第38話 砂の国から海の街へ
ロッテの屋敷を離れて半月ほど経った。去る間際、ロッテはサードにネックレスのようなものを渡して、
「そのうち連絡取りたいからこれつけておいて」
と言ったけどすぐさまサードは、
「こんなもんつけたくねえ」
とその場で横に居た私に押し付けてきた。
パワーストーンみたいな白い石のついた可愛いネックレスだぁ、と首に回して付けようとすると、すぐさまアレンがさっと背後に回って装着してくれた。
「ところでこれ何なの?」
可愛い、と石を触りながら聞くと、
「それを持っているとそれを付けた人がどこにいるのか分かる魔界の道具なの。あたしが他の魔族と共同で作ったものだよ。特許申請中」
とのことだった。
なんとなく監視されるようなものだってサードは説明されるよりも先に分かったのかしら。
だとしたらすごいと思えるけど、単純にアクセサリーをつけるのが嫌だったんだろうな。
それでも丈夫な造りのものだから冒険の間装備してても大丈夫って言われたし、別にずっとつけていても邪魔にならないから私も今のところずっと付けている。
「しかし、本当に私一人では故郷までもどれませんでしたね…」
ガウリスはそう言いながらたった今国境越えの審査所で兵士にみせた通行手形を改めて見ている。
国境越えの審査所は顔と氏名の入った通行手形が必要。
それを国境を守る兵士に見せて顔と名前を確認してから通れる仕組みだけど、これはただ見せるだけじゃなくて特殊な魔法技術で作られた魔法陣に通行手形をかざして、いつ入国していつ出国したかって国の機関に自動で情報が送信されている(ってアレンから聞いた)
だから仮に不法入国に成功して、その国で新たに通行手形を作ってその国を出ようとすると、
「あなたの入国情報が見当たらないのですが?あちらでお話を伺ってもよろしいですか?」
とストップをかけられる。
ガウリスも砂漠の国で通行手形を作って国を出ようとするとストップをかけられたけど、サードは悲しげな顔でとつとつと語り始めた。
「この方は可哀想な方で…」
ガウリスの家は非常に貧乏で、不法の奴隷商人にこの国に売り飛ばされたこと、不法な手段で入国したから通行手形を持っていなかったこと。
その無慈悲な奴隷商人の目を盗み逃げ出したけど、目印のない砂漠地帯の真ん中で迷い瀕死(ひんし)の重体になっちゃって、そこに私たちが通りかかって介抱して、故郷に送り戻すためにこの国で新たに通行手形を作った…。
…という作り話をサードが人の同情を誘うような語り口で語って聞かせた。
普通ならそんな身の上話を聞かせたくらいで頷いて通す兵士なんて居ない。
でも勇者として名を馳せているサードの話が最後まで語られると、兵士は心の底からの同情の顔つきになって、そのまま無言で見逃してもらった。
そうなれば後は何事もなく国をいくつも越えてきている。
でもどう見てもガウリスからは貧乏なんてしたことのない育ちの良さしかうかがえないし、無慈悲な奴隷商人すら殴り飛ばしそうな太い腕をしているし、一週間砂漠をさまよってもビクともしそうにない体格をしているけどね…。
「でもよくもまぁ、あんな嘘話をつらつらと言えたものよね」
嘘を淀みなくあげ連ねていたサードに対しては軽蔑(けいべつ)の感情しか出ないけど、ガウリスは私の肩に手を置いて首を横に振る。
「しょうがありません、あれほどに嘘をついていただかなければ私はあのまま捕まっていました。サードさんは私のために自ら嘘をつく行為をしてくださっているのです。感謝しなければ」
