10
「本当にヴィーゴさんは……全く……」
帰り道、あたしがブツブツ言っていると、ハイジが言った。
「ヨーコと良い関係が築けているな」
「は?! どこが!?」
目か頭が悪いんじゃないのか、この男。
あたしが思いっきり否定して見せたが、ハイジは平然としている。
「アレと対等に話ができる女はペトラとトゥーリッキー氏を除けばお前くらいのものだ」
「それ、ヴィーゴさんに欠陥があるだけで、あたし関係ないじゃないの」
なのに良い関係などと言われたら心外である。
少なくともあたしはあんなに性格は悪くないし、あの嫌味を許容しているつもりもない。あんなのとひとまとめにされては困るというものだ。
「……そういえば、なぜハイジは教師の話を受けたの?」
「必要なことだからだ」
「またそれ?」
ハイジは
それが正しい、そうすべきだと思ったらそこからあれこれ考えたりしない。
ただそうあるべきように、そうあろうとする。
それはまるで機械のようで――
「誰かに何か言われたの?」
「いや。だが学校の話はユヅキから聞いてはいた」
「え、そうなの?」
その学校だが、設立するのにあと二年ほどあるらしい。
その教師の面々だが――
ハイジ、ヴィーゴ、ヘルマンニ、ペトラ。
英雄組は全員参加なのだそうだ。
ハイジを除く三人には事前に話が行っていたらしい。
「錚々たる面々じゃないの」
その中にあたしが入って何を教えればいいのか。
戦闘では連中の足元にも及ばない。そもそも自己流だ。
しかも担当は戦闘以外ときた。
そこでふと気付く。
「……ヘルマンニに教師なんて務まるの?」
「アレは器用で人の心を掴むのが上手い。適訳だ」
「まぁそうかもしれないけど……」
「それに、俺たちを教育した師匠の遺志を継ぐ意味でも意味はある」
「……なるほどね」
英雄組四人にとって、お師匠さんというのは特別な意味があるというのは薄々感じている。
それだけ若い頃には色々あったのだろう。
そのうち詳しい話を聞いてみたいと思う。
「ユヅキはユヅキで、なんであんなこと言うのよ……」
「最初から受けるつもりではあったようだ」
「え、そうなの?」
「お前と一緒に働きたいと思ったのだろう」
「ふぅん……」
(あたしと、というよりはハイジと一緒にだと思うけど)
ユヅキはハイジのことが好きなのだ。
ハイジは気付く様子もなく娼館を常宿として利用し続けているが、どんな朴念仁だよと思ったりする――だからと言って娼館から距離を置いたりすれば、ユヅキはショックを受けるだろう。
ユヅキは体が弱い。ハイジと共にありたくともそれが許されなかった。その点はサーヤ姫と似た立場だ。ならば、せめて一緒にいられる時間を増やすために職場を同じにしたいと思うのは自然な話ではある。
というか、間違いなくそれが目的なのだろう。
あたしを巻き込んだのは……多分あたしに気を遣ってのことだろうか。
(普段からハイジを独り占めしているあたしなんかに気を遣ってどうすんのよ)
(どうせ愛だの恋だのとは無縁なのに……)
まぁいい。やるとなったらやるだけだ。
迷う必要はない。
必要のないことはしない。
だからあたしは迷わない。
ただそれだけだ。
* * *
今回エイヒムに来た目的はいくつかある。
一つはいつも通りの毛皮や干し肉の売買。
あとは街でしか買えないようなもの――小麦やライ麦などの穀物、玉子、調味料など――の買い出し、ブーツのメンテナンスや注文していた戦闘服などの受け取り、そして今回は念願の包丁の注文である。
この世界の包丁はゴツい。というか調理用にできておらず、ただのナイフである。
特にハイジが包丁として使っているナイフはでかいだけでなく形状が使いづらくてたまらないのである。
森でいつも食べているスープには、大量の野菜の角切りが必要なのだ。それをでっかいナイフで刻むのは骨が折れる。
普通の包丁なら倍の速度でカットできるのに――などと愚痴っていると、ミッラがエイヒムの鍛冶屋を紹介してくれた。
何でも普段は武器を作っている腕のいい職人さんで、ギルドの紹介だと多少安くしてくれるという。
そこで、日本で使うような包丁を絵に描いて、それを作ってもらうことにした。
紹介されたのは裏通りにある古ぼけた武器屋だった。
看板も何も出ていなくて、外から覗くと沢山の武器や防具が飾られている。
ドアを開けるとガランガランと大きな音がして、奥から目つきの悪いおじいさんがヌッと出てきた。
「あの、こんにちは」
挨拶するとおじいさんは少し驚いた顔でハイジを見た。
