第20話 古城のラスボス戦

「そろそろボスの間だぞ」


サードがこちらに向き直って言った。


目の前には鉄でできた物々しい大きな扉があって、まさに最後の砦、という感じだ。


「マップを見る限りこの奥には二つ部屋がある。手前の部屋には前座の魔族がいるかもしれねえ。そんで前座のいる扉の奥がボスの間だろうな。さて…」


話しながらサードは私に向き直った。


「便所大丈夫か?」

「ばっ」


カッとなってサードの肩をビシビシ叩く。


「何で私にそんな事聞くのよ!大丈夫に決まってるでしょ!」

「昨日の事もあるしな~」


サードはニヤニヤと楽しそうに笑いながら、私の手を払いのける。


「昨日トイレでなにかあったの?」

「なんでこんな話に食いつくのよ!」


今度はアレンの背中をビシビシ叩く。


サードはサードで馬鹿にしてくるし、アレンはアレンで気にしなくて良いところに食いついてくるし、何なのよもう!


プリプリ怒っていると、急にお腹にジクッと痛みが走った。


「んっ…!?」


思わずパッとお腹を押さえる。でも差し込むような痛みは一瞬で、もう痛みはない。


「なんだ?やっぱりトイレ?少し戻る?」


アレンが心配そうに声をかけてくるけど、私は頬を膨らませてアレンを睨んだ。


「ちがうってば!そんなんじゃないから!ほら、さっさと行くの!」


私はぐいぐいとサードとアレンを扉の方に向けさせて扉を開けようとする。

でも鉄の扉は固く重く、押しても引いてもスライドしようとしても全く開く様子がない。


「もしかして中から施錠されてんのかな?おーい、開けて~!俺ら来たんだけど~!居ないの~?おーい」


アレンは扉をダンダン叩いた。


むしろボスに向かう扉に向かって友人の家に遊びに来たけど玄関の鍵が閉まってたみたいな言い方するんじゃないわよアレン…。


呆れていると、ゴリゴリと音がし始めた。目を扉に向けると重い扉が少しずつ動いていて勝手に開き始めている。


「なんだよ開くんじゃねえか。それならさっさと開けやがれってんだ」


サードは苛立ちまぎれに少しずつ開いて行く扉を蹴り飛ばす。


これからボス戦なのにアレンもサードもなんて緊張感に欠ける…。まあ二人らしいといえば二人らしいけれど。


扉が完全に開くとそこは薄く光の差す暗い部屋で、様々な家具調度品が置いてある。


全体的に暗い色調の物だけど、質が良い物なのはパッと見だけですぐにわかる。細かい模様のアンティーク調の壷、額縁、そして床に敷き詰められた絨毯(じゅうたん)…。

どれをとっても綺麗でお洒落で、この古城の持ち主の王様がまだここで暮らしていると言われても納得してしまいそうなほど。


思わず調度品のすごさに圧倒されてしまったけど、そういえばボスの一つ前の魔族は、と調度品から目を逸らして部屋を見渡してみるけど、動く者は見当たらない。


むしろボスのいる奥に続く扉が開け放たれていて、その扉の奥の部屋の窓からは光が差し込んでいるのが見えた。

それもその光の中には一つのシルエットが浮かび上がっている。


「どうした、開けたのだから入って来なさい」


シルエットから落ち着いた男性の…それも優しい響きのする声が聞こえてくる。


「てめえがここのボスか」


サードが声をかける。

少し薄暗いのに目が慣れてしまっているから外からの光があまりに眩しくてシルエットの男性…ボスの姿はハッキリ見えない。けど、ボスはわずかに眩しい窓から離れてこちらに歩みを進めて、その姿がようやく見て取れた。


…人間?


魔族のボスを見て思わずそう思ってしまう。


人間だとしたら年のころ三十半ばから四十くらい?

