第12話 古城の中

城の中はやはり暗く、そしてひんやりとしている。

城の背後を川が流れその先に滝があるから水の音が遠くから響いてきていて、それが更に空気をひんやりと感じさせるのかもしれない。


それでも窓から差し込む光は柔らかく優しい。


森の中を歩いている時には動物のいるようなわずかな気配はしていたけど、城の中に一歩踏み込むと全く生き物の気配が無い。響くのは自分たちの話声と歩く足音だけ。


今のところモンスターは見当たらないけど、これほど水の音が聞こえるくらい静かなんだ。鎧姿で歩いているモンスターなら歩いている音で大体の場所は分かるはず。


そういえば城門はやっぱりぴったりと閉まっていた。それも開けるのには三人がかりでも苦労するぐらい重くて、風で閉じたわけじゃないと証明された。


それでもサードと私の古城に入る前の喧嘩で扉が勝手に閉まった話は二人とも忘れたのかその話はあがらなかったけど、やっぱり勝手に扉が閉まったのが気になってしょうがない。

まるで私に見られているのに気づいたかのようなタイミングで扉が閉じたように思えてならないからだ。


だからといってモンスターが閉めたというサードの言葉は信じられないし、まさかこのダンジョンのラスボスや中ボスがわざわざ城門を閉めに来たなんて考えられない…。


「聞いてる?エリー」


アレンの声にハッと顔を上げる。


「ごめんなさい、聞いてなかったわ」

「しっかりしろよブス」


先ほどの喧嘩がまだ尾をひいているのか、サードが吐き捨てるように言う。

サードが私に向かってブスと言う時は大体機嫌が悪い時だ。


「エリーは可愛いよ」


アレンが軽くサードの肩を掴んで揺らす。

サードへのたしなめと私へのフォローを一度にこなしているけど、このタイミングでフォローされても全然嬉しくない。


サードをキッと睨みつけると、サードは、何だゴラとばかりに睨み返してくる。それに気づいたアレンがサードと私の間に割り込んで互いの目隠しをしながら私に向き直った。


「で、これからのことなんだけど、一晩この城の中で過ごすことになるかもしれないってこと。今は昼過ぎでそれからこの城の中を歩いて、中ボス倒して、そんでボスも倒すってなると時間的に辛いからさ。それにどうせなら屋根と壁のあるところで寝た方がいいだろ?」


「それは別に構わないわ」


冒険しているのだからいつも安心安全の所で寝られるとは限らない。それは十分に分かっている。

それに最初は野宿や敵がいつ出るのか分からない場所で眠るのに抵抗があったけど、今ではもう慣れたものだ。


「それでここ」


アレンがマップを私の目線に下げて設計図の一角を指さした。


どうやら正面の城門から見て右側一階で、窓が他よりも多い部屋のようだ。


「とりあえず今日は大事を見て一階をグルッと見てモンスターの強さを見て回ったあとにここの部屋で寝ることにして、明日本格的に二階に行くことにしよう?飯も水も三日分はあるし、ここの部屋だったら夜中にモンスターに襲われてもいざとなったら窓から逃げやすいし」


別に反対意見はないから素直に頷く。アレンたちが話あって決めたことにあれこれと口を出すこともない。


「つーか、別に今日中にでも倒せるんじゃねーの?ボスでも中ボスでも」


サードがアレンの向こう側から面倒くさそうな声で呟いた。


「お前なー、サード。魔族っていったら普通そんなノリじゃ倒せないくらい強いんだからな」


アレンの言うとおり、魔族はそう簡単には倒せるものじゃない。


何故なら人間と比べて魔法の威力がけた違いに強いし、体力も勝っている。

人間だったら即死するほどの傷を受けても魔族は「あ、いった」程度の顔でなおも強力な魔法で攻撃してくる。そんな姿は人間の私たちからしてみたら非常に不気味で恐ろしい。まあ私は正確には人間じゃないんだけど。


この四年の冒険で魔族とは何度も戦って勝利を収めてきたけど、それは私の魔法とサードの持つ聖剣によるものが強い。


聖剣の素材は未だに解明されていないけど、どうやら魔族と相性の悪い天界から落ちて来たと思われる謎の物質からできているらしい。


そもそもサードの持っている聖剣は六千年前の時代の勇者が使っていたもの。


そんな昔からある聖剣が天界から落ちてきた謎の物質でできているなんて話も伝説・伝承・昔話に近い嘘か本当かも分からない話だけど、実際に目の前で魔族を一刀両断にする勢いで切りつけ、大ダメージを与えて勝つのを見ていると本当の話なのかもしれないと思える。


