第167話:要求
「俺は話をしに来ただけだよ。まあ、俺も『短距離転移』で侵入して、『絶対防壁』でおまえたちを閉じ込めたからな。国際問題にするなら構わないけど。とりあえず、話を聞けよ。抵抗しても無駄なことは解っただろう?」
俺の言葉に、教皇ルードは押し黙る。こいつらに選択肢はないからな。まあ、俺に話だけさせて。この状況をどう切り抜けるか考えているんだろう。
「教皇ルード。信者の商人たちを投獄するって話だけどさ。おまえの面子を潰すつもりはないから、投獄自体を止めろとは言わないけど。投獄中に誰一人死なせないで、ほとぼりが冷めたタイミングで解放しろよ」
「何故、私が貴様の言うことに従う必要がある? あの者たちは教義に背いて、魔族との取引で懐を肥やした罪人だぞ! それに投獄中の病死や自殺など、めずらしいことではない。それを私が防ぐことなど、できる筈がないではないか!」
ああ。まだこいつは、こんな見え透いたこと言うのか。
「『ウイットレイ牢獄』の獄卒が、囚人たちを殺していることは調べがついているんだよ」
「何を馬鹿なことを……証拠でもあるというのか?」
一瞬、教皇ルードの顔色が変わるけど。獄卒たちは『東方教会』が抱え込んでいるから、バレる筈がないとタカを括っているんだろう。
「まあ、
魔族と取引することは『東方教会』の教義に反するんだよな? だったら、これはどういうことだ?」
俺が魔法を発動すると、空中に映像が映し出された。
映像は『東方教会』の教会の1つを撮影したもので。神官たちが納屋に麻袋の山を運び込んでいる。
納屋に荷物を運びこんで、神官が検品のために麻袋を開けると。中には大量の魔物の素材が詰まっていた。
「これは『魔族の領域』にしか生息していない魔物の素材だ。こんなモノが、どうして『東方教会』にあるんだよ?」
『東方教会』は冒険者ギルドを支配する奴らと癒着して、魔族との取引で荒稼ぎをしている。
冒険者ギルドを支配する奴らの傘下にある商人たちが、魔族に対して中立的な立場をとる国で魔族と取引をして。国境を超える組織を持つ『東方教会』を通じて、『東方教会』の信者が多い国へ魔物の素材を密輸している。
冒険者ギルドを支配する奴らは関税を払わないで済むし。『東方教会』は魔物の素材を裏ルートで捌いて、利益を独占できる。
『東方教会』が魔族と取引した商人を狙い撃ちにしたのは、自分たちの市場を荒らしたからだ。
「こ、こんなものが、どうして……」
教皇ルードと『東方教会』の主導者たちが唖然とする。
映像を撮影する魔法は、めずらしいからな。俺もセレナに教えて貰ったんだよ。
ちなみに『東方教会』の密輸に関する情報を掴んだのはアリサだ。アリサは『東方教会』の神官を何人も抱き込んでいるからな。
「だが……確かに良くできているが、所詮は魔法で作った幻影ではないか。こんなものを、誰が信じるものか!」
教皇ルードは偽の映像だと吐き捨てる。
「まあ、本物か偽物かなんて大した問題じゃない。こいつを『東方教会』の信者に見せたら、どう思うだろうな?