茶色い髪の毛を後ろに流し、きちんと髭を生やした優しい目つきの…人間だとしか見てとれない。


「そうだ、私がここの主だ」


優しい目つきの、まるで人間のような見た目のボスは手を広げてこちらに歩みを進める。

銀に光る甲冑を身に着けているから歩くたびにチェインメイルのこすれる音が辺りに響く。


「いや済まない。茶を飲んでくつろいでいたから君たちがここまで来てると気づかなかった」


柔らかい物腰で優しい口調でとても気品あるその様子を見るとどこかの王族?と思えて、まさか本当にここに王様が住んでたのかしらと錯覚してしまった。


「まったくだぜ、来てやったんだからとっとと開けろってんだ」


サードが噛みつく。相手は苦笑するように微笑み、こちらをマジマジと見て来た。


「漆黒の髪と紺の鎧の剣士、赤毛の武道家、金の髪の女魔導士…」


ボスは手で顎髭を触りながら、ほう、と楽しそうに声を漏らす。


「なるほど、勇者御一行か。噂はかねがね他の魔族から聞いているよ」


「魔族の間でも噂になってるってか?そいつあ嬉しいことだな!」


サードは言うなりいつの間にか抜いていた聖剣でボスに切りかかった。

するとボスは剣でサードの聖剣をはねのけ、金属がギャンとこすれる音が部屋に響いた。


でもボスは少しも動いていない。両の手は体の前で軽く組んでいるという余裕のある姿勢だ。


「剣が…!」


私は驚いて声を出した。


ボスは剣を持っていない。ただ目の前に剣が浮いている。


とたん、ボスの紳士風の優しい顔立ちが崩れた。

肉が削げ落ちて髑髏の顔になり、体が膨張して銀の鎧もメキメキと音を立てながら巨大化していく。


そして地の底から響くような声でボスは口を開いた。


「私はロドディアス・ノード・ダ・スウィーンダ。魔界の一つの州を治める王である。さあ、かかってきなさい勇者御一行」


「魔界の州を治める、王…!?」


ギョッとした。


この世の中は魔界・人間界・天界との三つに分かれている。

人間界は今私たちが暮らしている所、魔界は魔族が暮らしている所、天界は天使や神様が暮らしている所。

ここまでは当たり前の一般常識。


でも人間界に暮らす私たちにとって魔界と天界は未知の場所。


何しろ普通に行けない。

行くとしたら死ぬか、生きたまま魔族か天使に連れて行かれるかしないといけない。


特に天使や神といった天界の存在は滅多に姿を現さない。

実際に天使や神と対面して会話を交わした人は聖人と呼ばれているけど、そのほとんどは昔話や伝承の中の話で、ここ最近でそのような聖なる存在に出会ったという話も二百年も昔。


それとは反対に魔族は人間の欲につけこむためよく人間の前に姿を現すけど、それでもその生態や魔界の事がどうなっているのかなんて全く分かっていない。


だから今言ったこの城のボス、ロドディアスの一言に私たちはとっても驚いた。


「魔界にも州があるの!?」

「州の王様なの!?」

「王がなんてこんな人間界に居んだよ、宝箱だけ置いて帰れ!」


上から私、アレン、サードのセリフだ。


ロドディアスは地の底から響くような声で大きく笑った。


「さすが勇者御一行、余裕のある者たちだね」


言うなりロドディアスの周りに大量の剣が現れ、それが一斉にこちらに向き、そして空を切りながら大量の剣が向かってくる。


私は風を起こして剣を飛ばそうとする。けど剣は逸れることなく真っすぐに向かってくる。


「魔法が効かない!?」


驚きの声を上げるとまたお腹がジクッと痛んで、思わず、うぐ、とうめき声をあげて服の上から痛むところを押さえ込んだ。


サードは瞬間移動したの?という速さで私の前に現れて向かってくる剣を薙ぎ払ったけど、薙ぎ払われた剣は一回転してまた向かってきて、サード体を切り裂いた。


「クッソ!」


サードはスパンと後から向かってくる剣を真っ二つに叩き割る。剣は地面に落ちたけど、それでも他の剣が体にまとわりつくように途切れなく向かってくる。


お腹の痛みが収まったから私も避けるけど、それでも質のいい装備が少しずつ切り裂かれて皮膚もうっすら切り裂かれてく。


「うわわわわわー!助けてー!」


アレンは追いかけてくる剣から逃げ惑うのに精いっぱいでもはやパニック状態だ。

とはいっても私もアレンと同じようにパニック状態で逃げ惑ってる。でもとにかく風を起こして剣を遠くに飛ばそうとするけど、逸れもせず真っすぐに飛んでくる。


「何で飛ばされないのよー!」

「無駄だよ」


ロドディアスが楽しそうに呟く。


「滝を持ち上げるような芸当する君だ。厄介だからこの剣には魔法が効かないようにさせてもらった」


ロドディアスはそう言いながら両腕を広げると空中から百本か…それ以上の剣が浮き出て、こちらに剣先が向けられる。


「勇者御一行がこの程度でやられるなんて事はしないでくれよ」


空を切り剣の数々がこちらに向かって飛んでくる。今までの剣の量でも避けるのが精いっぱいなのに、こんな量…!ダメ、串刺しになって死ぬ…!


