第8話 ラスボスからの依頼
「ええっ」
ラグナスからの依頼内容を聞いて私驚きの声を上げる。
「別の魔族のダンジョンを攻略して欲しい…?どうして?仲間なんでしょう?」
「じゃあエリーは人間の冒険者の顔と名前全員分かる?仲間なんでしょ?」
そう言われると声に詰まってうつむいた。その目の先にはアップルパイが鎮座していて私のの目を引き付ける。
魔族の出してきたものだし…でも話を聞いている限りラグナスは魔族だけど本当にこちらと戦うつもりはなさそうで、こうやって話している限り人間を相手にしているとしか思えない。
…なら食べても大丈夫かな…大丈夫よね。
アップルパイの誘惑に負けてフォークを手に取り、アップルパイの端を切り取って口に入れる。
「んんっ」
思わず目を丸くして口元を抑える。
「美味しい…っ」
滅多に食べられないスイーツだから余計なのかもしれない。でも口に入れたアップルパイはとても美味しかった。
しっとりした下の生地、りんごを覆っている上の生地のサクサク感、そして焼かれたりんごのごろっとした食感に焼かれたことで増えた甘味…蜂蜜も入っているのか余分に柔らかい甘さが口の中に広がる。
この甘さが広がっている時に紅茶を口に入れると…。たまらない。
「ちょっと生地が固いかなって思ったんだけど…」
ラグナスは少し不安そうに様子を伺っているけど、私は即座にぶんぶんと首を横に振る。
「ううんっ、そんなことないわ、美味しい…!」
あまりの美味しさに次々にアップルパイを口の中へと入れていく。その様子を見たラグナスはホッと嬉しそうに微笑んで、冷めた紅茶を暖かい紅茶と交換して「どうぞ」とすすめてくれた。
「ありがとう。でも…魔族に魔族のダンジョンを攻略して欲しいって言われるなんて…」
紅茶を一口飲み、その鼻をくすぐる匂いにもウットリする。
こんなにゆったりとした時間なんて久しぶり。
サードと一緒にお茶なんて飲みたくもないし、アレンは成長したら味の好みが変わって甘い物を食べなくなったから甘い物を出す店には誘えない。
かと言って一人で行くと味気ないしつまらない。
「ここから北の方へ二日かけていくと、滝の上に昔の古城があってそこに魔族がいるんだけど」
ラグナスがいつの間にかパラッと一枚の地図をテーブルの端に広げて指さすから私も一旦食べる手を止めてその指先を見る。
「ここが今私たちの居るところ、その魔族の居る古城がここね」
つつつ、と指を動かし、攻略して欲しいというダンジョンを指さす。
そして迷惑そうな顔になりながら、
「実は私ここのダンジョンの魔族に嫌がらせを受けてて」
「嫌がらせ?」
「そう。毎日毎日嫌がらせの手紙が頻繁(ひんぱん)に届くの。見てよあのゴミ箱」
ラグナスの指さす方向を見ると、ゴミ箱いっぱいに手紙らしきものが溢(あふ)れかえっている。
うわあ…。と思いつつ視線をラグナスに戻し、
「どんな内容なの?」
と聞いた。
ラグナスも嫌なものから視線を逸らすが如く私に視線を戻す。
「この場所からいなくなれって内容が一番多いかな。私はたまたまここに空き地があったから塔を作ったんだけど、そっちの古城の魔族から『そこに塔を作ったら自分の方に冒険者が来なくなるだろ』って手紙が届き始めたのね。
もしかして周りのダンジョンに伺いをしてから建てた方がよかったのかなーって先輩に相談してみたら、どこに建てようが本人の勝手だから大丈夫って言われて」
「うんうん」
私は真剣な様子でラグナスの話に耳を傾ける。
「そうしたら友達が教えてくれたんだけど、その古城の魔族って百年前の大会で一位だったんだって。私は興味なくてどんな魔族なんだか知らないけど。
友達が言うには百年前は前の魔王様が殺された年だったから大会に勝っても誰が優勝したんだか分からない感じで、三年前にようやく地上にダンジョンが持てたんだって。
けど今回の大会で一位になった私があっさり地上に来れたから嫉妬してるんじゃないかって友達が言ってて」
「なにそれ、逆恨みじゃない」
私は激怒した。そんなことで子供みたいな嫌がらせをするなんて、サードとタイプは違うけど根性がひん曲がってるわ。
「私も最初はまあ気持ちは分からないでもないって黙ってたんだけど、こうもしつこいとムカついてきてね。
かといって人間界で魔族同士が戦うのは禁止されてるからさ。ここが魔界だったら私だって殺す勢いで喧嘩売ってるけど」
