24
不殺を貫いていると、そのうち敵に舐められるようになってきた。
どうせ殺されないなら徹底的に追い詰めて討ち取ってやろうという気概なのだろう。
「
大戦で効果的であった波状攻撃はなかなか厄介である。
あたしの能力も随分と研究されてきており、伸長による硬直状態を狙って大量の矢が飛んでくるようになった。
(面倒くせぇ〜〜〜〜!!)
ハイジから継承した経験値のおかげで、今のところは事なきを得ている。
いや、むしろ追い詰められるくらいの敵を探していたわけで、喜ばしいとも言える。
できればあっさりと急所を貫いて欲しいところではあるが、二度ほど『キャンセル』が発動し、結果あたしは無傷で生還した。
手を抜くわけにもいかないので、敵の技量が向上することを願うばかりだ。
『キャンセル』といえば、これは自分で発動するようなものではなく、命が関わるような場合に自動的に発動するものだった。
同時に複数発動させられないのはあたしの能力と同じだが、これのせいであたしはいつまで経っても死ぬことができないでいる。
(ハイジめぇ……)
(ほんと、なんてものを遺してくれるのよ)
あの時ハイジは「追いかけてこい」と言った。
しかしこれではスタートラインにも立てないではないか。
(ほんと、人の気持ちがわからないんだから)
(ハイジのバカ。バカハイジ)
心の中で文句を言いながら、飛んでくる矢を打ち払う。
時間を短縮するよりも、そのまま剣を使った方が安全なようだ。
つくづく、あたしの戦死は遠のいていく。
* * *
だけど、あたしは焦っていなかった。
ハイジの遺した諸々は、まだ完全には味わい尽くしていなかったし、意外なことに経年変化というか、時間が経つにつれいろいろな状況が変わってくる。
ならば、それもしっかり味わっておきたいではないか。
死が待ち遠しいことと、早く死にたいことは全然違うのだ。
相変わらずあたしの悪名はヴォリネッリ中に轟いており、今や『黒山羊』と言えば裏切者りを指すくらいのものだ。
もともと縁起が悪い二つ名だけれど、まぁ無関係の人たちに何を言われたとて何の痛痒もない。
それに、ハイジとの最後の時間については誰に知られることもなく、それでもかつての友人たちはさほどあたしのことを悪くは思っていないらしい。
ペトラとは相変わらず疎遠だが――いつかは
死ぬのはいつもでいい。
生きたいとまでは思えないが、それでも一刻も早くヴァルハラへ向かわなければという焦燥感は随分と治まったような気がする。
* * *
小屋の外から声がする。
「ねぇー、開けてー! ひぃー」
「あいつバカなんじゃねぇの! なんでこんな危ない場所に……」
「リンちゃぁん! りんちゃあああん!」
随分前から気配は感じていた。
一体どこの刺客がやってくるのやら、と思いながらも読書を続けていたら、どうやらお客らしい。
(……客?)
(寂しの森に?)
珍しいこともあるもんだと思いながら、あたしは扉を開けた。
途端に雪崩れ込んでくる三人――。
「……こ、こんにちは」
「はー、死ぬかと思った……」
「怖かった……」
ニコとヤーコブ、そしてこれ以上ないほどの珍客――サーヤだった。
* * *
「紅茶でいい?」
「あ、お構いなく」
「俺、白湯がいい」
「はー、ここがリンちゃんの……」
ニコとヤーコブはキョロキョロと部屋を見回している。
サーヤはなぜか首をすくめて申し訳なさそうな顔をしている。
「よくこんなところまで来たわね」
「全くだぜ! 何なんだ? ここは! オオカミだらけじゃねぇか!」
「怖かったよぅ……」
「でも、ニコさんもうまく倒してたじゃないですか」
「これでも冒険者だからね……長いこと剣なんて振ってなかったから苦戦したけど……」
どうやら「寂しの森」は噂に聞くよりも危険だったらしい。
あたしにしてみれば随分穏やかになったと思うのだけれど。
「で、妙な組み合わせね」
「あー、えーっと……」
「あたしがお願いしたの」
ヤーコブが口籠ると、サーヤが答えた。
「……ちゃんとお城の人に許可は……」