それにおまえたちがやっているのは密輸だから。『東方教会』の支部がある国の王族や貴族に見せたら、教会に兵士が押し掛けるぞ。まあ、本当にやってないなら、教会中を調べられても問題ないよな?」
俺の台詞に、教皇ルードは苦虫を噛み潰したような顔をする。
言葉よりも映像の方がインパクトが強いからな。映像を見た信者の大半は『東方教会』に疑念を抱くだろう。
『東方教会』が抱えている魔物の素材を全て捌くにも時間が掛かるし。密輸ルートを潰してしまうことで、冒険者ギルドを支配する奴らに見限られる可能性もある。
「ようやく状況が飲み込めたみたいだな。だけど安心しろよ。俺の目的は『東方教会』を潰すことじゃないからな」
膨大な数の信者を抱える『東方教会』を潰してしまうのは、影響が大き過ぎる。信者の大半は普通に神を信じる一般人だからな。
「俺の要求は3つだ。1つ目はさっきも言ったように、おまえたちが投獄する商人たちを、ほとぼりが冷めたタイミングで全員無事に解放することだ。
2つ目は今後同じように信者を糾弾するような真似は一切しないこと。
3つ目めは良い加減にウザいから、ロナウディア王国とグラブレイド帝国にテロリストを送り込むのを止めることだ。
おまえたちだって、無駄に死人を増やしたくないだろう?」
テロリストが事件を起こす前に、全部未然に防いでいるけど。そのために人員を割いているのは事実だからな。
密輸自体を止めさせるつもりはない。犯罪には違いないけど、関税を取る国と『東方教会』の問題だし。
魔族と取引する商人を『東方教会』が糾弾しなくなければ、普通に魔族と取引できるようになって。密輸の旨味はなくなるからな。
「信者たちが魔族と取引するのを、認めろというのか?」
「まあ、口で止めろと言うくらいは構わないよ。おまえの言うことがいきなり変わったら、信者たちも混乱するからな」
それでも捕らえた商人たちを解放して、『東方教会』が糾弾しなくなれば。魔族と取引する商人は増えるだろう。
「うちの要求は口止め料と迷惑料やで」
『
アリサが『
「教皇ルード・マクラハン猊下に、『東方教会』上層部の皆さん。久しぶりやな」
元勇者パーティーのアリサは『東方教会』の主導者たちと面識がある。勿論、単なる知り合いという訳じゃない。
勇者アベルが勇者の力に目覚めて、魔王討伐を宣言したとき。『東方教会』も勇者を支援すると名乗り出た。
そのときの『東方教会』との交渉役がアリサで。アリサは『東方教会』から資金を巻き上げておきながら。ブリスデン聖王国と天秤に掛けて『東方教会』を切り捨てた。
「アリサ・クスノキ……勇者の次は『魔王の代理人』に尻尾を振るか。この売女め!」
「ルード猊下、うちのことは好きに言うて構へんけどな。あんたらも密輸でたんまり儲けた筈や。それなりの金額は貰わんとな。
うちの口止め料とアリウスはんへの迷惑料、それぞれ金貨5万枚でどうや?」
金貨1枚が約10万円の価値だから、合計で100億円。
俺は金なんてどうでも良いけど。アリサは取れるところから取る主義だからな。俺が止めても、引き下がらないだろう。
「そんな大金……」
「勿論、全額即金やからな。手持ちがないとか言うても、うちは騙されんで。『生誕祭』で信者から仰山寄付金が集まっているのは解っとるからな」
金という解りやすい形でダメージを与えるのも。相手が『東方教会』なら悪いやり方じゃないか。
「……だが魔法を解除して貰わねば、金貨を取りに行けぬだろう」
「そんなん『
『魔王の代理人』の言いなりになって、金を渡すところを。教皇ルードも見られたくはないだろう。
金を扱っている奴は大抵は腹心で、口が堅いだろうし。そいつに知られるのは仕方ないだろう。
教皇ルードは渋々承諾し、20分ほど待っていると。小さな革袋を持った司祭服の男がやって来た。
部屋の中にたくさんの神官たちが倒れている。司祭服の男は思わず声を上げそうになるけど。教皇ルードに睨まれて言葉を飲み込む。
「アリウスはん。解っとるやろ?」
俺は司祭服の男まで入る一回り大きい『
「……チッ!」
金を受け取るタイミングで隙ができると思ったんだろう。教皇ルードが思いきり舌打ちする。
「ほな、中身を確かめさせて貰うで」
司祭服の男が持って来た革袋はマジックアイテムで。中に大量の金貨が詰まっていた。
アリサは何かの魔法を発動する。
「キッチリ10万枚や。袋は返した方がええんやろ?」
アリサは大量の金貨を全部自分の
まあ、アリサは持ち逃げをするような奴じゃないだろう。俺も金が欲しい訳じゃないからな。
「ほな、用は済んだから。アリウスはん、帰るとしようか」
アリサは酒場から帰るときのような気楽さで言う。
「ルード猊下、一応警告しておくけどな。アリウスはんとの約束は絶対に忘れたらあかんで。それが猊下の身のためや」
俺が『絶対防壁』を解除すると。アリサは即座に『
「貴様たちは……」
教皇ルードが忌々しそうに俺を睨んでいる。
「文句があるなら、いつでも相手になるけど。次は俺も反撃するからな」
俺はゆっくり歩いて、大聖堂を後にした。
今日のところは、大人しく帰る――つもりだったんだけど。
「やっぱり、こうなるか」
大聖堂を出た直後から、俺を尾行している奴がいる。
※ ※ ※ ※
アリウス・ジルベルト 18歳
レベル:13,653
HP:144,752
MP:220,774
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