第256話:カジノ


 市場マーケットの後は、港市国家モルガンの観光スポットを馬車で巡る。


 波止場に停泊する大型帆船の群れ。この規模の港はロナウディア王国にはない。大陸東部の国々の品物が、モルガンを経由して別の国に運ばれる。


 商売のためにモルガンに移住する人間も多く、出身国ごとに集まって住む傾向があって。街の区画ごとに異なる建築様式の建物が並んでいるのも、モルガンの特徴だ。


 街の近くにはビーチがあって、モルガンはビーチリゾートでも有名だけど。今は季節が秋だから、海を眺めながら浜辺で遊ぶくらいだ。


 俺たちは観光を終えると。いったん高級宿屋ホテルに戻って、着替えてから夕飯を食べに行く。

 みんなはそれぞれドレスに着替えて。俺はシルクのシャツとアスコットタイに、銀糸で装飾した夜青色ナイトブルーのジャケット。


 いや、俺は堅苦しい格好は好きじゃないけど。エリスとソフィアもいることだし。たまにはこういう趣向も楽しめると思ったんだよ。


 港市国家モルガンで美味いと評判なのは、海鮮料理だけじゃない。俺たちが夕飯を食べたのは多国籍料理を出すレストランだ。この店では色々な国の本場の味が楽しめる。


 俺が港市国家モルガンに詳しいのは、情報収集は冒険者の基本だから、日頃から世界中の国の情報を集めていることと。旅行先に選んだ時点で、当然だけどモルガンについて色々と調べたからだ。

 情報を集めただけじゃなくて、直接下見にも来たから。モルガンの街の雰囲気も解っている。


 夕食を食べた後。俺たちは宿屋に戻らずに、夜の街に繰り出す。

 魔法の光で照らし出される眠らない街。港市国家モルガンのもう一つの売りは、ナイトスポットで。その中でも特に有名なのがカジノだ。


 最初は交易品目当ての貴族や豪商相手に始めたカジノが流行って。今では金持ちを相手にする高級カジノ以外にも、一般の観光客がリーズナブルなレートで楽しめるカジノがたくさんある。


