第35話 夜のひと時
それから数日経った。
あれ以来本が増えることはなくて、毎日せっせとアレンと私が本の整理をして(サードは相変わらずサボってる)その合間にアレンは身体能力向上魔法の本を読んで、私と共に制御魔法を習って、サードは様々な文字をロッテから教わっている。
悔しいことに一番に覚えが早いのがサードだった。
私ですら読めない古代文字、私の分野の魔法で使う特殊文字、果てはロッテが順次解読した天界文字すらサードはスラスラと覚えて、天界文字以外はロッテの教え無しで普通に読めるようになってしまった。
次点は私…と言いたいけれど、アレンとどっこいどっこいのレベルで苦戦している。
今まで自然を「よいしょ」と軽く動かすことしかしなかったから、自分で自分の魔法を制御する感覚が全く分からない。アレンはそもそも魔法なんてどう使うのかすらも分かっていない。
魔導士としての力のあるディーナ家出身なんだからすぐにできるわと思っていたから、これにはガックリきた。
今まで何も考えなくても魔法が使えてたのに、いざ頭で考えて魔法を使おうとするとこんなにも難しいなんて…。
寝る間際に制御魔法の使い方を書かれた本を探してきて、ソファーに寝そべりながらページを開く。
「制御魔法は体内から湧きいずる強力な魔力を抑えるためのものである。制御というが、これは力を暴走させないという意味合いで効果が半減するわけではない。やり方は自分の全身から魔力を放出しないよう、針の穴に糸を通すがごとく細く小さく一ヶ所に集中し…」
ボソボソと口に出して本を読んでみたけど、本を閉じて深いため息をついた。
「何言ってるか意味わかんない…」
「無駄に力を放出しねぇで一ヶ所に集中しろってことだろ?それくらい分かんねえのかよ、馬鹿か」
慌てて起き上がると、入口にサードが立っている。
「髪」
サードは私の返事も待たずにズカズカと部屋に入ってきた。
「もう少し遠慮しながら入ってよ、一応この部屋私の寝る部屋なんだからね」
この屋敷に来て何度めかの文句を言うけど、サードは無視だ。
こいつ…。でもここであーだこーだと言っても髪をとかすまでサードは帰らないし。
少し腹は立ったけど、素直に髪の毛をソファーの背もたれの後ろに流した。
サードは後ろに立って私の髪の毛を束ねている紐を取って、抜けた髪の毛を丁寧に袋に入れて、そしてまた髪の毛を丁寧にとかし始める。
旅の当初は男の人に髪の毛をとかされるのに気恥ずかしさを感じていたけど、数年もたつと毎日のルーティンワークだ。
「サードはよくあんなわけの分からない文字の羅列をこんな短時間で覚えられるものよね」
頭の切れる男だとは思っていたけど、まさかここまでだとは思わなかった。
「お前らとは頭の出来が違うんだよ」
さも当然みたいな言葉と小馬鹿にしてくる言葉にムッとなったけど、ここまで実力の差を見せつけられると何も言えない。
私はため息をついて肩を落とした。
「ロッテがあんなに分かりやすく丁寧に教えてくれるのに、こんなに覚えられないなんて…」
サードは何も言わないで髪をとかし続けていたけど、いきなり喉の奥で笑うような声を出した。
「何よ」
「素直に教えてもらってありがとうって思ってんだな、お前」
サードの言葉の意味を考えたけど、それより言葉が先に出た。
「どういうこと?」
「ロッテが何の裏も無くあれこれ教えてると思ってんだなあ?」
その言葉には憤りを覚えて言い返す。
「何それ、ロッテが何か企んで私たちに魔法とか文字を教えてると思ってるわけ?」
サードはついに笑い声を立てた。
「お前がここまで正直な女だと思わなかったぜ、ロッテはな、世界中を旅する俺らを使って情報収集してえんだ、分かんねえか?」
思わず振り向いてサードの顔を見上げる。
「そんなこと言ってないじゃない」
「アレンとエリーに魔法教える時点じゃあ俺だって何にも思わなかったがな、天界文字のところでピンと来たぜ。
ロッテは魔族で人間界じゃあ自由に動けねえだろうし、どう頑張ろうが天界の本にも触れねえ。
その分俺にあれやこれやと昔の文字に魔法での特殊文字を教え込んで自分で情報収集できない地域の文献だの、天界の情報収集もあわよくばさせようとしてやがるってな。
