りました。それではアリウス、改めまして、モルガンへようこそ。口調については、私は普段からこの口調ですので、気にしないでください」
ガルシアは気さくな笑みを浮かべると、みんなの方に向き直る。
「皆さんも、良く来てくれましたね」
ガルシアはみんなとも、一人一人挨拶を交わす。本当に気さくな紳士って感じだな。
「お茶を用意しますので、ゆっくり薔薇をご覧になってください。よろしければ、私が庭園を案内しますよ」
ガルシアは、こうなることを予想していたのか。庭の一角に置かれた白いテーブルで、侍女たちがお茶とお菓子の準備をしている。
「ガルシア。せっかくだから、そうさせて貰うよ」
庭園の薔薇はロレック家が代々管理して来たと言っていたけど。確かにガルシアは薔薇に詳しいみたいだ。
庭園を案内しながら、邪魔にならない程度に、薔薇について解説する。
一通り庭園を見て回った後。侍女たちが用意したお茶とお菓子を貰う。
お茶は薔薇の花びらを浮かべたローズティーで。お菓子は薔薇のエッセンスを生地とクリームを加えたケーキらしい。
「え……初めて食べた味だけど、凄く美味しい!」
「ミリア、そうだよね! 薔薇の匂いを美味しそうって感じたことはなかったけど。お茶もケーキも凄く美味しいよ!」
「そこまで言って貰えると、私も嬉しいですよ」
他のみんなはミリアやノエルみたいに感想を言わないけど、満足しているみたいだし。
ガルシアの人柄もあるだろう。初対面のガルシアと一緒でも、みんなは薔薇とお茶を楽しんでいるみたいだな。
「ガルシア。ここに案内したってことは、ルシアーノから、俺たちが観光目的で来たって聞いているんだろう?」
「そうですね。貴方たちには、港市国家モルガンを楽しんで貰いたいですから。よろしければ、この後も私が案内しますよ」
「案内してくれるのは、ありがたいけど。ガルシアは、俺に何か話があるんじゃないのか? 俺たちは今夜モルガンを発つから、そんなに時間はないけど」
俺たちがもっとモルガンに滞在すると思って、ガルシアが観光を優先しようと考えているなら。騙すようで悪いから、正直に伝える。
「確かに、貴方たちと話したいことはあります。ですが、まずはお互いを良く知ることが重要ですから。時間がないのでしたら、私の話は別の機会で構いませんよ」
ガルシアは俺たちに恩を売ろうとしているだけかも知れない。
だけど何の見返りも求めないで、他人のために動く方があり得ないからな。
性急に見返りを求めないところは悪くないし。とりあえず、ガルシアにもう少し付き合ってみるか。
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