第34話 終わらない作業
次の日、朝食を終えた私たちは目を見開いた。
入り口の大広間…昨日片付いて綺麗になったはずの大きいテーブルの上には本が再び山積みになっていて、床が見え始めた箇所がまた平積みにされた本で埋め尽くされている。それもいつの時代のものなのか分からない羊皮紙の巻物もまとめて転がっていて床が見えなくなっている。
上を見るとガウリスが空中で輪を何重にも描きながら浮いている。どう見ても狭そう。
それよりガウリスはご飯を食べているの?何を食べているの?
そんな考えが脳内を一秒で巡った。
広間に続くところで私たちが立ち止まっているのに気が付いたロッテは後ろから広間を覗き込んで、
「ああ、本の買いだしに出かけてる使い魔たちが置いて行ったんだね」
とこともなげに言う。
「ええー…」
アレンから絶望に満ちた声が出て、私も朝からガックリと肩を落としてしまった。
昨日あんなに一日中慣れない本を相手に分類・選別しても終わりが見えなかったのに、また増えるなんて…。
本の片付けに一段落ついたら水のモンスターをどうすればいいのか教える条件なのに、一晩で本が増えるならいつまでこの状態が続くのか分からない。
入口の扉も開かないみたいだし、もしかして死ぬまでここで本の整理をし続ける羽目になるんじゃ、まさかロッテはそれが目的だったんじゃ…。
「本当に俺らの質問に答える気あんのかよ、もし騙してこき使おうってならこっちにも考えがあるぞ」
サードも私と同じ考えを思ったのか、喧嘩口調で聖剣に手をかける。でもロッテは、あははと軽快に笑った。
「ごめんごめん。定期的に届けられるんだけど、まさかこんなに早く来るとは思わなくてさ」
それでもガックリ落ち込み、睨み付ける私たちを見てロッテは笑いを静める。
「じゃあ増えた分の片づけも手伝ってもらう代わりにそれぞれに必要そうなものを分かりやすく教えてあげよう。これでどう?」
「必要なもの?」
アレンが頭を上げて聞き返すと、ロッテはアレンを見た。
「アレンは格闘家だけど、もしかして腕の程はたいしたことないんじゃない?」
「何でそれを…」
アレンは慌てて口をふさぐ。
表向きは勇者御一行の格闘家なんだから、戦いに向いてないことは誰にも悟らせるなとサードに言われているから。でも今普通に認めちゃったわ。
ロッテはつかつかとアレンに近づいて、アレンはキョトンと目の前に立つロッテを見ている。
「こうやって急に攻撃の範囲内に入ってもなんの緊張感もないもの。魔界でも武術の心得が少しでもある人は無造作に近寄る人がいれば軽い緊張感が漂うもんだけど、アレンはむしろ受け入れ態勢じゃない?」
「だって女の子は受け入れたいし、俺」
ロッテは思わず吹き出しながらアレンの肩を叩く。
「一応あたしだって魔族だからもっと警戒してもいいのよ?ところでアレンは魔法は使える?」
「ううん」
アレンが首を横に振るとロッテはなるほど、と頷いた。
「でもあたしから見たら使えそうなんだよね。ならアレンには身体能力向上魔法を教えてあげる」
「何それかっこ良さそう、何それ何それ」
アレンは目を輝かせて身を乗り出した。
身体能力向上魔法なら私も知っている。
冒険者の格闘家はモンスターと至近距離で戦うから、魔法も兼用してる人が大半。
その最もたる魔法が身体能力向上魔法で、体のあらゆる身体能力を増強し、体を頑丈にできる。
アレンは、
「魔法?ああ俺魔法使えねぇんだ」
と過去に笑いながら言っていたから、そうなんだと私もそれ以上深く聞かないままだったけど…魔法は使えるみたい。
ロッテはアレンに身体能力向上魔法の説明をしてから手を上に伸ばすと、その手の内に一冊の本が落ちてくる。
「じゃあまずはこれを読んどいて。身体能力向上魔法の基本の本だから」
でもさっきまでかっこ良さそうと乗り気だったアレンは戦闘用のものだと知るとうんざりした顔をしている。
「…俺戦うの好きじゃないからいいや…」
アレンの言葉を聞いたロッテはたしなめるような表情になった。
「じゃあサードとエリーに自分の好きじゃない戦いを押しつけ続けるつもり?」
そう言われるとアレンは口をつぐんだけど、チラとサードを見る。
「でも一緒に冒険に出る時、サードが戦いは自分に任せろって言ってたしぃ…」
「いい機会じゃねえの。教わっとけ」
サードは耳をほじりながら気持ちのこもってない口調で言うと、アレンは、ええ!?とサードを見た。
「あの言葉は嘘だったの!?俺を騙したの!?」
アレンは大きく腕を動かして訴えているけど…言葉先で騙すなんてサードの日常茶飯事じゃないの…。
サードは呆れ顔でアレンに指を突きつける。
「てめえと冒険に出る時にはここまで魔族と戦うもんだとは思わなかったんだよ、それなら今この機会に覚えられるもんは覚えとけ」
アレンはかなり乗り気じゃなさそうだけど、それでも渋々とロッテから本を受け取った。
ロッテは私に視線を移す。
「エリーには制御魔法を教えてあげる。サードがエリーの魔法は強すぎて使い勝手が悪いって言ってたけど、もしかして制御魔法を教わってないんじゃない?」