「エリー!この馬鹿!」


いきなりサードに馬鹿と言われて目を剥いてサードを睨みつけた。


「壁!何で出来てる!自分の魔法が何か忘れたか!」


サードは襲い掛かって来る剣を弾き飛ばしながら叫んだ。


「はぁ!?」


何を言っているのか分からなくてそんな声しか出てこない。と、剣が向かって来たので慌てて逃げた。


「だから、壁!石だろ!?魔法が効かねえのはこの剣だけ!分かるか!」


そんなことを言っているサードの鎧に剣が当たって鈍い音が響く。

質の良い鎧だから突き刺さらないで跳ね返ってるけど、鎧以外の所は容赦なく切れて、血が飛び散る。


私はサードの言葉を聞いて壁の石を見て、そしてハッと気づいた。


中世の造りの城は石で出来ている。

そうだ、この城は人工的に造られた建物だけれど、その素材は自然の中にあった石じゃないの。


つまり自然のものを魔法にできる自分は…。


「操れる!」


私は魔法を発動した。すると下の絨毯が破れ、その下から石のバリケードが現れる。その石のバリケードに次々と剣が突き刺さっていった。


自然ものだったらどんなものでも動かせるんだからこれくらい容易(たやす)い。


そして更に意識を集中させ、周りの壁や天井を鍾乳洞のように尖らせ、ロドディアスに突きさそうと一気に突き伸ばした。


「おっと」


ロドディアスはひょいと避けたけど私はロドディアスがやったのと同じようにどこまでも突き刺そうと石の先端をビュンビュン伸ばし続けて追いかける。


「なるほど素晴らしい魔法だ」


少しずつ下がりながらロドディアスは剣を空中に浮かべ、迫りゆく石を軽々と切り落とした。私は切られて地面に落ちた石を浮かび上がらせて、それをロドディアスに向かって弾き飛ばす。


一つ二つ、ロドディアスの顔と肩に石の塊がぶつかった。でもそれくらいじゃ全く痛くもなかったみたいで、ふふふ、と笑っている。


「なるほど…興味深い。その若さでこれほど術を自由に使える人間は滅多にいないだろうに。これは血筋かな?」


確かに私の家…ディーナ家は代々力の強い魔導士の排出量が多いけど…。


「だとしたら何よ」


私は攻撃の手は休めず、更に天井や床や壁の石を圧縮させロドディアスが動けないほどの狭い石の格子を作って、その石の格子の内側から剣先のような先端を作って全身をドッと一気に貫いた。


「っぐ…!」


流石にこれは効いたみたい。ロドディアスからうめき声が漏れた。でも人間だったら即死ものの攻撃だったけど魔族なら痛い程度。


もっと攻撃を続けないと…と力を発動しようとするとロドディアスの周りに現れた鋭利な大量の剣がグルグルと回転して、石格子は細かく切られた。


その大量の剣は回転しながらこちらに向かってくる。

その回転する剣はみるみる巨大化し、円を描くように周りの家具調度品すらも切り裂き、石の壁や天井も切り裂きながら突き進んでくる。


ガラガラと崩れてはまるで紙のようにスルスル切られていく天井や壁の石を見て、石でバリケードを作ったとしても防ぎきれずに自分たちも石と同じように全身切断されると判断した。


