第193話:宣戦布告


 さらに2ヶ月が過ぎて。俺とグレイとセレナは、世界迷宮ワールドダンジョンの攻略を順調に進めている。

 今日は週に一度、魔神エリザベートに手合わせをして貰う日だ。この世界の頂点に君臨する魔神と戦える貴重な経験だからな。俺たちに断る理由はない。


 血のように赤い湖の上に浮遊する都市。魔神エリザベートが支配する魔界の国イスペルダの首都イズルには、巨大な塔のような建物が立ち並んで。中央にはさらに巨大な要塞のようなエリザベートの居城が見える。


 俺たちが魔神エリザベートの城に向かうと、雰囲気がいつもと違っていた。

 巨大な広間で玉座に座るエリザベートと、立ち並ぶ魔将たち。ここまではいつもと変わらないけど。エリザベートの前で片膝を付いているのは、見知らぬ悪魔だ。


 口髭を生やした男と、妖艶な雰囲気の女。2つの頭と4本の腕を持つ異形の悪魔は、不敵な笑みを浮かべている。


「ほう……魔神ニルヴァナが私に宣戦布告するだと? 無論、受けて立つが。ニルヴァナ本人が姿を見せないとは、どういう了見だ? 魔神同士の戦いであれば、自ら宣戦布告するのが礼儀であろう」


「エリザベート陛下、お言葉ですが。すでに戦いは始まっておりますので」

「用心深いニルヴァナ陛下は、武勇を誇るエリザベート陛下を警戒しているのです」


 2つの頭を持つ悪魔の男の顔と女の顔が、順番に喋る。言葉遣いは丁寧だけど、不遜な態度が滲み出ている。


「ユーグレント。つまり貴様は、この場で殺されても構わないということだな?」


「はい、その通りですが」

「エリザベート陛下は、そのような無粋な真似は決してされないでしょう」


 人を食ったような態度の2つの頭を持つ悪魔ユーグレントに、ハイネルフォード、ガガーラン、ロンダルキアといった魔将たちが気色ばむ。

 だけど魔神エリザベートは魔将たちを視線で制して。


「確かに私はニルヴァナのような卑怯者ではないからな。ユーグレント、ニルヴァナに伝えておけ。陰で天界の神と手を結んだからといって、良い気になるな。小物同士が手を組んだところで、この私には勝てぬとな」


「エリザベート陛下が何を仰っているのか、意味が解りませんが」

「陛下が仰ったことは、ニルヴァナ陛下にお伝えしておきましょう」


 ユーグレントは立ち上がると、広間の入口であるこっちに向かって来る。

 男女の2つの顔が俺たちを見て、ニヤリと笑う。


「人間風情が魔神の城にいるなどと……」

「エリザベート陛下はお戯れが過ぎるようですね」


「黙れ、ユーグレント。その者たちは私の客人だ」


 エリザベートの声のトーンが下がる。金色の瞳が放つ鋭い眼光が、ユーグレントの背中を射抜く。


「私の客人を侮辱するなら、貴様を生きて帰すつもりはない」


 エリザベートの言葉に魔将たちが一斉に動く。俺たちを広間まで案内してくれた悪魔たちも、魔剣を抜くけど。


「エリザベート陛下。俺たちの始末は、自分たちで着けるよ」


 まるで初めて気づいたようなフリをしているけど。ユーグレントは俺たちの存在に、とうに気づいていた。

 俺が『索敵サーチ』で捉えたユーグレントの魔力に、俺たちが広間に近づくと変化があったからな。


「おい、俺たちに何か用があるのか?」


 俺はユーグレントを見据える。いつでも戦えるように、意識を集中する。


「なるほど。前言は撤回します」

「貴方たちは人間という規格に収まらない存在のようですね」


「なあ、白々しいことを言うなよ」


「そうね。わざと挑発して、私たちを試したんでしょう?」


 グレイとセレナがユーグレントを睨む。2人もいつでも戦えるように、臨戦態勢だ。


「バレていましたか。確かにその通りです」

「さすがは、エリザベート陛下が認めるだけはあるようですね」


 ユーグレントの2つの顔が、面白がるように笑う。

 ハイネルフォードたち魔将が背後に迫っていて。俺たちの周りの悪魔が剣を抜いているのに。ユーグレントは全然動じていない。


 俺が『鑑定』したユーグレントのレベルとステータスは、確かに高いけど。この数の悪魔たちを相手にできるほど強い訳じゃない。

 それでも余裕なのは、何か奥の手があるってことか? だけどそれらしいスキルや魔法は見当たらないけど。


「だからこそ、勿体ないと思います」

「貴方たちがいるべき場所は、ここではありません」


「おまえは、何が言いたいんだよ?」


 ユーグレントは苦笑すると。


「武勇を誇るエリザベート陛下よりも、英知を誇るニルヴァナ陛下の方が、貴方たちを上手く使えるということです」

「ニルヴァナ陛下は『RPGの神』に、踊らされるような方ではありませんので。貴方たちがニルヴァナ陛下の元に下れば、今直ぐ安全を約束しましょう」


「まるでエリザベート陛下が、『RPGの神』に踊らされているような言い方だな」


 俺たちを魔界に招いてくれて。俺たちの力を認めてくれて。『RPGの神』の言葉を無視して、客人として迎えてくれた魔神エリザベートを、馬鹿にするような発言が頭に来る。


「いいえ。そのような意図は一切ありません。気に障ったのでしたら謝ります」

「しかし気づかないうちに踊らされることなど、良くあることですから」


 言葉遣いと態度が合っていない。こういう奴は信用できないな。


「貴方たちをニルヴァナ陛下が支配する魔界の国オルスレイに招待します。気が向いたときに、いつでも来てください」

「エリザベート陛下。彼らが陛下の客人なら、我々が招待しても問題ありませんね?」


 宣戦布告をした相手の国の客人を、自分たちの国に招待する。理屈的には間違っていないけど。普通はそんなことはしないだろう。


「ユーグレント、好きにしろ。行くか行かないは、アリウスたちが決めることだ」


 魔神エリザベートが鼻で笑う。俺たちが魔神ニルヴァナの招待を受けるなんて、端から思っていないようだな。まあ、その通りだけど。


「エリザベート陛下、ありがとうございます。それでは、私はこれで失礼します」

「次にお会いするのは、おそらく戦場になるでしょう」


 ユーグレントは不敵な笑みを浮かべて立ち去った。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 18歳

レベル:15,529(+923)

HP:164,689(+9,799)

MP:251,184(+14,959)


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ここまで読んでくれて、ありとうございます。

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書籍版の方はマイクロマガジン社様より発売予定。

イラストレーターはParum先生です。


アリウスのデザインは近況ノートとTwitterに載せました。

https://kakuyomu.jp/users/okamura-toyozou/news/16817330660746918394

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