 俺たちが向かったのは、モルガンでも有数の高級カジノ。

 リーズナブルなレートのカジノだと、ガラの悪い連中も多いし。高級カジノなら接客も一流だから、ラウンジ感覚で楽しめるからだ。


 馬車がカジノの前に停まると、タキシード姿の店員たちが恭しく頭を下げる。俺たちの馬車を見て、上客だと思ったんだろう。


 カジノに入ると、ここでも周りの客たちに注目される。

 俺は5人の美人を連れている上に、今はみんなが着飾っているから仕方ないよな。

 さすがに高級カジノだけあって、店員たちはそんな素振を一切見せないけど。


 客たちは如何にも金持ちという感じの奴ばかりで。店員から飲み物や軽食などのサービスを受けながら、ギャンブルを楽しんでいる。


 俺は金をチップに交換する。とりあえずチップに換えたのは金貨60枚。金貨1枚が日本円で10万円くらいの価値だから約600万円だ。


「アリウス。今、凄い金額を出したわよね!」


「そ、そうだよ。アリウス君、金貨何枚払ったの?」


 ミリアとノエルが驚いている。2人は平民出身だから、金銭感覚は至って普通だからな。


「今日は楽しみに来たんだから、金のことは気にするなよ。ほら、みんなの分のチップも用意したからさ」


 それぞれ金貨10枚分のチップを渡そうとすると、ミリアとノエルに断られる。


「アリウス、私だって働いているんだから。自分が遊ぶお金は自分で出すわよ」


「そうだよ、アリウス君。そんな金額、受け取れないよ」


「いや、俺の方からみんなを誘ったんだから。今日は俺に出させてくれよ」


 結局、残ったチップは俺に返すということで納得して貰う。


「カーネルの街の冒険者ギルドで、みんなに奢るときもそうだけど。アリウスはお金を使うときは躊躇しないわよね」


 ジェシカが苦笑する。


「まあ、ダンジョンでそれなりに稼いでいるからな。ジェシカたちだって、そうだろう?」


「確かに私だって払えない額じゃないけど……まあ、良いわ。今日は楽しませて貰うわよ」


 エリスとソフィアは空気を読んで。


「こういうときは、素直に受け取っておくモノよね」


「そうですね。アリウス、ありがとう。遠慮なく使わせて貰います」


 とりあえず、俺たちはカジノを一周して見て回る。

 このカジノで提供されているのはルーレットに、ブラックジャックやバカラなどのトランプを使ったゲームだ。

 内容的にはシンプルだけど。客たちは金貨1枚と同じ価値がある『10』と書かれたチップを、当然のように積み上げている。


 俺たちはみんなで一緒にゲームを楽しむために、まずはルーレットをやることにした。

 あらかじめ賭けることもできるけど。ディーラーがウィールと呼ばれる回転盤を回して、縁を回転するようにボールを投げてからチップを賭ける。

 賭けてからボールを投げると、プロのディーラーなら高確率で狙った場所にボールを入れられるから、賭けに勝てないからだ。


 俺はギャンブルで勝つことが目的じゃなくて、みんなと楽しむためにカジノに来たけど。これも経験だからな。ディーラーのボールを投げるときの回転盤の位置や、ディーラーの癖を観察しながら、結果を予測して・・・・・・・チップを賭ける。

 賭ける金額はみんなの空気を読んで『10』チップ1枚ずつだ。


 それでも日本円で10万円だけど。あまり金を落とさないと、カジノが商売にならないからな。飲み物や軽食のサービス分は、金を落とす必要があるだろう。

 みんなは飲み物を飲んでお喋りしながら、ゲームを楽しんでいる。


 2時間ほどルーレットをして。みんなの勝ち負けは、それぞれ多少のプラスマイナス程度。俺は金貨18枚分のプラスだ。


「アリウスはギャンブルも強いのね」


 金貨5枚分負けているジェシカが悔しそうだ。


「いや、只のビギナーズラックだよ」


「その割に、途中から勝ち続けているじゃない。ルーレットで勝つコツってあるの?」


 確かに俺は途中まで負け越していいたけど。直近10回は8勝2敗だ。まあまだ完全に予測・・・・・・・できる訳じゃないからな。


「みんな、疲れたなら宿屋に戻るけど。問題ないなら、今夜はじっくりゲームを楽しまないか? そろそろルーレットは飽きただろうから。次は何かカードでもしようか?」


 時間は午後10時過ぎで。普段になら、そろそろ寝る支度をする時間だけど。旅行に来たときくらいは、夜更かししても構わないだろう。

 みんなが同意したから、カードのテーブルに移動しようとすると。


「おい、ちょっと待てよ。凄え美女をたくさん連れているから、名うての遊び人かと思ったが。さっきから見ていれば、しけた賭け方をしているじゃねえか」


 露出度の高いドレスの女子2人を連れた男が、俺たちの前に立ちはだかる。

 年齢は30歳前後で、身長は180cmくらい。癖のある長い黒髪に、整えた顎髭のワイルドな感じのイケメン。襟付きの赤いシャツに白いジャケット。

 シャツの胸元を大きく開けているから、良く日に焼けた厚い胸板が見える。


「何だよ、俺に文句があるのか?」


 こいつの視線には気づいていたけど、何も仕掛けて来ないから無視していた。

 だけど絡んで来るなら話は別だ。今日はみんなと楽しみに来たんだからな。邪魔する奴は容赦しない。

 とりあえず、みんなも社交的な笑みを浮かべているけど。目は笑っていない。


「文句があるから、声を掛けたに決まっているじゃねえか。なあ、おまえ……俺とサシで負しろよ。大人の遊び方って奴を、俺が教えてやるぜ」


 いや、サシで勝負したらカジノに金が落ちないから迷惑だし。

 そもそも俺はこんな奴に付き合うつもりはないからな。そんなことを考えていると。


「アリウス、構わないわよ。私はアリウスが勝つところを見たいわ」


 魅惑的な笑みを浮かべるエリスに、みんなが頷く。


「なあ。ここまで女に言われて、引き下がるのか?」


 男が煽って来るけど、そんなことはどうでも良い。

 みんなが勝つことを期待しているなら。俺はみんなを楽しませたいからな。


「じゃあ、ルーレットで構わないなら付き合うよ」


 ルーレットなら、カジノに金が落ちるし。ディーラーの癖も・・・・・・・・解った・・・からな。

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