ロッテは言ってたろ?『俺の故郷のことはまた今度』ってよ。また今度ってことは俺らがここを去った後にまた会う気があって、情報交換でもするつもりだろ」
天界の文字を教えるってロッテが言った時に睨んだのは、ロッテに利用されそうと察したからだったんだ。
「けどそう分かった上で受け入れたの」
人は利用するけど利用されるのは嫌がるくせにね、というニュアンスの私の言葉にサードは楽し気に鼻で笑った。
「まあな。文字は覚えて損はねえし、会う度にロッテから情報を聞く方が価値があるに決まってる。向こうも俺がそう考えて断らないと分かったうえで利用しようとしてんだろ、頭の回る女だ」
まるでロッテの手の平で転がされてるようなものだけど、悪い気分じゃないみたい。
利用されるのが嫌いなサードでも美人な女の人に転がされるなら構わないのかしら。
「サードは美人になら利用されてもいいの?」
「頭の回転の早い女は好きだ」
ふーん、そうなんだ興味ないと前に視線を戻して、ふと思った。
「じゃあ私たちに魔法を教えたのもそんな考えがあるから?」
「全員の死ぬ確率を低くするためだろ?なんだかんだでてめえらは冒険するうえで俺の役に立つからな」
別にサードのために力をふるうつもりはないんだけどねー。
…でもそう言われると利用するため、というより私たちのための善意じゃないのかしら。実際、覚えた方が役に立つのを教わっているんだし。
ふと気づくと髪の毛をとかし終わったのか、サードが後ろで片付けている音がする。
「ところでサード。あなたの故郷の話だけど…」
「出稼ぎと病人と…」
「違うくて」
身をよじって後ろにいるサードを見た。
「サードはどうしてそうやってかたくなに故郷の話をしたがらないの?何か理由があるの?」
話したくなったら自分から言ってくるでしょ、とロッテに言われていたけど、ここまで言わないのならよほど聞かれたくない過去があるのかしらと思い始めていた。
サードは袋の中に櫛を入れて、チラと私見る。
「まあな、理由はある」
「…」
私は考えを巡らせた。
サードの故郷は殺伐として悪事がひしめいたような所で、サードはそんな悪事ひしめく故郷を出ざるを得ないほどの罪を犯したのかもしれない。
だからここまで自分のことを話したがらないのかも。
それでも一応仲間なんだからどんな内容が飛び出してきても受け止めた方がいいような気もしてくる。
「サード、私話を聞くわ。だから教えてくれる?あなたの故郷のこと」
どんな言葉でも受け止めてみせると決意してそう言うと、サードは首を横に振った。
「やだよ」
「でもサード、話すと楽になるかも…」
サードは少し黙り込んでから私を真っすぐに見た。
「…何で俺が今まで故郷の話をしてこなかったか、分かるか?」
言うのね、言うつもりなのねと黙ってサードを見返す。
「話すと長くなって面倒だからだ」
思わず前につんのめった。
「え、そんな理由?そんな理由で何も言わなかったの!?本当は何か罪でも犯して故郷から逃げたんじゃないの!?」
そこまで言ってからこれは言ってはいけないやつだと口をふさぐ。サードはイラッとした表情で、
「ざけんなブス」
と言うとさっさと出て行った。
「…」
分かりもしないのに最初から犯罪者扱いしてしまったのを反省したけど、最後にブスと言われて反省の心は吹き飛んで怒りが湧いた。
しょうがないじゃない、いっつもサードは犯罪者紛いのことばっかりしてるんだから。疑われるのだって自業自得よ。
ぷりぷりしながら本に目を戻すと、コンコン、とノック音がするので顔を上げるとアレンがいた。サードと入れ替わりにアレンがやって来たみたい。
やっぱりノックするのが普通よね、サードはマナーがなってないわと思いながら、
「どうしたの?」
と聞くと、助けを乞うようにアレンが情けない表情になって一冊の本を見せてくる。
「子供向けの魔法の本読んでるんだけど、さっぱり意味分かんないんだよ~。エリーに聞こうと思って」
「私で分かるものなら教えるわよ」
手で部屋に招き入れると、アレンは小走りで隣に座った。
「そもそも魔法なんて使えないもんだと思ってたし、今更使えるって言われても何が何だかさっぱりで…」
