第217話:新しい出会い


※三人称視点※


 夕方になって。ツインテール女子のヘルガと、シリウスとアリシアは『ギュネイの大迷宮』からカーネルの街に戻って来た。


 いまだにシリウスとアリシアの目が冷たいのは、ヘルガの気のせいじゃない。

 最高の優良物件であるアリウスに対して、自分にもワンチャンあるんじゃないかと考えてしまったのは事実だが。


「なあ、シリウス、アリシア。良い加減に機嫌を直せよ。私は何もしてねえだろう」


「でもヘルガさんはアリウスお兄ちゃんに対して、邪なこと考えていたわよね」


「ヘルガさんは誤魔化したつもりみたいだけど、バレバレだよ」


「だから、おまえらの勘違いだって。確かに私もアリウスさんを冒険者として尊敬しているけどよ。それだけだからな」


 結構な地雷を踏むことになるのは解っているから、ヘルガは決して認めるつもりはなかった。


「ヘルガ、シリウス、アリシア、お帰り。今日の成果はどうだったんだ?」


 冒険者ギルドに行くと。すでに酒を飲んでいるゲイルたちが声を掛ける。


「ゲイル、あんた……一日中酒を飲んでいただろう?」


「ああ、昼間から飲む酒は最高だぜ。おまえたちも何か飲むだろう?」


「シリウス、アリシア、喜べ。今日はゲイルが全部奢ってくれるってよ」


 ヘルガがニヤリと笑う。


「おい、ヘルガ。俺はそんな……仕方ねえな。良いぜ、おまえら3人・・のメシ代くらい払ってやるよ」


「お! ゲイル、気前が良いな。さすがは私らのリーダーだぜ」


「ゲイルさん、ありがとうございます」


「ゲイルさん、ご馳走になります」


 シリウスとアリシアが礼儀正しく頭を下げる傍らで。ヘルガは早速カウンターに行くと、透明な蒸留酒をボトルで注文する。


 今日は今のところ、アリウスやジェシカたちの姿はない。

 夏休みの間、シリウスとアリシアはじっくりと腰を据えて『ギュネイの大迷宮』を攻略するつもりだから。カーネルの街に1ヶ月ほど宿を取っている。

 昨日の夜もアリウスたちは夕食の後に帰ったが、シリウスとアリシアは2人で宿に泊まった。


 シリウスとアリシアは昨日の夕食にアリウスと同じ物を注文して、半分くらいアリウスに食べて貰うことになったから。その反省を活かして、今日は慎重に注文する。


「よう、シリウス、アリシア。今日はアリウスと一緒じゃないんだな」


 ヘルガとゲイルたちと夕飯を食べていると、ギルドに戻って来た冒険者たちが気安い感じで声を掛ける。


 冒険者たちの多くが、2人がアリウスの弟と妹だと知っているし。ゲイルは何だかんだと言って、面倒見が良いから。カーネルの街の冒険者全体のリーダーのように慕われている。


 だから皆が和気あいあいとした雰囲気で。夕飯を食べながら、酒を酌み交わしていたが。

 冒険者は気の良い連中ばかりじゃない。


「何だ? おい、ゲイル。カーネルの冒険者ギルドは、いつから託児所になったんだ?」


 身長2m超の巨漢の男は、冒険者ギルドに入って来るなり。ドスの利いた声で言う。

 身体中に刺青を入れて。短く切った髪は、頭の左右に剃り込みを入れている。昨日の夜は冒険者ギルドで見掛けなかった顔だ。


「ロギン、遠征から帰って来たのか。シリウスとアリシアはこう見えても、A級冒険者クラスだぜ」


 ロギンは半年ほど前からカーネルの街を拠点にしているA級冒険者だ。

 普段は『ギュネイの大迷宮』に挑んでいるが、この一月ほどは依頼を受けてカーネルの街を離れていた。


「はあ? ゲイル、適当なことを言ってるんじゃねえぞ。どう見ても、只のガキじゃねえか。おい、ガキども。ここはてめえらのような、ションベン臭え奴が来る場所じゃねえんだよ。さっさと失せろや」


 ロギンは鼻で笑って、聞く耳を持たない。脅しを掛けるように、シリウスとアリシアの方に踏み出して来るが。その前にヘルガが立ち塞がる。


「おい、ロギン。てめえこそ、口が臭えから喋るなよ。シリウスとアリシアも冒険者だ。冒険者がギルドに来て、何の文句があるんだ? グダグタ言いやがって、尻の穴の小せえ奴だな」


「何だと、ヘルガ……てめえ、調子に乗りやがって!」


 ヘルガとロギンが睨み合う。ヘルガも女子としては平均以上の身長だが、ロギンが相手では大人と子供に見える。


 シリウスとアリシアは、ここまで成り行きを窺っていたが。

 自分たちのせいでヘルガがロギンと喧嘩するのを、黙って見ているつもりはなく。互いに目配せして、同時に立ち上がると。ロギンの左右に周ろうとするが――


「ウゲッ……」


 突然、ロギンが呻き声を上げて蹲る。


 いつの間にかロギンの後ろにいた男が、股間を思いきり蹴り上げられたからだ。


 年齢は20歳前後。細い目が特徴的だが、美男でもブ男でもないフツメン。

 身長170cm台半ばで、身体つきは至って普通。目が細い以外に、特に特徴のない感じだ。


「ヒュ、ヒュウガ、てめえ……いきなり、何しやがる……」


 痛みに耐えながら文句を言うロギンの顔面を、ヒュウガと呼ばれた目の細い男は鷲掴みにして。


「なあ、ロギン。何を勝手に、喧嘩を売っているんだよ? 無暗に人に絡むなって、いつも言っているだろう」


 ロギンの頭蓋骨がミシミシと音を立てる。


「や、止めてくれ……お、俺が悪かった……」


「おい、ロギン。謝る相手が違うだろう? だからおまえはダメなんだよ」


 ゴンッと鈍い音を立てて、ロギンの頭が床にめり込む。

 気を失ったロギンを放置して、ヒュウガは立ち上がると。


「ああ、やっちまった。マスター、修理代はロギンに払わせるから、勘弁してくれよ。ヘルガに、ゲイルさん。それに、おまえたちにも迷惑を掛けた」


 ヒュウガはシリウスとアリシアに向き直ると、頭を下げる。


「うちの馬鹿が済まなかったな。俺はヒュウガ・ロフトン。一応、SS級冒険者だ」


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