ガウリスは性格の悪いサードに対してもとても愛情深い言い方をするし、何があっても感謝している。でもこんな性格の悪い奴にいくら優しくしたって…。
チラとサードを見ると、サードは庇われて感謝されてるというのに、面白くなさそうな顔でガウリスを睨み付けた。
「気持ち悪ぃこと言うな、全部が全部自分のためにやってもらったって思うなよ」
私はため息をつく。いつもこう、ガウリスがいくらサードを庇おうが感謝しようがサードはその全てを払いのけて悪態を返す。
「私は感謝しているのですよ」
不機嫌になったサードにガウリスは戸惑いながら言うけど、それでもサードはあからさまに大きな舌打ちをして前を向いたから、ガウリスは口をつぐんだ。
ガウリスの言葉はサードの勘に触るみたいで、ガウリスが感謝のような言葉を言うとサードはそれに対していちいち腹を立てている。
対してガウリスは何でサードが怒るのか理解できないみたいで、戸惑って対応に困っている。
きっと魔族のような思考回路を持つサードは神のような人を包み込む優しいガウリスの言葉に嫌悪感が起こって、ガウリスはサードみたいに最初から感謝の気持ちに反発する人と関わったことがないから戸惑っているんだろうな。
「けどガウリスさ、もうちょっとマシな服買えば良かったじゃねえの?」
話題を逸らそうとしたのか何も考えないでパッと思ったことを口にしたのか、急にアレンがガウリスのパツパツの服を引っ張る。
「どこを探しても私に合う服がみつからなくて…」
ガウリスはきつそうに腕を振り回す。
私たちと一緒に行動するんだからモンスターと遭う可能性すごく高くなるし、下手をしたら襲われて戦いに巻き込まれるかもしれない。
だからまずは装備品を買おうとガウリス用の服に防具、武器などを買いそろえることにした。
でもガウリスは、
「安いので十分です。大丈夫です、私の国へ行くまでの道中ですので」
と本人が納得するくらいの安い中古の冑(かぶと)と胸当、腰当、それと丸い盾と槍を購入した。
「けど装備をケチると命に関わるわよ?もう少しいいのを買った方が…」
あまりに安すぎる装備品の数々に心配になってもっと良いのを買いましょうと促したけど、
「私の国ではこれほどの物があれば十分に戦えますよ」
とガウリスは言うし、サードも、
「そんなに言うんだったらそれで良いんだろ。ほっとけ」
って言うから他に何も言えなかった。
ただ唯一服だけはサイズの合うものを探し続けているみたいだけど、ガウリスの体格が良すぎて合う服はどうしても見つからない。
ガウリスはしみじみと、
「思えば神殿ではそれぞれの体格に合うように作られていました…恵まれていたのですね…こんなに自分に合う服を探すのが大変だと今まで知りませんでした…」
と言っていた。
「今日は次の町で泊まるぞ」
ガウリスのしみじみとした言葉を思い返していたらサードが声をかけてきて、私は我に返って頷きながら質問した。
「ところでガウリスの国まであとどれくらいなの?」
アレンは地図を取り出して、歩きながら私に地図を見せるように広げる。
「今ここ。そんでガウリスの国はここ…」
と言いながら海の上をツーっとなぞる。
「あ、なるほど。この国で船に乗ってガウリスの国にいくのね?」
「そうそう。船旅だぜ?楽しいだろうなぁ」
アレンはウキウキとした顔で地図をバックにしまう。
「船旅…初めてだわ」
私も船という言葉だけでウキウキする。
私の故郷、エルボ国は森と丘に囲まれた地域で、海に船なんて本の中でしか見たことがない。
初めて見る海、海の上に浮かぶ船、その船に乗って海の上を移動…ああ想像しただけで楽しみ!