「私だって生まれつき魔法は使えるけど、頭で考えないでパッと使ってきたからいざ頭で考えてから使おうとするとよく分からないのよね」
二人同時にため息をついてから、私はふと思った。
「でも私よりロッテに聞いた方が良いと思うんだけど」
私も人に教えられる程度の魔法の知識はあるけれど、実践の魔法ならロッテに聞いた方が断然いい。
何より説明が分かりやすいし、その説明を聞いてるだけですぐ使えるような気分になる(まあ気分だけ)
「さっきここに来る途中でロッテに会ったから頼んでみたんだけど、ガウリスのことでやりたいことがあって、それが今日の夜しかないって断られちゃってさ」
「ガウリスのことでねえ」
私は今日のお昼の出来事を思い出した。
ロッテは魔法の威力を減少させて魔法が使えるという、屋内での魔法の練習用の魔方陣を布に描いてくれて、私はあの絞首刑用の台のあるケルキ山にその布を広げてロッテに付き添ってもらって制御魔法の練習をしている。
それでも布が破れるぐらいの魔法が出続けて何枚もの布がダメになってるけど…。
そうやって私が外で練習する時にはガウリスも外に出て思いっきり空を飛びまわっている。
ドラゴンは大きいものだけど屋敷の中だと身動きが取れないし、外に出るとあまりに目立って何かと不便そうだわと思って、
「もう少し小さくなれたらね」
と空を飛ぶガウリスを見ながら呟くと、しばらく無言だったロッテがいきなり、
「あ!」
と短く叫ぶと私への練習の付き添いを放棄して屋敷の中に戻って、その後は調べものに没頭していた。
窓から空を見上げると、満月が
満月の夜には魔力が高まるから何か魔術を使うなら絶好の夜。
小さくなれたら、という私の言葉でガウリスを小さくする魔術でも思いついたのかしら。
そう思いながらアレンの持っている本を受取る。
「それでアレンは何が知りたいの?」
アレンは子ども向けの本の最初のページを開いて指さして、
「体の中の魔力を感じるって最初の。どこに魔力が集中してるかで向いてる魔法が分かるとか書いてるけど、もうそっからつまづいててさ。
説明みたって本で読むのと実際に自分が体験するのって違うじゃん?」
「ああ、これなら私にも分かるわ。手を上向きにしてだして」
アレンは言われた通りに手を上向きにして差し出してきて、私はその上に手をかざして魔法を使う時の感覚を手の平に集中させた。
「何か感じない?」
「…なんか熱い…し、ジリジリする…?」
「これは魔法が使えなくても誰でもできるものよ。生きている人間のエネルギーみたいなものだから」
「マジか」
「これがもっと強くなると魔法になるの。とりあえず魔法ってこういう感覚よ」
感心するアレンの声を聞きながら目をつぶって、意識を集中した。
アレンの魔法の核はどこにあるのか探る。
頭、首、胸、手、腹、脚からつま先…。強くエネルギーを感じるのは…手と脚みたい。
私は目を開けた。
「アレンの魔力の核は手と脚にあるわ。やっぱり体の機能を向上させる魔法が向いてるみたいね」
アレンはへー、と言いながら、
「エリーもそういうの分かるんだ」
と尊敬の念を込めて言った。
「私だって魔導士の端くれなんだから。モンスターを倒すだけじゃないわ」
アレンも私には知識なんてないって思ってたわけ?とすねたように言うと、アレンはごめんごめん、と素直に謝る。
「じゃあ俺ってどうすればいいの?」
「まず手と脚にある魔法の核を感じることから始めた方が良いと思う」
アレンはそっか、と頷いて私の言葉の続きを待ってる。
「魔法を発動するには魔法の核に意識をおいて、その力を感じながら発動するの。慣れたらそんな手順を踏まなくてもサッと使えるけどね」
…ってアレンに偉そうに教えているけど、私もそこでつまづいているのよねぇ…。
魔法の核は分かる。魔法の発動の仕方も分かる。
でも核を感じながら制御魔法を使って発動、とやろうとすると全く上手くいかない。
頭では完全に分かってるのに実践となるとなんでこんなに手間取るのか分からない…。
『頭がいい奴ってのは頭に入れた知識を活用して応用できる奴のことを言うんだぜ?知識だけじゃ馬鹿と同じだ』
サードの言葉が不意に脳裏によぎって私は頭をブンブン横に振る。
「…そういえば」
アレンがふと思い出したように口を開いて、私はアレンの方に視線を動かした。