「制御魔法?」
私の髪を切り落とした家庭教師からあれこれと魔法の種類は習ったけど、そんな魔法は初めて聞いた。
ロッテはやっぱりね、と腰に手を当てる。
「人間界だと魔法の力が暴走しないよう制御する魔法を最初に教わるらしいの。力が暴走したまま使い続けると体や精神を壊したり、個人が持ってる魔法量を使い果たしてしまうこともあるらしいから。
っていうか、魔導士だったら必ず最初に覚える魔法だってあたしは本で見たんだけど、それでも知らないんだ?」
頷きながら、それでもと口を開く。
「お父様からは、私たちの魔法は自然から力を貰って活用しているから自然は大切にしようね、と言われていたの。
だから自然がある限り自分の魔力じゃなくて自然の魔力を使ってるんだろうなとか、自然って人には操れないものだから暴走しちゃうのかなって思ってて。結局その制御魔法を覚えても暴走しちゃうんじゃないかしら」
「…自然のものがそこにある限り魔力のキャパシティは無限で、その分だけ力が発動する…それでいてその力は強い…?」
ロッテがそう言いながら手を上に向けると、その手の内に魔導士大全という分厚い本がドスッと落ちてきて、バラバラとページをめくっていく。
「そんな魔導士がこれに載ってたはず。戦争で大災害級の魔法を使い続けて自国の勝利に貢献した…、そうこの人。エルボ国の下級貴族、サルヴァン・マルクス・ディーナ。享年三十九歳の男」
その名前に思わず目を見開いた。
エルボ国は私の生まれ育った国。サルヴァン・マルクス・ディーナはお爺様の名前。
お爺様は私のお父様が十歳の頃に亡くなってしまったから残された肖像画でしかその姿を見たことはない。けれどお爺様は私が生まれるよりもっと昔の戦争で敵国に大きな被害を出して、エルボ国の勝利に大きく貢献したってお父様から聞いている。
サードとアレンはエルボ国という地名、ディーナという名字で私の血縁者だって気づいたような顔をしているけど、ロッテはそんなの分からないから話を続けた。
「この人、エルボ国の先の戦争で他の魔導士が次々にぶっ倒れても一人延々と魔法を使い続けて祖国を守ったらしいわ。その魔法が規格外だからディーナ家は褒美を毎年国から貰えるほどで、後は悠々自適に過ごしたと書いてるけど。この人知ってる?」
その話もお父様から聞いている。
本当は下級貴族から王の側近になっても良いくらいの活躍だったのに、倒れていく魔導士たちの中、一人立ってなお強力な魔法を使い続けるその姿に敵味方から魔族じゃないかと疑われ恐れられたって。
当時のエルボ国の国王にはそんな者に近くに居てほしくないって戦争後に国外追放されそうになったけど、国を守った功労者だからって大臣たちが取りなして、褒美を毎年もらうことを条件に地位は下級貴族のままに留め置かれたって。
「我がディーナ家が国主催のパーティーなどに呼ばれない理由は下級貴族だからではなくその事らしいがね。権力争いに関わらなくていいわりに国からはお金が支払われるから私は今のままで満足だよ。それにこの国を守った父を私は心から尊敬している」
ってお父様は締めくくっていた。
魔導士大全にお爺様の名前と活躍が載っているのは嬉しいけど、記載されている内容が真実じゃないのがムカつく。
サードがそんな私の顔を見ているのに気づいて、視線を逸らした。
一瞬合った目が「ウソでも書いてあったんだろ」と薄ら笑っていたから。
まず気を取り直してロッテに視線を合わせ、
「その人は知ってるけど…。それがどうかしたの?」
と聞くと、ロッテは本から視線を上げて見返してくる。
「この人、亡くなるにはまだ若いと思わない?」
「…まあ」
確かに、三十九という年齢はまだまだ働き盛りの年齢だと思う。
「こう考えられない?亡くなる三年前に戦争があって、そこで力を使い過ぎて寿命を縮めてしまったって」
「…え?」
「この人の簡単な略年を見る限り、魔法の勉強に関わってないように思えるんだよね。力が強いからいらないと思ったのか、何か事情があったのか分かんないけど」
その話もお父様から聞いている。
お爺様は元々庶民の出で、そこから兵士に志願して頭角を現して、国から下級貴族の地位を賜(たまわ)った。でも兵士になるまでは貧乏で魔法の学校に通うお金が無かったって。
兵士になってからは持ち前の魔法を披露するだけで皆が驚くから、これ以上学ぶこともないだろうと学校には通わず終いだったらしいって。
神妙な顔で黙りこむ私にロッテは声をかける。
「きっとこのサルヴァンという魔導士は制御魔法を教わらず力を使い過ぎたの。だから体を壊して早死にした。自然の力を使うのは無限大に思えるけど、そのまま使い過ぎると体への負担は大きいんじゃないかって、あたしは思うよ」
その事実を突きつけられて、悲しいような、それでも怒りが湧くような気分で唇を噛む。
まさかお爺様が国の戦争で力を使い過ぎて早死にしただなんて…。あんな自分たちの欲に忠実で、お爺様を追い出そうともした王家のために…!