それに私も貴族時代は魔法なんてさっぱり使うこともなかったけど、冒険に出て魔法を使ってみたら、私の繰り出す魔法は魔族が言葉を失って一瞬立ち尽くすくらいの威力だと分かった。


初めて魔族と戦った時はダンジョンを丸ごと風の力で破壊してしまったのよね。


それまでろくに魔法を使った事も無かったし、相手が初めて戦う魔族だったからパニック状態で本当に力の加減も分からなくて、大風が雲を呼んで嵐になって、時期外れの雷雨を巻き起こしたっけ。

それも激しい風で魔族と一緒に初回特典の宝箱も飛んで行ったのかどこにも宝箱が見当たらなくて、サードに激しく怒られて…。


「イデッ」


サードが急に声を上げたから私は、まさか今激しく怒られたのを思い出してイラついた気持ちがサードに行った?と顔を上げてサードを見た。


アレンも同時にサードを見ていて、視線の先のサードは頭の横を押さえてある方向を睨んでいる。


「どうした?」


アレンが聞くと、サードがアレンを睨んで足元の石を蹴とばした。


「石が飛んで来やがった」

「石?」


見ると、普通に石だ。どうやら壁の石が崩れたものみたいだけど…。


私は天井を見上げる。まだ入り口付近だから周囲は値の張るホテルのロビーより広く、天井は高い。

壁にはうっすらと隙間があいて光が差し込んでいるけど、この入口の天井部分はしっかり作られているみたいで穴はあいていない。


「上からじゃなくて真横から飛んできたんだよ」


サードの真横とはいっても、向こうには広い空間が続くだけで誰がいるわけもない。じゃあ敵かと身構えてみてもモンスターが襲ってくることもなく、遠くから水の音が聞こえるだけだ。


「…誰もいないじゃない」


身構える必要は無さそうだと思って非難がましくサードに声をかけた。


「けど一応ダンジョンに入ったんだし、装備もちゃんとした方がいいな」


アレンはそういうと頭に明るいオレンジのパンダナを巻いた。サードは鎧についている紺色の長いストールを頭と口に巻き付け目だけ出すようにかぶり、私はローブにくっついているフードを頭にかぶる。


私たちの装備品のほとんどはこの薄く軽い素材の布でできている。

この布は、ねえねえ、と肩を叩かれる程度の衝撃は体に届くけど、体にケガを負うほどの強い圧力が一気にかかるとその衝撃を半分かそれ以上も緩和(かんわ)してくれる。

それも防水・防寒・防温・防塵・吸湿・速乾の機能もある優れもの。


それでもその分値は張るから、買うか買わないか、買ったとして誰が装備するかで一悶着(ひともんちゃく)起きるから、別名「パーティ壊しの布」と呼ばれている。


しかも私たちのはオーダーメイドだから余計に高い。


というより、私は渋い顔でサードの頭から顔を覆い、目だけ出している姿を横目で見た。


いつ見てもサードのこの泥棒みたいなストールの巻き方が気に入らない。


一度「泥棒みたいだからやめて」と言ったら、


「バッカ、これはれっきとした伝統的な巻き方だ。細けえ埃も気になんねぇし、顔もバレねえだろ」


と言われた。

それって本当に泥棒向きな理由じゃないのと思って、アレンにあの巻き方は本当に伝統的なものなのか聞いてみた。


そうしたらアレンは首を傾げ、


「さぁ…サードの生まれ故郷ではそうなんじゃねぇの?」


という俺は知らない、という返答が返ってきた。


その時まで二人は幼なじみだろう、そうじゃないと性格のいいアレンがこんな悪党と行動を共にするわけがないと思っていたけど、そこで幼なじみじゃなかったんだと知った。


だから泥棒みたいな巻き方は気に入らないけど、伝統的な巻き方と言われては黙っているしかない。


「とりあえずあっち行くぞ」


サードが入口から奥へ向かって歩き出す。


奥には大きいけど城門より軽そうな扉があって、右や左に上がる階段がしつらえてある。階段のてすりの陰に何者かがいるのかと三人でくまなく見渡しても、この階段以外に隠れられそうな所は見当たらない。