と言うとサーヤはサッと顔を逸らした。
「取ってないよね、当然」
「あー、えーっと、えへへ、その、ごめんね……?」
サーヤの見た目は随分と大人っぽい。
そりゃあそうだ。あたしだってもう二十六歳だ。
サーヤは三十代も後半になっているはずだ。
なのに、あたしに睨まれて首を縮こませて愛想笑いをする姿は、まるで子供のままだった。
思わずクスリと笑う。
無碍に追い返す気は失せて、あたしは続きを促した。
「それで?」
「えっと……あまり歓迎されてない感じ?」
「そりゃあね。だってサーヤに万一のことがあったら、ヤーコブのせいになるじゃない」
「え、あたしは?」
「ニコはいいの。いざとなったらあたしが守るから」
にっこり笑うとヤーコブが「えっ、俺は!?」と目を見開いている。
お前は自分で身を守れ。
ますます申し訳なさそうにするサーヤだったが、
「おばさまが、ニコさんとヤーコブさんが護衛すれば大丈夫だろうって」
「おばさま……? あ、ペトラか」
なるほど……。
「ハイジが戦死したって聞いてさ。居ても立ってもいられなくて、でもなかなか外に出してもらえなくて……」
「当たり前でしょうが……」
「だから、義父様にお願いして逃してもらったの」
「おとうさま……って、ライヒ公爵?!」
「助かったわぁ」
「なんてことを……」
頭が痛くなってきた。
つまりこのお転婆娘はニコとヤーコブだけでなく、ライヒ公爵とペトラの協力まで得てここまで辿り着いたと言うわけだ。
いろんな人の協力を取り付けるあたりは流石の社会性と言える。
だがそれ以上に「行動力のお化け」とまで言わしめたサーヤの熱意が怖い。
「ここは変わってないね。まるで時間が止まったみたい」
「そうね。あたしがここに来てからも変わらないし」
「十五年ぶりくらいにはなるのか。懐かしい……」
「なあに? もしかしてそれだけのためにここに来たの?」
「そうとも言えるかな。……ねえリンちゃん、なんであんな悪評を放置してるの?」
「悪評? あたしがハイジを殺したっていうのは純然たる事実だしねぇ……」
「動機が違うでしょうが同機が。まぁ、その辺の説明はしてくれないんだろうけど」
「そうね。ごめん」
「ううん、謝らないで」
すっく、とサーヤは立ち上がり、ハイジの部屋のドアを開けた。
そしてそのまま駆け出して、ハイジのベッドにダイブした。
「あっ! こら! なにすんじゃーーー!!」
「あー、ハイジの匂い。くんかくんかくんか」
「やめろ——ッ! あたしの分が減るだろうが!!」
「リンちゃんはいつだって吸えるじゃない!」
「あたしは普段は我慢してるわッ! ここは特別な日にしか入っちゃダメなの!」
「まぁまぁそう言わず……あぁー」
「や、め、ろ! このバカ!」
パカーンと頭を叩いて、ベッドから引っぺがす。
後ろから「「えっ」」と声が聞こえたが知るもんか。
「いったぁーー!!」
「や・め・ろっつってんでしょーが!」
「あたし姫! 貴族なんだよ!?」
「知るかーーーッ! あんた東京出身でしょうが!」
「もーっ! 叩かれたのなんていつ振りだよぉ」
「いいから部屋から出ろ! ほら! ゴー! ゲッラウト!」
蹴飛ばすようにしてサーヤを部屋から追い出す。
まったく、香水の匂いでも混じったらどうしてくれよう。
あたしとサーヤのドタバタに、ニコとヤーコブは目を丸くして驚いている。
「せっかく香水もせずに来たのに……貴族としては、はしたない行為なんだから」
「恥を知るなら枕に顔を埋めて匂いを嗅ぐな! 変態め!」
「リンちゃんだってやってるに決まってる」
「あんな嗅ぎ方してたまるか! 普通に寝るだけだ!」
「えー、いいなー……あたしもあのベッドで寝てみたい」
「ぶっ殺すぞ!」
ニコとヤーコブは困ったように顔を見合わせている。
止めていいものなのかどうなのかで迷っているらしい。
だが、サーヤと付き合うならこのくらいのことには慣れておく必要があるだろう。
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