「アレン!サード!ちょっと粗っぽいことする!近寄って!」


「てめえの魔法なんていつも粗いじゃねえか」


腹は立つけどサードの言葉に構っていられない。


私はその場に空気を起こし、渦を巻くようにグルグルと動かした。


「ちょ、あいつの剣にエリーの魔法効かないんだろ?」


アレンがそう言ってるけどとにかく意識を集中させる。


天井はほとんど崩れて空が見える状況だ。私はは床に強風をぶつけ、自分たちを空中に飛ばした。


「ぎゃああああ!」


アレンから絶叫が飛び出す。


その隙に回転する鋭利な刃は私たちがさっきまで立っていた所を通過して、中々開かなかった鉄の扉さえも薄い板金にして消えた。


「すげえ切れ味だな、あれ」


塔から上空に飛び出てゆっくりと空中で止まって、ボロボロの塔の床へ落下中なのにサードからはのん気な声が漏れる。対するアレンからは絶叫しか出ていない。


とにかく石に叩きつけられないようにズタズタになった石畳に向かって風を起こして、無事に着地した。


と、妙に頭がズキッと痛くなって私は頭を押さえる。


その瞬間私の目の前に剣先が見え…。


するとサードが素早く横から切り払って、キィンッという金属音と共に剣は真っ二つに割れて私の両横を避けるように飛んで行く。


あの立派な家具調度品もどこにもなく、壁も天井も取り払われて日当りの良くなった塔の頂上で、ロドディアスは拍手を送る。


「今の攻撃を避けたのは素晴しい。だが君たちはまだまだ自分の力を使いこなせていないようじゃないか?私から見て統率力が全く無い。それぞれが自分勝手に動いて全員で倒そうとする意志が感じられないし、そのうち一人は戦う意思すらない」


ロドディアスは戦闘中だというのにやれやれ、と腰に手を当ててゆっくりとこちらをみた。


「正直に言って噂になっている勇者御一行はこの程度かといささかガッカリした」


そう言えばラグナスが言ってた。ここの古城のラスボスは百年前の魔界の大会で一位になったほどの人だって。

そう思うと戦闘中だというのにこの余裕のある態度、そしてこちらが弱いとガッカリする姿、敵だというのにアドバイスをするような言い方…その全てをとっても強者の余裕しか感じられない。


…倒せる?

それとも中ボスのランディにやったみたいに一時不能にして…でもそれじゃあ倒したことにはならない…。


…あれ?でも何で生態調査員をやってたラグナスが目の前にいる魔族が魔界で百年に一度の大会で優勝した人だって知ってたのかしら。おかしいわ、絶対におかしい。

人間のラグナスが魔界で起きたこととか魔族のことを知ってるなんて…。


あれこれと考えているうちにどんどんと頭の痛みは増してきて、それも胃が気持ち悪くなってズキズキと差し込みが酷くなってきて、頭も痛いし気持ち悪いしという体調の悪さが一気に押し寄せてきて、ウウ…と呻く。


「どうしたエリー」


具合の悪くなった私にアレンが駆け寄って肩を支えてくれる。

ロドディアスも倒すなら今が絶好のチャンスだろうに、何もしないでこちらを黙ってみている。


「そのお嬢さんは毒に当てられているんじゃないか?」


「え?」


アレンと私が同時に聞き返して、私は気持ち悪さと頭痛を抱えながらもハッと気づいて聞いた。


「そうよ、あなたが毒を放って…その毒だわ、きっと!頭痛と腹痛で城下町の人たちと同じ症状だもの!」


もう普通に対話してるけど、向こうが戦闘中だというのに普通に話しかけてきたんだから別にいいだろうと思って私は指をロドディアスに向ける。

するとロドディアスは少し動きを止めてこちらを見た。


「私はそのような事はしていないが?」


ロドディアスも相も変わらず会話のキャッチボールをするから私も続けた。


「うそ!あっちのスライムの塔の方向に毒を持ったモンスターが行っているらくて迷惑してるらしいわ!」


「誰が迷惑しているんだい?人間か?」

「人間よ、人間に決まってるでしょ…」


頭の中にラグナスが浮かび上がる。

…でも、ラグナスって人間だっけ?


すると、ゴッという鈍い音が響いた。


鈍い音のした方向を見ると、サードの足元に大きい石が転がっていて、サードが頭を押さえて後ろを向いている所だった。


そのサードの視線の先に首を動かすと、そこには水色のドレスをまとった強気な顔の女の子の姿が。


この子、昨日見た幽霊の女の子じゃ…!?


幽霊の女の子は私たちをキッと睨みつけながら叫んだ。


「パパをいじめるなぁ!」

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