第153話:悪巧み


 シンに連れて来られた裏路地にある廃墟のような酒場。


 中は思ったよりも真面まともで。皺くちゃな顔の腰の曲がった老店主に、奥にある個室に案内された。100歳を超えてそうな老人だったけど。


「なあ、シンさん。今の人って……」


「ああ、元SSS級冒険者で。儂と共に最難関トップクラスダンジョン『神話の領域』に挑んだかつてパーティーメンバーじゃ」


 あの老人とパーティーを組んでいたとなると、シンはいったい何歳なんだよ?

 だけどそんなことよりも。あの老人は確かに只者じゃない感じだけど。SSS級冒険者というほどの覇気は感じなかった。


「元SSS級冒険者には見えぬか? そうじゃろうな。儂らは『神話の領域』で仲間を2人失った。そのせいで奴の心は、すっかり折れてしまってな。儂らも攻略を諦めざる負えなかったんじゃ」


 今、俺もグレイとセレナと一緒に、7番目の最難関ダンジョン『神話の領域』に挑んでいるけど。パーティーメンバーを急に3人も失えば、攻略を諦めても仕方ないか。


「そう言えば、アリウス。お主も師匠のグレイとセレナと最難関ダンジョンを攻略して、SSS級冒険者に挑む資格を得たんじゃったな。最難関ダンジョンを、どこまで攻略したんじゃ?」


 俺がSSS級冒険者に挑むときに。最難関ダンジョンを攻略した証拠として、最初の最難関ダンジョン『太古の神々の砦』のラスボスの魔石を冒険者ギルドに見せたけど。

 2番目以降の最難関ダンジョンを攻略したことは、いちいち冒険者ギルドに報告していない。


 俺たちは金に困っている訳じゃないし。最難関ダンジョンの魔物モンスターの魔石を換金すると目立つから、収納庫ストレージに死蔵している。

 だから俺たちが最難関ダンジョンをどこまで攻略したのか。知っているのは自分たちだけだ。


「まあ、それなりにはね」


 どこまで攻略したのか教えると、俺のレベルを予測されるからな。手の内を晒すような真似をするつもりはない。


「なるほどのう。最難関ダンジョンを攻略すれば、普通は自慢するものじゃが。アリウス、お主は若いのに隙がないのう」


 シンがカラカラと笑っていると。料理と酒が運ばれて来た。

 料理は上品な感じじゃなくて。大皿に豪快に盛られた肉や魚介類が、テーブルを埋めるように並べられる。

 酒も様々な種類が瓶と樽で大量に出されて。顔に傷がある不愛想な店員は、無言で配膳を終えると。直ぐに部屋を出て行った。


「今日は儂の奢りじゃから、好きに飲み食いしてくれ。足りなければ、勝手に注文して構わんからな」


 早速エイジとガルドは自分で酒を注いで、料理を食べ始める。

 エイジはこんな店なのにマナーを守って、ナイフとフォークで料理を口に運ぶ。ガルドは対称的に、獣のような見た目通りに、手づかみで肉にかぶりついて酒を煽る。


 シンは料理を肴にして、盃のような大きな器に注いだ酒をグイグイ飲み干している。


「何じゃ、アリウス。酒も料理も全然手をつけぬようだが。毒など入れておらんぞ」


「さっき昼飯を食べたばかりだからな。腹が減っていないんだよ」


 嘘じゃないけど。警戒しているのも事実だ。毒を盛られても、俺には耐性があるから効かないけど。油断するほど馬鹿じゃない。


「アリウス、少しは手をつけたらどうだ。シン師匠に失礼だろう」


「別に食わねえなら、好きにすれば良いんじゃねえか? こいつの分は俺が食うぜ」


 俺を睨むエイジと、酒とメシに集中するガルド。

 だけど俺は別にメシを食べに来た訳じゃないからな。


「なあ、シンさん。俺に話があるんだろう。エイジさんだって俺に用があって、ロナウディアの王都に来たんじゃないのか?」


 エイジは食事の手を止めて、真っ直ぐに俺を見る。


「アリウス、おまえは魔族と人間の戦いを終わらせると言ったが。『魔王の代理人』を務めるおまえは、魔族側についたということだな。

 ならばおまえは、最早人類の敵だ。だがシン師匠が認める以上、おまえの行いにも一抹の正義があるのだろう。おまえの正義とは何か、俺は知りたいんだ」


「エイジさん。俺は自分が正義だなんて思ってないし、魔族についたつもりもないよ。だけど魔族だから敵だと決めつけるのは違うと思うから。俺は自分にできることと、やりたいことをやるだけだ」


