第173話:ダメ出し ※前半三人称視点※


※三人称視点※


「マジで、でけえな。こいつは殺すのに手間が掛かりそうだ」


 デュランは飛行魔法フライを発動して、空中から見下ろす。深い森の中に佇む体長100mを超える巨大な銀色の狼――『真のトゥルー・フェンリル』だ。


 この世界には神に匹敵する力を持つと言われる『神獣』と呼ばれる魔物モンスターが存在する。『真のフェンリル』もその1体だ。


 しかし『神獣』は人が住むような地域に生息しておらず、『神獣』による被害が出ることは稀だ。

 正確に言えば人間の方が『神獣』の生息地を避けて国を築いたのだが。


「まあ、こいつも生きている以上、殺せねえことはねえだろう」


 デュランは黒鉄色の『魔銃』に魔力を込める。魔力の弾丸を連射して、『真のフェンリル』のHPを確実に削るが。HPが大き過ぎて、1%も減っていない。

 しかも削ったHPが直ぐさま回復してしまう。『神獣』クラスの魔物なら当然の回復力だ。


 それでも『真のフェンリル』も痛みを感じるのか。怒りの咆哮を上げて、氷のブレスを放つ。

 絶対零度の氷のブレスは全てを凍らせて粉砕する。真面に喰らえば、デュランでもHPの半分以上を削られるが。避ければ良いだけの話だ。


「おい、ノロマなデカブツ。そんなに慌てるなよ。俺が殺してやるぜ」


 デュランが請けた依頼は、『神獣』を辺境の奥地に追いやることだが。殺すなと言われていないからと、デュランは殺すつもりでいる。


 デュランにとって戦場は、只殺し合う場であり。それ以上でもそれ以下でもない。

 冒険者としての依頼も、デュランにとっては同じことで。『神獣』を殺すつもりがなければ、こんな依頼など受けていない。


 凝縮した魔力を『魔銃』に込めて、威力を上げる。距離を詰めたらバトルナイフを叩き込む。長く伸びた魔力の刃が『真のフェンリル』の身体を切り裂く。


 『真のフェンリル』の攻撃を躱すことは問題ないが。問題が2つある。

 1つ目は『真のフェンリル』のHPを削り切るまで、デュランのMPが持つかどうかだ。

 膨大なHPを持っている上に、回復力が半端ない。デュランのMPはSSS級冒険者の中でも決して低い方ではないが。アリウスのように異常な量という訳ではない。


 もう1つの問題は、デュラン自身は全く意識していないが。デュランに倫理観が欠如していることだ。


 『真のフェンリル』が移動して来たことで。『神獣』から逃れようと、他の魔物たちも大移動している。

 その規模はさながらスタンピードと言えるほどのモノだが、デュランは全く眼中に無い。デュランが請けた依頼は『神獣』の相手をすることだからだ。


 魔物の移動は、依頼主のアドミラル連邦共和国も予測しており。都市の防衛のために、冒険者ギルドに別途依頼を出して、冒険者を雇っている。しかし魔物の数は、アドミラルの予測を遥かに超えていた。


 1万体近い魔物が『真のフェンリル』から逃れよう森を出て、アドミラルの都市クーベルに押し寄せる。

 都市を守るアドミラルの1,000人余りの兵士と、雇った冒険者では、とても防ぎ切れるものではなかった。


 窮地に陥った冒険者たちが、冒険者ギルド経由で『伝言メッセージ』を送って。都市に迫る魔物のことをデュランに知らせるが、デュランは無視した。


「俺の戦いを邪魔するんじゃねえよ」


 血に飢えた狂犬のデュランは、『真のフェンリル』と殺し合うことに酔いしれていた。

 直撃を喰らえば大ダメージ必須の化物を殺し切れるか。

 それに比べれば都市が破壊されるなど、大したことではない。戦場で人が死ぬのは当然だろうと。


 不意に『真のフェンリル』が動きを止める。デュランが攻撃を続けているというのにだ。

 まるでデュランなど眼中に無いと。デュランを無視して一点を見据える。


 『真のフェンリル』の視線の先には、空中に立つ銀色の髪の男がいた。


※ ※ ※ ※


 アドミラル連邦共和国で発生したスタンピード。

 アリサからの『伝言』で俺が知ったのは、最難関トップクラスダンジョン『神々の狂乱』の最下層にいるときだった。


 直ぐにグレイとセレナに『伝言』を送ると。2人もスタンピードのことを既に知っていて。これからアドミラルへ向かうそうだ。

 まあ、グレイとセレナがこの状況を見過ごす筈がないからな。


 俺はアドミラルには行ったことがないから。グレイたちと合流して、セレナの『転移魔法テレポート』でアドミラルに向かった。


 スタンピードが発生している場所に一番近いアドミラルの地方都市クーベル。


 グレイとセレナもクーベルには行ったことがないから。俺たちは一番近い転移ポイントに転移して。飛行魔法フライの最加速で、クーベルに向かった。


 都市に迫る1万体近い魔物の大群。だけど何とか間に合ったみたいだ。

 俺たちよりも早く到着した奴がいて。そいつが魔物の進軍を防いでいる。


「私たちが手を出さなくても、何とかなりそうだけど。さっさと片づけるわよ」


 数が多いから範囲攻撃魔法を連発して、魔物を仕留めて行く。

 まあ、最難関ダンジョンの魔物じゃなくて、普通の魔物だからな。1万体を殲滅するまでに、それほど時間は掛からなかった。


「とりあえず、終わったな」


「間に合ったから良かったけど。アリウスも状況は解っているわよね?」


 俺はアリサから『神獣』に関する依頼のことも、誰が依頼を請けたのかも聞いている。


「ああ。勿論、解っているよ」


 俺たちより先に到着した奴は、無言のまま魔物の群れが来た方向に向かう。


「グレイ、セレナ。事後処理の方は2人に任せて良いか? 俺ももう1つの方に行って来るよ」


 魔物の群れが来た方向に進むと。半径5kmを超える俺の『索敵サーチ』にと『神獣』の魔力の反応がある。


 辺境地帯の深い森で。全長100mを超える『真のフェンリル』と奴が戦っていた。

 まあ、今さらだし。俺はしばらく傍観するつもりだったけど。

 『真のフェンリル』が俺の存在に気づいて、敵意を向けて来る。


「アリウス・ジルベルト……」


 この状況を創り出した張本人。デュラン・ザウウェルもようやく俺に気づいた。


「俺にはおまえの気持ちが解らなくもないけど。全然ダメだな。戦いを楽しむのは勝手だけど、他の魔物を放置するとか、あり得ないだろう」


「てめえ……ゴチャゴチャとうるせえんだよ。俺の戦いの邪魔をするんじゃねえ。それとも、おまえが俺の相手になるか?」


 デュランが殺意を剥き出しにして笑う。こいつは通り名の通りに、まるで『狂犬』だな。


「いや、そのつもりだったけど。俺が出る幕はないみたいだな」


「アリウス、おまえという奴は……そこにいるだけで『神獣』を止めるとはな。おまえはやはり規格外の化物だな。だがこの『正義』という言葉も知らないような奴は、俺が相手をさせて貰う」


 約2年ぶりに会った元SSS級冒険者エイジ・マグナスは、デュランを真っ直ぐに見据えた。


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 18歳

レベル:13,870(+114)

HP:147,058(+1,210)

MP:224,289(+1,845)

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