ハイジはエイヒムでは英雄として有名だ。それが武器屋にやってきたとなると、多少なりとも緊張感は増すであろう。
「なんだ、英雄さんがウチみたいな店に何の用かね」
しゃがれた声だった。
「あの、用があるのはあたしです」
「ん? 何じゃいお前さんは」
「その、ギルドから話が行ってませんか? 包丁を作ってもらいたくてきたんですけど」
「ん? ああ聞いとるよ。そうか、あんたが『黒山羊』か」
「はい」
「その『黒山羊』が、なぜ武器じゃなく包丁なんぞ欲しがる」
「いや、普通に普段の生活が不便なので……」
なんだかあまり歓迎されていないっぽい。
「たしか、少し変わった形の包丁が欲しいという話だったな」
「そうです、これなんですけど」
ポシェットから自分で書いた包丁の絵を取り出して見せると、おじいさんはサッと片眼鏡をかけてそれを受け取り、まじまじと見た。
「あ、あの……」
「見たことがある形だ。『はぐれ』の包丁だな」
「え、あ、そうです」
なんせ、アゴのないナイフだとみじん切りが面倒臭いのである。やはり包丁は
「これならすぐにできる。……そうじゃな、二、三日あれば十分だ」
「あ、それなら一旦帰りますんで、半月後くらいに取りにきていいですか」
「ああ、かまわんよ。ちょいと手を見せろ」
「手、ですか?」
手のひらを出すと、おじいさんはそれをひっくり返したりしながらまじまじと観察する。
「戦いに慣れていると聞いていたが、タコがないな」
「あー、そうかもですね」
普段ヴィヒタに頼っているので、あたしには普通ならできる剣ダコができない。
それだと剣を振るたびに豆ができそうなものだが、その様子もない。
多分魔力を纏わせて振っていることで、手への負担がないのであろう。
「お貴族さまみたいな手だ。こんな手で戦えるのかね?」
「まぁ、何とかなってます」
「ふん。まぁいい、その手に合わせてちょっと調整させてもらおう」
おっ、何かと思ったら包丁を手の形に合わせてくれようとしているらしい。
さすがミッラのおすすめなだけはある。
「ありがとう、よろしくお願いします」
「次は剣を買いに来い」
「……そうですね、わかりました」
あたしには愛用の
メインの武器は不要だが、せめてそれをこちらで買わせてもらおう。
――と思ったら、じっと壁の剣を見ていたハイジが言葉を発した。
「良い腕だな」
ハイジは壁にかかる剣を手に取り、柄の握り心地や重さを測っている。
「重心が安定している」
「そうかい。有名な二つ名持ちに褒められるとは光栄だ」
「この剣をもらおう」
剣の品質の満足したのか、ハイジが剣の購入を決めていた。
「それでいいのか?」
「ああ」
「ふん……手を見せてみろ」
「こうか」
ハイジが手を出すと、おじいさんは先ほどと同じようにハイジの手をまじまじと見つめ、
「その剣がよけりゃ売ってやるが、そのままじゃダメだ。お前さんの手だと柄が細すぎる。調整しておくから、そこの嬢ちゃんの包丁と一緒に取りに来い」
「そうか。恩に切る」
「何、英雄さまに剣を売ったとなれば、店にも箔がつく」
そう言いながら、男は紙に何やらメモを書いている。
そっけない対応だが、しっかりと顧客のニーズに応えようとしているあたり、なかなか好感が持てる。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「一月以内に取りに来い。でないと他に売っちまうぞ」
「わかりました」
挨拶をして、店を後にする。
* * *
「……どうして剣を買ったの? いつもの
ハイジが購入した剣は、一般的にはかなり大きな部類に入るものの、いつもの
戦士が剣を変えるというのは、そう簡単なことではない。もちろん剣は消耗品でもあるので買い換えることくらいはあるが、愛用の得物のスタイルは一定である。
例えばあたしが今から
だけど、ハイジにはあまりこだわりがないらしく、軽く肩をすくめる。
「あれはデカすぎる。英雄役としては目立つ剣の方が好ましいが、敵を屠るのにあんな大きな剣は必要ない」
「あれっ、体が大きいから細い剣は向かないって言ってなかったっけ?」
「確かに、お前の使っている
「ああ、確かにあの剣ってあたしの体重よりも重そうだものね。ふぅん……」
「人前に出ないのなら、武器を普通の大きさに戻したほうが良かろう」
「そう……ハイジといえばあの
ハイジが巨大な剣を振り回す姿は、見ていて気持ちが良いのだ。
それが見られなくなるというのは、すこしだけ寂しい気持ちがした。
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