24
この日のために隠れて戦い方を工夫し続けたのだ。
全部出し切れ。
現実をズタズタに切り裂いて再構築しろ。
辻褄合わせなど知るもんか。つぎはぎにして翻弄しろ。
ギャ、ギャ、ギャ、と剣戟が鳴り響く。
まだまだハイジには余裕がある。
もっと工夫しろ。
ハイジに自覚させるんだ。
時間が止まったかのような苛烈な剣戟の中、あたしは想いをぶちまける。
「戦場でもそんな細っこい剣で戦う気?」
「お前の
「弓だって、もう昔の大弓は引くことだってできないでしょ」
「小さくしたのは取り回しがいいからだ」
「じゃあ、なぜ冬になってもそれを使い続けてるの? ハイジは……」
加速してハイジに接敵し、レイピアを振るった。
ハイジはそれを何とか打ち返す。
伸長と加速を繰り返しながらレイピアを振るい続けた。
「ハイジは弱くなった」
「弱くなった? おれがか」
「自分でも気づいてるくせに」
「そのような事実はないな」
ハイジの反撃。
相変わらずが容赦ない。集中しろ。一瞬でも気を許せば狩られる。
もっと、もっと工夫しろ。
「このままこの森で生きていけばいいじゃない。何が不満なの?」
「これまで数えきれんほど殺してきた。今さらおれの命など」
「それ以上に救ってきたでしょ。生きるべきよ」
「すべきことがある」
「そんなに弱った体でも必要なこと?」
「弱ってなどいない」
「嘘。こうしていても、昔のあなたと全然違う」
「そこまで言うならおれを倒してみろ」
ハイジはそう言うと、さらに殺気を膨らませた。
以前のあたしならきっと怖気ついただろう――だけど、全盛期のハイジを知っているあたしには、随分と弱々しい殺気に感じた。
「――あなたを倒すわ」
「できるものならな」
「もしあたしが勝ったら、約束を守って」
「ふ……おれに勝つつもりか?」
「ごまかさないで!」
「いいだろう。ただし勝てなければ二度とそんなことを口走るな」
不快だ――と言って、ハイジが目の前から掻き消えた。
(……チッ!)
ハイジを見失う――これはあたしの技だ。殺気のコントロールで相手の目をくらませる、力のない女子供のための姑息な技。
こんなものが――こんなものが英雄の剣か!
「舐めるなッ!」
パキィン! とハイジの剣を弾き、すぐさま反撃する。
なに、死にさえしなければヴィヒタで治る。
手加減する必要はないし、傷つくことを恐る必要もない。
お互い全力で剣を打ち合った。
ギャ、ギャ、ギャ、と断続的に音が響く。
吹雪がそれをかき消す。
今日こそ、あたしはハイジに打ち勝つ!
「戦うのが嫌なら、お前はここに残るといい」
「!?」
カッとなった。
くそ……冷静になれ、あたし。
沸騰しそうになる頭を必死に抑える。
「馬鹿なことを言わないで。なんならあたしだけでも戦いに行くわ」
「お前程度にできるものか」
それこそ安い挑発だ――だがあたしには効果的だ。
あたしがどうすれば怒りを覚えるかよく理解している。
挑発に乗るな。
冷静になれ。
「二度と戦わせないッ!」
「勝ってから言え」
加速と伸長を繰り返すが、なかなか翻弄することができない。
少し前なら多少は手応えがあったはずなのに、うまくいなされている。
戦い方が随分と昔と変わっていた。
「……あたしを研究したのね?」
能力者を見つければ、よく観察して、研究しろ――。
ハイジの言葉だ。
「攻略法でも見つかった?」
「お前が弱くなっているだけじゃないか?」
「言うじゃない!」
思考加速。
ハイジにも詳しいことを教えていないあたしの虎の子だ。
ハイジの動きを二十手ほど先読みし、先回りする。
「らぁッツ!」
「むっ!」
それをハイジはいなしながら、しかし迷わずあたしを攻撃してくる。
だが、剣筋が甘い。
「舐めるな! そんな攻撃が当たるか!」
「ほう?」
ハイジの剣速が上がる。
剣が軽くなった分、弱体化したハイジでも速度が出るようだ。
ギギギン、と全て受け切り、思い切り踏み込む。
「らぁッツ!」
「ぐっ……!」
殺す気で剣を振るうと、ハイジの戦闘服を切り裂いた。
なんどもハイジの戦闘服を切り裂くが、肌には届かなかった。
これだけやっても、傷ひとつつけられない。
でも、昔なら服にだって剣は届かなかった。
「きっとハイジはどれだけ弱っても戦へ向かう」
「それがおれの仕事だ」
「そしていつか、どこの誰ともわからない敵に殺されて、死んでしまうんだ」
「傭兵の誉だ」
「させない。あなたを殺させないわ。ハイジは生きるべき人よ」
「どうだかな」
「あなたを必要としている人がたくさんいるんだから」
(いや、嘘だな)
(他の人なんて関係ない。あたしがハイジに生きていてほしいだけだ)
ハイジは穴だらけで邪魔になった上着をビリビリと破り捨て、手をクイっと「かかってこいポーズ」を取る。
「ふっ!」
加速し、思い切り剣を振るが、ハイジはシャツの切れ端でそれを受け、ぐいっと引っ張った。同時に鋭い蹴りが飛んでくる。確実にあたしの意識を刈りに来ている――だが当たってやる気はない。
あたしは蹴りをかわし、この状況を利用することを考える。布で剣を絡めとるつもりだ。剣を引けば負ける。あたしはそのまま押し通す――さすがのハイジも掴んだままの剣からは逃れられまい!