「…だから私たちを使ってどかせようとしてるのね」
「うん。それとそっちの古城が川上なんだけど、毒を持ってるのが流れて来るんだよ。私への嫌がらせなんだろうって思うけど、どっちかっていうと人間へのに嫌がらせになってるんだよね。
村に行かないように見張るの大変でさ。最近はほら、私の塔が人気雑誌に載ったらしいでしょ?そのおかげでラスボス業と川の見張りで中々休めなくて…」
そのわりにアップルパイを作る時間はあるのね、と思ったけど、話を聞く限り古城の魔族のやり方は陰湿でやり方が汚いし気に入らない。
私は紅茶を一口飲んで、カチャンとティーカップを置いた。
「その依頼、受けるわ」
ラグナスは嬉しそうに顔を上げた。それでも強く受けると言ったものの、弱気な心が出てくる。
「でもあのサードの気を逸らすくらいの何かがないと…多分無理。ここに来たのだって初回しか手に入らない宝箱狙いで来たの。私じゃサードを説得する自信が…」
弱気な私とは対照的にラグナスは、ふふん、と笑った。
「何を言っているの。そういう人間の欲をくすぐるのが私たち魔族の得意分野なんだよ?」
ラグナスは自分の空いたティーカップと皿を寄せ、テーブルの上で手をスーッと横にスライドさせた。
その手の下には色々な物が出現して一列に並べられる。
「まずこれが撤退してもらうための金貨十枚、こっちが向こうの魔族を倒してくれた後の報酬の金貨五十枚」
「金貨十枚と…五十枚…!?」
私は目を白黒させた。
合計金貨六十枚だ。お金の管理に疎い私でも破格の値段だと分かるほどの大金、普通の相場の倍以上。
それに勇者一行として受けた最高額は金貨五枚だし、一般家庭に金貨が一枚あれば少し贅沢をしても半年は余裕で過ごせると聞いている。
「まだまだあるよ。これは魔界でしか生えない薬草一束、どんな傷にも効果があって、死にかけた老人でも不治の病でも煎じて飲めば元通りの体調を取り戻せる。
これは魔界の水、これを体に振りかけると地上の知能の弱いモンスターは魔族だと思って襲ってこない。
これはドラゴンの牙ワンセット、魔界じゃ普通の値段だけど人間界だと高いんでしょ?」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
私はは立ち上がってラグナスの説無を遮った。
「高すぎる!あと多すぎる!」
「えっ」
ラグナスが驚いた表情をして声を詰まらせた。
「そうかな…。あの勇者だったらこの程度積まないとご機嫌で動かないかなと思ったんだけど」
「それは…確かに」
あのサードのことだ。これだけレアアイテムが揃ってないとおいそれと目的を変えることはしないかもしれない。
「だけどこれ…この薬草なんて昔話でしか聞いた事ないし、この水だって偽物しか出回ってないわ。それにドラゴンの牙がこんなに一揃いあるのなんて初めて見た…!普通は欠片しか売ってないのに…」
こんなにも滅多に見られないレアアイテムを広げられては物に疎い私だって思わず目を輝かせて食いついてしまう。
しかも相手は魔族のラグナスなのだから全て本物だろうし。
「全部あげるよ。成功したらね」
その一言に我に返った。
きっとサードだったら「貰えるんだったら貰っとけ!」と怒鳴り散らすだろうけど、やっぱりこれはさすがに貰いすぎなんじゃないかしら。
それにここにサードは居ないし、と私は顔を上げてラグナスを説得するように目を見つめた。
「でもやっぱりこれはもらい過ぎだと思う。普通の依頼でも、国からの依頼でもこんなに報酬出す所なんてないわよ?」
国からの依頼は受けたことはないけど、それでもハロワからの依頼と報酬を見る限りその全ては金貨十枚未満だった。
ラグナスは頭をポリポリとかき、
「そうなの?私も最近きたばっかりでこういう相場とかよくわからなくて…。じゃあ、撤退するお礼でこの中から一つ、私からの依頼を成功させたらもう一つ選んでもらうってことでどう?」
それでも十分に多いけど、旅をするとなると当然費用がかさむから正直な所ありがたい。
まあ私の純金になった髪の毛をサードが砂金にして売りに行って、アレンがしっかりとパーティ内の金銭を管理をして、買い物する時には交渉して安値で色んな物を買っているからお金に困ったことは今まで一度もない。