「誰もいないけどなぁ」


アレンがおっかしいなぁ、と呟きながら、


「トラップだったんじゃないか?」


と言った。


サードは納得いかない表情をしているけど石が飛んできたことにいつまでもこだわっていられないと思ったらしく、奥の扉を蹴とばして開けた。


その瞬間にサードが急激に扉の脇に跳ねのけた。


サードが先ほどまで立っていた所に真上から空を切る音を立てて一直線に剣が振り下ろされる。


「来やがったぜ!五体だ!」


ガシャガシャと金属の鎧がこすれ合う音が響き、扉の奥から全身が銀色の鎧の騎士が現れる。こう見ると本当に中に人が入っているように思える滑らかな動きだ。


サードは聖剣を抜き、剣をヒュッと一気に突きだしてくる騎士の剣をいなしてから首をスパンと一刀に切り伏せた。


鎧の頭は離れた床の上にグワン、と鈍い金属音を出して何回かバウンドし、クルクルと回転して動きが止まる。

それと同時に首の無くなった胴体もその場に崩れ落ちて動かなくなった。


「あの情報屋の言った通りだな」


サードがかすかに面白そうに目を弓なりにして笑う。


確かに、鎧の中は空洞で人は入っていない。


私も戦わないとと杖を騎士に向ける。それでもサードが騎士と接近でチョロチョロ戦ってるから魔法が使えない。


私の魔法は強すぎるから仲間を避けて敵だけに当てる、っていうのがとても難しい。

ああサードが邪魔だわ、そっちを攻撃しようとしたらそっちに行くし、別のを狙おうとするとそっちに行くし…!


「ちょっとサード!邪魔!」


文句をいうと、サードが「ああ!?」とこちらを睨みつけた。


「るっせー、人に邪魔だって言うより先に敵だけに当てるようにしてみろよ、このど下手くそ!」


人の邪魔をするくせになにを偉そうなと思うとイラッとして、


「いいわよ、どかないんだったらあなたごと攻撃してやるから!」


私は空気を振動させて風を起こしサードと騎士に向かって風の刃をゴッと向かわせた。


アレンが「おいエリー!」と私を掴んだけど風はビュウウ、と空を切る音と共に一直線に向かって行く。


サードはそれに気づいたのか、向かってくる騎士を蹴とばし、扉の向こうに飛び込んで扉を力任せに閉めた。


風は騎士を吹き飛ばし、巻き上げ、壁に叩きつけた。

風で凹んで切り裂きかれた鎧の全てのパーツがガラガラとあちこちに落下する音が静かな城内に大音響で響き渡っていく。


「エリー!」


アレンがずんずんと私に近づいて来て肩を掴んで自分に向き直す。


「戦いのときに喧嘩しながら魔法使っちゃだめって、何度も言ってるだろ!」


「だってサードがぁ…」


言い訳がましくサードのいる方向を指差す。


「エリーの魔法強いんだから、人に向けて使っちゃいけないの自分でもわかるだろ?」


「…」

アレンに強めに叱られてシュンとしょげ返る。


そりゃあ今まで何度もアレンに注意されて叱られ続けていることだけど、何よりサードが人の気持ちを逆なでることを言うのが悪いんじゃないの。私は悪くない。


そう思って頬を膨らませるけど、そんなことを訴えても結局は、


「いやどっちも悪いから」


とアレンにあっさり言われて終わるのがいつものことだからムッツリと黙りこむ。


サードはエリーの魔法でえぐられ割れかけた扉を力任せに開けて、明らかにブチ切れた顔でズンズンと戻ってくる。


「てめえこのブス!殺す気か!」


人を逆上させるこの本人は構わず悪態をつき続けてくるし、不気味なことに今まで何度もこうやってモンスターごと攻撃しても無傷で戻ってくる。


イラッとして睨みつけるけど、アレンに強めに怒られた手前何も言わずに黙り込んだ。


「サードもエリーを怒らせないような言い方ってのがあるだろ?お互いがお互いに喧嘩売ってるんだもんな」


私が怒りを堪(た)えているのを見たアレンがサードにもきつめに言ってくれたけど、サードはシラッとした目でそっぽ向く。

その顔を見る限り、アレンの言葉は右から左に抜けている。


「…とりあえず二人で倒せる敵だから良かったけどさ…」


アレンは諦めに似た表情でため息をついた。

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