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 細剣レイピアがしなる。これまで見せてこなかった技だ。ハイジは驚いたようにそれを避ける。意識の隙をついて殺気を撒き散らし、即座に気配を遮断、同時に加速。さらに、加速の中で加速する。

 

 この日のために隠れて戦い方を工夫し続けたのだ。

 全部出し切れ。

 現実をズタズタに切り裂いて再構築しろ。

 辻褄合わせなど知るもんか。つぎはぎにして翻弄しろ。


 ギャ、ギャ、ギャ、と剣戟が鳴り響く。

 まだまだハイジには余裕がある。


 もっと工夫しろ。

 ハイジに自覚させるんだ。


 細剣レイピアで攻撃を弾く――ハイジの手にあるのはエイヒムの武器屋であつらえた体格に似合わず細い剣だ。

 時間が止まったかのような苛烈な剣戟の中、あたしは想いをぶちまける。


「戦場でもそんな細っこい剣で戦う気?」

「お前の細剣レイピアのほうが細いだろう」

「弓だって、もう昔の大弓は引くことだってできないでしょ」

「小さくしたのは取り回しがいいからだ」

「じゃあ、なぜ冬になってもそれを使い続けてるの? ハイジは……」


 加速してハイジに接敵し、レイピアを振るった。

 ハイジはそれを何とか打ち返す。

 伸長と加速を繰り返しながらレイピアを振るい続けた。


「ハイジは弱くなった」

「弱くなった? おれがか」

「自分でも気づいてるくせに」

「そのような事実はないな」


 ハイジの反撃。

 相変わらずが容赦ない。集中しろ。一瞬でも気を許せば狩られる。

 もっと、もっと工夫しろ。


「このままこの森で生きていけばいいじゃない。何が不満なの?」

「これまで数えきれんほど殺してきた。今さらおれの命など」

「それ以上に救ってきたでしょ。生きるべきよ」

「すべきことがある」

「そんなに弱った体でも必要なこと?」

「弱ってなどいない」

「嘘。こうしていても、昔のあなたと全然違う」

「そこまで言うならおれを倒してみろ」


 ハイジはそう言うと、さらに殺気を膨らませた。

 以前のあたしならきっと怖気ついただろう――だけど、全盛期のハイジを知っているあたしには、随分と弱々しい殺気に感じた。


「――あなたを倒すわ」

「できるものならな」

「もしあたしが勝ったら、約束を守って」

「ふ……おれに勝つつもりか?」

「ごまかさないで!」

「いいだろう。ただし勝てなければ二度とそんなことを口走るな」


 不快だ――と言って、ハイジが目の前から掻き消えた。


(……チッ!)


 ハイジを見失う――これはあたしの技だ。殺気のコントロールで相手の目をくらませる、


 こんなものが――こんなものが英雄の剣か!


「舐めるなッ!」


 パキィン! とハイジの剣を弾き、すぐさま反撃する。

 なに、死にさえしなければヴィヒタで治る。

 手加減する必要はないし、傷つくことを恐る必要もない。

 お互い全力で剣を打ち合った。


 ギャ、ギャ、ギャ、と断続的に音が響く。

 吹雪がそれをかき消す。


 今日こそ、あたしはハイジに打ち勝つ!


「!?」


 カッとなった。

 くそ……冷静になれ、あたし。

 沸騰しそうになる頭を必死に抑える。


「馬鹿なことを言わないで。なんならあたしだけでも戦いに行くわ」

「お前程度にできるものか」


 それこそ安い挑発だ――だがあたしには効果的だ。

 あたしがどうすれば怒りを覚えるかよく理解している。


 挑発に乗るな。

 冷静になれ。


「二度と戦わせないッ!」

「勝ってから言え」


 加速と伸長を繰り返すが、なかなか翻弄することができない。

 少し前なら多少は手応えがあったはずなのに、うまくいなされている。

 戦い方が随分と昔と変わっていた。


「……あたしを研究したのね?」


 能力者を見つければ、よく観察して、研究しろ――。

 ハイジの言葉だ。


「攻略法でも見つかった?」

「お前が弱くなっているだけじゃないか?」

「言うじゃない!」


 思考加速。

 ハイジにも詳しいことを教えていないあたしの虎の子だ。

 ハイジの動きを二十手ほど先読みし、先回りする。


「らぁッツ!」

「むっ!」


 それをハイジはいなしながら、しかし迷わずあたしを攻撃してくる。

 だが、剣筋が甘い。


「舐めるな! そんな攻撃が当たるか!」

「ほう?」


 ハイジの剣速が上がる。

 剣が軽くなった分、弱体化したハイジでも速度が出るようだ。

 ギギギン、と全て受け切り、思い切り踏み込む。


「らぁッツ!」

「ぐっ……!」


 殺す気で剣を振るうと、ハイジの戦闘服を切り裂いた。

 なんどもハイジの戦闘服を切り裂くが、肌には届かなかった。

 これだけやっても、傷ひとつつけられない。

 でも、昔なら服にだって剣は届かなかった。


「きっとハイジはどれだけ弱っても戦へ向かう」

「それがおれの仕事だ」

「そしていつか、どこの誰ともわからない敵に殺されて、死んでしまうんだ」

「傭兵の誉だ」

「させない。あなたを殺させないわ。ハイジは生きるべき人よ」

「どうだかな」

「あなたを必要としている人がたくさんいるんだから」


(いや、嘘だな)

