第258話:ナイトクラブ


 ルシアーノに連れていかれたのは、ナイトクラブって感じの店で。

 薄暗い明かりに照らされた店内は、ピアノとサックスで音楽が奏でられて。下着姿の女たちが、ポールダンスを披露している。


 客層はあまりガラが良くないけど。とりあえず金を持っていそうな連中で、30代以下が多い感じだな。


 俺たちは一番奥にあるVIPルームに通されて。テーブルには様々な料理と酒が並ぶ。

 防音用の魔道具が設置されているし。この部屋で話したことが、他の奴に聞かれることはないだろう。


「アリウス、ここは俺の店だ。何でも好きに注文してくれよ」


 ルシアーノは革張りのソファーにふんぞり返るように座って。左右の女の腰に腕を回している。

 俺はルシアーノの向かいに、みんなは俺の左右に並ぶように座る。


 みんなを連れてきたのは、俺と一緒にいるのが一番安全策なのもあるけど。みんなで楽しむために旅行に来たのに、みんなを放置する訳にはいかないからだ。


 ルシアーノの誘いを断ることも考えたけど。こいつはモルガンの街に当然詳しいだろうし。旅行を楽しむために、話を聞くのも悪くないと思ったんだよ。


「それで、『魔王の代理人』アリウス・ジルベルトが何の用があって、港市国家モルガンに来たんだよ?」


「特に用がある訳じゃなくて、只の観光だよ。カジノに来たのも遊ぶためだからな」


「『魔王の代理人』が観光なんてするのか? まあ、おまえも人間ってことか」


 ルシアーノは最初から俺の正体に気づいていたのか。態度は全然変わらない。


「アリウス、モルガンの夜を堪能してくれよ。モルガンは眠らない街って言われているからな。まだまだ夜は長いぜ」


 ルシアーノは葉巻を咥えて、上機嫌でグラスの酒を一気に飲み干す。


「そうだな。だけど俺たちはナイトスポットよりも、普通に観光を楽しみたいんだよ」


 ポールダンスをしている女たちに、ソフィアが顔をしかめて。ミリアとノエルが顔を赤くしていたからな。


「まあ、アリウスは女に不自由してねえみてえだし。女連れで来る場所じゃねえか。ああ、俺は品がねえから、あんたたちには不快かも知れねえけど。勘弁してくれよ」


 ルシアーノがみんなに気を遣う。こいつは本当に悪い奴じゃないみたいだな。


「ルシアーノさん。確かに女性が来るような店じゃないわね。だけど気にしないで。私たちはアリウスと一緒にいたくて、自分の意思で来たんだから」


 エリスはこの店の雰囲気にも平然としていて。VIPルームのガラス張りの窓から、客たちの反応を観察している。


「アリウスは愛されているみてえだな。それにしてもロナウディア王国の元王女、マリアーノ公爵にさん付けで呼ばれるなんて、光栄だぜ」


「あら、私の方こそ。港市国家モルガン最大のマフィア、ギラーネファミリーの大幹部ルシアーノ・ビヤンシェさんが、私のことを知っているなんて光栄だわ」


 ルシアーノもエリスも当然知っているって顔だ。

 俺もギラーネファミリーの幹部にルシアーノって奴がいることは知っていたけど。マフィアにそこまで詳しい訳じゃないからな。


「アリウス。明日が早いなら、無理に引き留めるつもりはねえからな。帰りたいなら言ってくれよ」


「ああ。ルシアーノには悪いけど。日付が変わる前には帰るよ」


「じゃあ、それまではじっくり飲もうぜ」


 ルシアーノはグラスを掲げて、再び中の酒を一気に飲み干す。


「まあ、アリウスには余計な話だろうが。モルガンで面倒ごとに巻き込まれたら、俺の名前を出せよ。大抵の奴なら黙らせてやるぜ。

 あと1つ、アリウスに聞きてえんだが。今日、市場マーケットでゴロツキどもが一斉に意識を失うって、妙なことが起きた。こいつはアリウスの仕業か?」


 ルシアーノに隠すようなことでもないから。俺は素直に答える。


「絡まれると面倒だから、先手を打ったんだよ。殺してないから、問題ないだろう?」


「ゴロツキどもなんて、殺しても構わねえよ。魔法を使って眠らせたって噂だが。ゴロツキだけを眠らせるなんて、魔法の腕が相当立つ奴の仕業だと思っていたが。アリウスがやったなら、納得できるぜ」


 俺は魔法なんて使っていないけど。そこまで話す必要はないだろう。


「そうだ、アリウス。もし明日時間に余裕があるなら、ガルシア・ロレックに会う気はねえか? ガルシアなら観光するにも、色々と優遇してくれるぜ」


「ガルシア・ロレックって、あの・・ロレック家の長男か?」


「ああ、その通りだぜ」


 港市国家モルガンを建国したビクター・ロレックの血を受け継ぐロレック家は、モルガンの実質的な支配者と言える。

 ロレック家が営むロレック商会は、誰もが認める世界一の規模を誇る商会だ。


「マフィアと権力者が繋がっているのは、良くある話だが。俺は個人的にガルシアと付き合いがあるんだ。

 ロレック家の人間と知り合いになるのは、アリウスやマリアーノ公爵にも、悪い話じゃねえだろう?」


「俺たちとガルシアを会わせて、ルシアーノに何のメリットがあるんだよ?」


「ガルシアに恩が売れるだろう。『魔王の代理人』アリウス・ジルベルトと繋がりができれば、ガルシアにとっても悪い話じゃねえ」


 だったら、わざわざ俺の同意を得なくても。ガルシアに俺の情報を流せば、向こうから勝手に接触して来るんじゃないのか?


「俺たちは観光で来たんだし。断っても構わないんだよな?」


「ああ。だったらガルシアには、アリウスたちのことはしばらく黙っておくぜ。

 俺はバカンスの邪魔をして、アリウスを敵に回すほど間抜けじゃねえ。ガルシアにも後で話せば、俺の判断が正しいって言う筈だぜ」


 ルシアーノは悪い奴じゃないし。頭が回るから助かるよ。


「なあ、ルシアーノ。カジノで俺に声を掛けたときに、ここまでの筋書きを描いていたのか?」


 ルシアーノはニヤリと笑う。


「勿論、考えてはいたぜ。アリウスが嫌な奴だったら、上手く騙して利用するつもりだった。だが俺がおまえを気に入ったは本当だぜ」


「ルシアーノ、俺も初めはウザい奴が絡んで来たと思ったけど。おまえみたいな奴は嫌いじゃないよ。

 じゃあ、ガルシアに会うかどうかは、みんなの意見を訊いて決めるからな」


 俺はその場でみんなと話し合う。

 エリスは乗り気で、他のみんなはそこまでじゃなかったけど。

 結局、観光で優遇してくれるならと。俺たちはガルシアに会うことにした。


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