「魔王がいるって本当?」
「…え?」
アレンと視線がぶつかる。
「この間ロッテと話してたじゃん?魔王は地上には居ないけど魔界にいて、そんで立て直しが優先だから地上には俺たちが死ぬまでは来ないだろうみたいな。
ラグナスっていう…あの生態調査員だっていう人も魔族だって言ってたけど本当?」
「…」
やっぱり聞いてたのね、とアレンから視線を逸らして下を向いた。
アレンは何も言ってこないけど、何となく見られているような視線を感じる。
どうしよう何て伝えようと考えていると、
「もしかしてエリーとサードは知ってるけど俺だけ知らなかったのかなって思って。だったらさすがに俺ショックだなぁ」
その言葉に慌ててアレンの肩を掴んだ。
「べつに隠してたわけじゃ…あ、いや、隠してたことは変わりないんだけど、その、込み入った事情でそのことを知ったから、言うに言えない状態で…。でもサードも知らないのよ、そのこと」
サードは一時ラグナスが魔族だと勘づいたけど、今は忘却魔法でその記憶が抜けて改ざんされている。
「え、嘘、サードも知らないのか?」
驚くアレンに私は頷いた。
アレンはしばらく目を泳がせながら何かを考えた後、私の目を見る。
「ラグナスが魔族で、魔王が復活してるのを知ってるのって、エリーと俺と…?」
「私たちと魔族ぐらいだと思う」
指を私とアレンに差しながら言う。
「何でサードも知らねぇの?何か理由でもあんの?」
「ええと…」
ラグナスやロドディアスから内緒にしてほしいと言われて、約束は守ると誓ったから。
…と素直に言ってもいいかしら、内緒にすると約束したものを…。
けどもうアレンは大体聞いて分かっているし、もうラグナスとロドディアスからと言ってもいいかしら…。
あれこれと悩んでから、私はアレンを見上げる。
「…あまり言わないでってラグナスとロドディアスに言われて、言わないって約束したから今まで言わなかったの。黙っててごめんなさい」
まさか魔族から聞いた話を魔族と話している時にアレンに聞かれていたのは想定外だったけど、それでも内緒にしていたことに関しては素直に謝ってから続ける。
「でもサードにそんなこと言ったらすぐに考えが回って私が隠してたこと全部分かっちゃいそうでしょ?だからサードにも言わなかったの」
ラグナスが魔族だとまた勘づいたら、サードはレアアイテムを持っていたラグナスを相手に強請(ゆす)り始めるかもしれない。
ラグナスもサードと関わりたくなさそうだし、できるならラグナスが魔族で魔王の側近だということも魔王が復活したことも隠しておきたい。
前に、魔王がいるならぶっ潰してその代わりに俺が世界を治めるとかサードが言っていたし、本当にやりかねないから。
私の言葉を聞き終わるとアレンはさっきまで私がしていたような申し訳無さそうな顔になって、
「…約束してたのに言わせちゃってごめんな、本当にごめん。じゃあ俺もあとは何も聞かないし、ラグナスのことも魔王が復活したことも聞かなかったことにする。約束する」
アレンはそう言うと私の顔をのぞきこんだ。
「でも何か相談したくなったら俺はいつでも聞くから。一人で抱えこむなよ?」
「アレン…」
その優しい言葉に思わずキュンとなる。
これがサードだったら怒り狂いながら腕を締め上げて無理やりにでも吐かせているはずなのに、アレンは怒りもせずむしろ約束したことを破らせてしまったと後悔して、その上で心配してくれる。
「アレンのそういう優しいところ好きよ」
「俺もエリーの真っすぐなところ好き」
お互いに一瞬の間を置いておかしくなってきて、ふふふふふ、と笑い合う。
すると「んんっ」と咳払いする声が聞こえて、私たちは入口に目を向けた。
そこにはロッテが気まずそうな顔をして腰に手を当てて部屋の入口に立っている。
「良い雰囲気の時に悪いけど、お邪魔してもいいかしら」
良い雰囲気って、何が?
それよりロッテがわざわざ夜に部屋に訪ねてきたんだから何かあったのかしら。
「どうかしたの?」
ロッテは頷いて大広間の方を向いた。
「エリーの力が必要なの。大広間に来て」
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