(他の人なんて関係ない。あたしがハイジに生きていてほしいだけだ)


 ハイジは穴だらけで邪魔になった上着をビリビリと破り捨て、手をクイっと「かかってこいポーズ」を取る。


 「ふっ!」


 加速し、思い切り剣を振るが、ハイジはシャツの切れ端でそれを受け、ぐいっと引っ張った。同時に鋭い蹴りが飛んでくる。確実にあたしの意識を刈りに来ている――だが当たってやる気はない。

 あたしは蹴りをかわし、この状況を利用することを考える。布で剣を絡めとるつもりだ。剣を引けば負ける。あたしはそのまま押し通す――さすがのハイジも掴んだままの剣からは逃れられまい!

 だがハイジは即座に剣を手放して体を捻って剣を避ける。判断が早い。あの一瞬で凄まじい体術だ。力も、技も、あたしの比ではない練度だ。

 だが――。


「英雄らしく戦え! なんだその賢くまとまった技は!」

「相手にあわせて戦うのが基本だ」

「ぬかせ! 昔みたいにあたしをねじ伏せて見せろ!」

「ではそうしよう」


 ハイジの踏み込み。

 それはまるで全盛期の頃のようなスピードで――だが、明らかに無理をしているのがわかる。

 ハイジの剣を全ていなし、あたしもそれを真正面から受け止めた。


「どうしたの? 攻撃が緩いよハイジ」

「調子に乗るなよ、リン」


 ハイジの剣速がさらに上がる。

 だけど、あたしの目にはそれが止まって見える。


「昔みたいに……」


 いつの間にかあたしは泣いていた。

 泣くまいと決めていたのに。


「昔みたいに、あたしをねじ伏せて見せてよ……!」


 視界が滲む。

 これではいけない。

 あたしはグッと涙を拭いて勝負に出る。


「全力で行く。昔みたいに、正面から全て受け止めて」


 そして地面を蹴る。


 全力の加速。

 加速の中の加速の中の加速。視界が追いつかなくなる――さらに思考加速。

 もう、これでダメなら動けなくなっていい。


 吹雪が――風が、雪が、全て止まって見える。


 あたしは全身全霊の力でハイジに剣を振るった。

 十も、百も、もしかして千も万も、無数に剣を振るう。


 あたしの願い通り、ハイジはそれを正面から受け止めようとした。

 きっとそれはハイジなりの誠意。


 だが、その顔には焦りがあった。

 全ての剣を受け止めながら――明らかに余裕がなくなっている。


(ハイジ)


 これが、あたしの精一杯だ。


(ハイジ!)


 だから、受け止めて。


(ハイジ!!)


 正面からねじ伏せて――あたしを納得させて。


「ハイジッ!!!」


 そして、あたしの剣がハイジに届く。

 このまま降り抜けば、あたしの剣はハイジに届く。

 この体制からでは、防ぐ手段はない。


(あたしの、勝ちだ)


 そしてあたしは剣を振り抜いた。


* * *


 積もりかけの雪の中、あたしは大の字で倒れている。

 ハイジは息を荒くし、それでも真っ直ぐ地面に立っている。


 剣筋は間違いなくあたしの勝利を示していた。

 最後の一撃、ハイジは反応できていなかった。

 驚きに見開かれたハイジの顔をはっきり見た。


 しかし、ハイジの肌に剣が届く寸前、アンジェさんから受け継いだあたしの細剣レイピアが根本から折れた。

 魔力を込めて使えば、切れ味は落ちず、折れず、欠けもしない――そのはずだったが、能力の三重掛けはさすがに厳しかったのか。


 剣は、届かなかった。


 剣が折れればそれで中断、などという甘い話はない。

 振り抜いたはずの剣は後ろに置き去りにされ、あたしは思い切り空振りをしたのだった。


 受け身を考えない捨て身の一撃――それが不発に終わり、伸長が始まった。

 こうなればもう一切体を動かすことはできない。


 ハイジからすればいい的だ。

 なにしろ、空中で完全に固まっているのだ。

 

 折れた細剣レイピアを見ながらハイジは愕然としていたが、グッと唇を噛んだ。


「勝ちは――勝ちだ」


 その声はひどく力なく――本当はハイジ自身が一番納得していないのがわかった。


 そして伸長が終わる。

 あたしは受け身すら取ることができず、背中からドサリと地面に落下した。


「うあああーーーーー……、あああああーーーー……」


 雪と泥に埋もれ、声にならない声をあげて、あたしは大声で泣いた。

 吹雪が声をかき消すものだから、ますます大声で泣いた。


「ああああーーーーー……、あああああーーーー……」


 きっと、あたしは恐ろしくみっともない顔をしているだろう。

 でも、あたしはあたしの全てを見てもらいたかった。

 みっともなく泣きじゃくるあたしを見て欲しかった。


 勝ちたかった。

 生きて欲しかった。

 止めたかった。

 守りたかった。


 勝てなかった。

 力が及ばなかった。

 止められなかった。

 守れなかった。


 そして、また戦争が始まる。


==========

 六章はこれで終わりです。

 七章もよろしければお付き合いください。

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