杖を握りしめていると急に肩を掴まれ、驚いて顔を上げた。
するとアレンが真面目な顔で私と向き合い、ガクガクと揺らしてくる。
「エリーこれ絶対に習ったほうがいい!習おう!習おう!な!」
「う、うん…」
でももしかして今まで使ってきた魔法でも私の寿命は削られていたの?だとしたらどれくらい削られたの…?
「エリー。ちなみにこのサルヴァンて人、半年の間ずっと食事も眠りもそこそこに前線で毎日朝から晩まで魔法を使い続けてたんだって。エリーはそんなふうに数ヶ月以上、朝から晩まで休みもろくに取らないで魔法使ったことある?」
ロッテの言葉に私は頭を横に振った。
「ううん」
サードたちに会うまでろくに魔法は使ってこなかったし、サード達と会ったあとも髪の毛の栄養を取るためにあまり無理をせず十分な休息を取るようにしてきている。
ロッテはニッコリと微笑んだ。
「じゃあ寿命の心配はしなくていいと思うよ。このサルヴァンは無理がたたっての結果だから、休み休みでたまに力を使ったくらいなら体にもそんなに負担はかかってないと思う。
でも制御魔法は念のために習った方が良いよ。ああ、アレンも制御魔法は覚えた方がいいけどまずはその本を読んでどんなものか勉強しといてね」
とロッテは話を締めくくって、サードに視線を移す。
「さて、あんたには…」
「魔界の色っぽいことを体で直に教えてくれよ、途中までなら俺の体もどうにもならねえんだろ?」
サードの言葉に最低、と顔をしかめて引く。
ロッテは「馬鹿だなぁ」と言いたげに口端を上げてから腕を組んで口を開いた。
「じゃああんたの生まれ故郷の話、聞かせてくれるう?」
するとサードはヒュッと真顔になった。
「聞かせたら色々すんのか」
「しない」
サードは舌打ちをして、何だよ…とぶつぶつと文句を言っているけど私は、本当にこの男って最低よね、下品だわとサードを見た。
「まあそれならあんたの生まれ故郷の話はまた今度の機会にしておくとして…」
と言いながら少し真面目な顔でサードを見る。
「あんた、文字読める?」
まさか、今まで文字が読めていなかったの?とアレンと私は驚いてサードを見ると、サードはムッとした表情になってロッテを睨みつけた。
「馬鹿にすんな。専門用語の羅列じゃない限り普通に読める」
するとロッテは空中から落ちてきた六冊の本を受け取り、近くのテーブルに乗せてサードに表紙を見せる。
「この中で読めない文字はある?」
サードは表紙を一冊ずつ見て、何冊かを上に弾いた。
「これとこれだな」
ロッテは「なるほど」とニヤリと笑った。
「じゃあこの読めない文字を教えてあげる。ちなみにあんたが読めないと言ったこれは古代に使われた人間界の古い文字、次のこれは魔術で使用される特殊な文字。あとこれなんだけど…」
空中から本が落ちてきてロッテが受け取ろうとするけど、手の平に当たった瞬間にロッテはそのまま取り落とし、本はテーブルに落ちた。
「これは天界の本とされている。魔族のあたしがろくに触れないから本物だと思うんだ。でもろくに触れないから中身が読めないの。
もしこの本のページをめくってくれるなら文字を解読して内容も文字も全部教えてあげる。天界の文字が読めてこの内容が分かったら道中で役に立つかもしれないよ」
サードは一瞬射るような目つきでロッテを見据えた。
でも少し考えこむような顔になったあと、どこか妥協点を見つけたとでもいうように背筋を伸ばしてため息をつく。
「分かった、それならとことん教えてもらうぞ」
なんだかサードの表情の変化が気になったけど、
「はい、交渉成立!じゃあまずは本の片付け開始!」
とロッテが手を叩くから、本の整理に取り掛かった。
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