それでも勇者一行の立場ともなると戦う回数も多いから装備品はよく駄目になる。
その装備をケチると命も危険だから装備品は頻繁に直す。
それも私たちの装備はとても値の張る良い物だから、ほつれを直すだけでもかなりの値段がかかる。
だから最終的な私たちの懐事情は、限りなくプラスに近い差し引きゼロだとアレンから聞いている。
「じゃあ、それで」
ラグナスの提案に私も頷いた。
「じゃあ、好きなの一つ選んで?」
ラグナスがどうぞ、と手を広げた。
「うーん…」
これだけの大金とレアアイテムを前にすると迷う。
お金はもちろん大事。でもどんな病気もたちどころに直す薬草も欲しい。魔界の水があればモンスターと戦わずに楽に移動できる。
でもドラゴンの牙が一揃いあれば装備が強化されて今より装備がダメにならないかも…。でもドラゴンの牙を装備につけるのもお金がかかる…。
「うーーーん………」
グルグルと悩むスパイラルにはまってしまった。頭の中をお金とアイテムがグルグルと巡っていく。
「ああ!決められない!ラグナスお願い。あなたが決めて!」
「ええ…エリーたちが使う物なのに私が決めていいの?」
ラグナスはどうして?という顔つきで私を見ているけど、私の悩む様子を見てしょうがないなぁ、という顔になって金貨五十枚を私の目の前に置いた。
「じゃあ撤退のお礼の金貨五十枚。もう一つはクエストを成功させてここに戻って来るまでに決めればいいよ」
「えっ、あ…ありがとう」
いきなり金貨五十枚をもらってたじろぐけど、ラグナスに決めてと言ったのに遠慮するのもおかしい話。ちょっと申し訳ない気持ちになりつつ、素直に受け取った。
「それじゃあ、私二人を探して説得するわ」
アップルパイも食べ終わったから私は立ち上がって小屋の入口に歩くと、ラグナスも見送りとばかりに後ろをついてくる。
私はドアを少し開けて振り向いた。
「アップルパイと紅茶ありがとう。美味しかったし、こんな風にゆっくりと誰かとお話しするのは久しぶりだったから楽しかったわ」
「そう?良かった」
ラグナスは嬉しそうにニコニコと私の横に立ってドアを大きく開ける。
魔族がこういう子だけだったら世の中は平和なのに、と思った。
それにラグナスと話をしていて魔界の様々な事について聞けた。
まさか魔王が普通に居るのには驚いたけど、魔族にもこういう人間に親しい気持ちを持っている子がいるのをサードとアレンの二人に伝えよう。
そうすれば私たちを通して魔族と関わらない人たちも魔族の見方が変わるかもしれない。
…でも魔王が復活してるのは言ったら皆が混乱しそうだから黙ってた方がいいかも…。サードも魔王をぶっ潰してその上に立つとか不穏なこと言ってたし。
「あと、すぐ忘れるだろうけど言っておくね」
「ん?」
ラグナスに話しかけられて私は外に出ようとする足を止めた。
「あのアップルパイと紅茶にはモンスターにするような薬は入ってないけど、私の正体や魔界についての話はこの小屋から一歩出ると忘れる忘却魔法がかけてあるの。ごめんね」
「えっ、それって」
ラグナスは私を小屋の外に軽く突き飛ばした。
「待っ…!」
こらえようとしてもそのままよろけて小屋の外に一歩踏み出す。
ラグナスは私に微笑みかけた。
「近くに寄ったらまた来てちょうだい。その時はもっとお菓子作りも上達してると思うから」
私もラグナスに微笑みかけた。
「ええ。アップルパイと紅茶ありがとう。美味しかったし、こんな風にゆっくりと誰かとお話しするの久しぶりだったから楽しかったわ」
「それは良かった。依頼も頼んだよ」
ラグナスは嬉しそうにニコニコと笑って、私は任せておいてよ、と言葉を残してサードとアレンを探そうと村の入口へ歩き始めた。
でも何か違和感を感じて、ふとラグナスの小屋を振り向く。
ラグナスは手を振り振り見送ってくれている。私も手を振ってから前を向いて歩くけど、妙に何か引っかかる。
…クエスト以外にも色々聞いた気がするけどなんだったかしら、思い出せない。
エリーはもう一度チラとラグナスを見る。
ラグナスは相も変わらず手を振って見送ってくれている。いつまで手を振ってるつもりかしらとおかしくなってまた前を見て歩きだした。
ま、いいか。
そのうち思い出すでしょ。
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