だがハイジは即座に剣を手放して体を捻って剣を避ける。判断が早い。あの一瞬で凄まじい体術だ。力も、技も、あたしの比ではない練度だ。
だが――。
「英雄らしく戦え! なんだその賢くまとまった技は!」
「相手にあわせて戦うのが基本だ」
「ぬかせ! 昔みたいにあたしをねじ伏せて見せろ!」
「ではそうしよう」
ハイジの踏み込み。
それはまるで全盛期の頃のようなスピードで――だが、明らかに無理をしているのがわかる。
ハイジの剣を全ていなし、あたしもそれを真正面から受け止めた。
「どうしたの? 攻撃が緩いよハイジ」
「調子に乗るなよ、リン」
ハイジの剣速がさらに上がる。
だけど、あたしの目にはそれが止まって見える。
「昔みたいに……」
いつの間にかあたしは泣いていた。
泣くまいと決めていたのに。
「昔みたいに、あたしをねじ伏せて見せてよ……!」
視界が滲む。
これではいけない。
あたしはグッと涙を拭いて勝負に出る。
「全力で行く。昔みたいに、正面から全て受け止めて」
そして地面を蹴る。
全力の加速。
加速の中の加速の中の加速。視界が追いつかなくなる――さらに思考加速。
もう、これでダメなら動けなくなっていい。
吹雪が――風が、雪が、全て止まって見える。
あたしは全身全霊の力でハイジに剣を振るった。
十も、百も、もしかして千も万も、無数に剣を振るう。
あたしの願い通り、ハイジはそれを正面から受け止めようとした。
きっとそれはハイジなりの誠意。
だが、その顔には焦りがあった。
全ての剣を受け止めながら――明らかに余裕がなくなっている。
(ハイジ)
これが、あたしの精一杯だ。
(ハイジ!)
だから、受け止めて。
(ハイジ!!)
正面からねじ伏せて――あたしを納得させて。
「ハイジッ!!!」
そして、あたしの剣がハイジに届く。
このまま降り抜けば、あたしの剣はハイジに届く。
この体制からでは、防ぐ手段はない。
(あたしの、勝ちだ)
そしてあたしは剣を振り抜いた。
* * *
積もりかけの雪の中、あたしは大の字で倒れている。
ハイジは息を荒くし、それでも真っ直ぐ地面に立っている。
剣筋は間違いなくあたしの勝利を示していた。
最後の一撃、ハイジは反応できていなかった。
驚きに見開かれたハイジの顔をはっきり見た。
しかし、ハイジの肌に剣が届く寸前、アンジェさんから受け継いだあたしの
魔力を込めて使えば、切れ味は落ちず、折れず、欠けもしない――そのはずだったが、能力の三重掛けはさすがに厳しかったのか。
剣は、届かなかった。
剣が折れればそれで中断、などという甘い話はない。
振り抜いたはずの剣は後ろに置き去りにされ、あたしは思い切り空振りをしたのだった。
受け身を考えない捨て身の一撃――それが不発に終わり、伸長が始まった。
こうなればもう一切体を動かすことはできない。
ハイジからすればいい的だ。
なにしろ、空中で完全に固まっているのだ。
折れた
「勝ちは――勝ちだ」
その声はひどく力なく――本当はハイジ自身が一番納得していないのがわかった。
そして伸長が終わる。
あたしは受け身すら取ることができず、背中からドサリと地面に落下した。
「うあああーーーーー……、あああああーーーー……」
雪と泥に埋もれ、声にならない声をあげて、あたしは大声で泣いた。
吹雪が声をかき消すものだから、ますます大声で泣いた。
「ああああーーーーー……、あああああーーーー……」
きっと、あたしは恐ろしくみっともない顔をしているだろう。
でも、あたしはあたしの全てを見てもらいたかった。
みっともなく泣きじゃくるあたしを見て欲しかった。
勝ちたかった。
生きて欲しかった。
止めたかった。
守りたかった。
勝てなかった。
力が及ばなかった。
止められなかった。
守れなかった。
そして、また戦争が始まる。
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六章はこれで終わりです。
七章もよろしければお付き合いください。
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