 エイジには悪いけど。正義なんて言葉をかざすような奴は、胡散臭いと思う。

 自分が正しいと思っていることが正義で、それに反することが悪なんだろうけど。状況や立場が変われば、正義と悪は簡単に入れ替わるからな。


「ぶっちゃけ、儂も自分が正義などと思っておらんよ。強いて言うならば、儂は偽善者の片棒を担ぐ悪党じゃな」


 しれっと言うシンの言葉に、エイジが信じられない顔をする。


「シン師匠……どういう意味ですか?」


「人間にとって魔族の力は脅威で。長い歴史の中で2つの種族は、互いに血を流し過ぎた。だから魔族と人間の戦いを終わらせるなど不可能じゃが……戦いが終わらぬ理由は、それだけではないからのう」


 シンはニヤリと笑う。


「魔族という悪が存在するからこそ、教会勢力は求心力を保てる。魔族という共通の敵がいなくなれば、内乱で乱れる国も多いじゃろう。権力者の全てがそう・・だとは言わぬが、多くが魔族と人間の争いを終わらせることなど望んではおらぬ」


 世の中は綺麗ごとだけで成り立っている訳じゃないし。シンが言っていることは事実だろう。まあ、転生する前の世界も同じようなものだったからな。


「魔王のことも世界を滅ぼす存在などと、本気で思っている為政者などおらんじゃろう。勇者を担いだ連中も、結局のところ魔族の領域にある資源が目当てじゃったからな。

 だが勇者が早々に敗れて。グランブレイドとロナウディアという2つの大国が魔族の国ガーディアルと同盟を結んだ今。魔族を敵視することで権力を保っていた者たちの足場が緩んでおる。自分たちが掲げる正義の力と正しさの両方を、いっぺんに否定されたようなモノじゃからのう」


 魔王を倒すべき存在の勇者がアッサリ敗けて。魔族の国と同盟を結んで、魔族は敵じゃないと主張する国が現われたんだからな。魔族を敵視する奴らの中にも、自分たちの主導者を疑う奴が出て来たんだろう。


「だから儂らSSS級冒険者に、魔王を倒せという依頼が来たんじゃ。教会勢力や王侯貴族は冒険者ギルドの重要な金づるパトロンだからのう。

 権力者たちが掲げる正義の力を、儂らが代わりに証明しろということじゃ。結局のところ勝った者が正義で、正しいということになるからのう」

 

 シンの言葉にエイジが唖然とする。正義の体現をモットーとするエイジにとって、師匠と慕うシンが正義を否定する発言は、相当ショックだろう。


「エイジ、儂を軽蔑するか? だが儂は自分が正義などと騙った憶えはないし。冒険者など所詮は金で依頼を請ける傭兵と大差ないと思っておるからのう。


 権力者の保身のための依頼だとしても、やることに変わりはないじゃろう。魔族は人間の敵で、魔王は世界を滅ぼす存在だとお主が思う・・・・・なら、揺らがぬことじゃ。お主もSSS級冒険者なら、己の信じる道を突き進むが良い。


 まあ、お主が降りると言うなら、止めるつもりはない。他人の言葉で揺らぐような奴とは、共に戦えぬからな」


 シンは突き放すように言うと、俺の方に向き直る。


「さてと。アリウス、ここからが本題じゃ。そこまで解っているなら、依頼など断れば良いとお主は思うじゃろうが。儂にもしがらみがあってのう。依頼を断るという選択肢はないんじゃ」


 シンは真顔で俺を見据えた。


「のう、アリウス……もう一度訊くが、儂らと手を組んで魔王を倒す気はないか?

 こちらは儂とガルドに、SSS級冒険者序列2位のオルテガ・グランツ。他にもSSS級冒険者クラスを何人か揃えるつもりじゃ。

 そこにアリウス。お主と師匠のグレイとセレナが加われば、魔王とて倒せるじゃろう」


※ ※ ※ ※


アリウス・ジルベルト 16歳

レベル:6,743

HP: 70,921

MP:108,520

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