「そっか、エリーは海初めてか」
「ええ」
頷いてから前にアレンから聞いた話を思い出した。
「アレンは海辺出身なのよね?じゃあ海は見慣れてるわね」
アレンは海辺の商家出身で、幼いころから商船の手伝いをやっていて、六歳くらいで一人で船を操縦して近くの町まで荷物を運んだりもしていたんだって。
でもそこまでいっぱしの商人として色々できるのに何で冒険者になろうとしたの?と聞いたら、
「俺は四男坊で末っ子だし、上の兄弟は全員男だから別に俺は自由にしてもいいかなって思って。どうよ?って聞いたら、いいんじゃね?って上の兄貴に言われて、よっしゃー!っていう感じで」
という軽いコメントが返って来た。
まさかそこでサードだなんてとんでもない男に会うとは思っていなかっただろうけど…。
そこでふと思ってサードに顔を向ける。
「サードはどうなの?海は初めて?」
ロッテ曰くサードは別の世界の人じゃないかって話だったけど…その話が本当かどうかは置いておいて、サードは海って知ってるのかしら。むしろ別の世界にも海ってあるのかしら。
サードに聞くとサードはヘッと鼻で笑って、
「海に囲まれたところで育った」
と一言いった。
「えー、なんだよサード、お前海辺で育ったのかよー!俺と一緒じゃん!元々近くに住んでたのかもな、俺ら同じ国で会ったんだし!」
二人は同じ国で会ったの、と思っていると、アレンは何で今まで黙ってたんだよー、とサードの肩に手を回す。
するとサードはアレンの腕を掴んでグルリと回し関節技を決めた。
「イデデデデデ!イデデデ!」
「馴れ馴れしく触んな」
「仲間だろ、イデデデデデ!」
サードはパッと腕を離して歩きはじめたけど、すぐさま振り返る。
「つーかいい加減に関節決められる前に逃げるか身体能力向上魔法覚えて反撃しろよ、クソが」
「クソって言わなくてもいいだろ…」
アレンが痛ってーと言いながら肩を抑えている。
「けどいい加減、覚えたいわよね…」
呟くとアレンも情けない顔でうん…と頷いた。
ロッテの屋敷から去って半月。暇を見て私たちはれぞれ身体能力向上魔法に制御魔法を覚えようと頑張っているけど、未だにコツがつかめずにいる。
行き詰ったアレンはサードに、
「実は魔法の使い方知ってるんじゃねーの?」
と聞いたけど、
「知るわけねえだろボケ」
の一言で終わっていたし、行き詰まった私がガウリスに、
「実は魔法の使い方知ってるんじゃない?」
と聞いたけど、
「神官は魔導士ではありませんので…」
と申し訳なさそうな顔をされた。
そうこうしているうちに小高い山の見晴らしのいい場所まで来て、アレンがふと顔を上げると私の肩を軽くバシバシ叩いた。
「ほらエリー!海!海!」
「え、どれ!?」
アレンの指を差す方向に目を向けると、見晴らしの良くなった木々の隙間から町が見える。
でもどこに海があるのかよく分からない。一生懸命背を伸ばして首を動かすけど、本で見たような海みたいなものは見当たらない。
後ろから、ふふ、と笑う声が聞こえたから振り向くと、ガウリスが笑いを噛みしめてこちらを見ていた。
「今日は雲一つない青空で一体化してるので分かりづらいでしょうが、町の向こうに広がっているのが海ですよ」
と指を差す。
「えー!海って空と同じ色なの!」
確かによくよく目を凝らすと空と思っていた下の方はキラキラと光が反射しているし、小さい点に見えるもの(おそらく船)が動いている。
「あれが海…」
あまりの感動でその場に立ち止まって海を眺めた。
「俺の住んでた港町だともうちょっと淡い水色だったけどなぁ」
アレンが故郷を思い出すように言うと、ガウリスも故郷を思い出したのか、
「私の所だともっと深い青ですね」
と続けて言う。
住んでる場所でも海の色が変わるの?素敵と思いながら、海辺出身だってさっき言ったサードに視線が移る。
「サードの住んでた所の海はどんな色だったの?」
私が声をかけるとサードはふと立ち止まってゆっくり振り返った。
「もっとどす黒い緑に近い青で冬には冷たい風が吹きつけて荒い波が崖に押し寄せて…砂浜では恩人が殺されて死んだっけなあ…」
まるでフェードアウトするかのように口をつぐみ、サードは再び歩き出した。
…結局サードの住んでいる所はどんな環境だったの…。
気になるけどやっぱりそんな言い方をされると聞きづらい。
それでも前よりは自分の故郷のことを話すようになってきた気がする。
別に自分の昔の話も話したくないというより、話すと長くなって面倒だから話さないというくらいの事らしいし。
『見るからに気難しそうな奴なんだから。話したくなったら自分から言いに来るでしょ』
というロッテの言葉が脳裏によみがえって来る。
「エリー、ここからじゃなくてもっと近くで見た方が楽しいぜ。行こう」
アレンが私の肩を叩いて歩き出す。
見ると少し離れた所でガウリスがこちらを見て待っていて、サードはかなり遠くを黙々と歩いている。
私は頷いてアレンの後を追いかけた。
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