100万円のガチャ
御愛
ガチャの価値って何処にあるの?
ある日突然寝て起きて欠伸をしたその時。視線の先に、謎の白い筐体がデンと置いてあるのが分かった。
疑問が湧いた。はて、何故自室にこんな物が置いてあるのだろうか。
まだ僕は寝惚けているのだろうか。これは夢なのだろうか。
疑問を解消するために、まずは立ち上がって近づいてみる。眼鏡をせねばまともに手元も見えないポンコツ眼ではあるが、30センチ程まで接近すると、それがなんだか見覚えのある物の様に見えてきた。
あれだ、よくゲームセンターや玩具屋で見かける夢と希望と闇が詰まった全年齢適正のアトラクション。
ランダム型アイテム提供方式。
俗に言うガチャマシンである。
何故自室にこんな物があるのだろうか。家族の悪戯か。いや、僕の家族がこんな手の込んだドッキリをするとは思えない。大概無気力な彼らである。ドッキリを完遂するだけの気力がある訳もない。
そんな確信を抱きながら、目の前の白いガチャマシンをどうしてやろうかと考える。
一度ガチャマシンをめちゃくちゃに壊してみたかったんだよなぁ。ソシャゲで爆死した鬱憤をコイツで晴らすのも良いかもしれない。
意外とサイコな僕である。フッフッフ。
まぁ何はともあれ、今日は学校だ。時計を見ると朝の七時。朝飯を食べてすぐに家を出なければ間に合わないだろう。
僕はリビングへ餌を貰いに行った。
£££
「おはよう」
「おはよう。朝ご飯出来てるから、さっさと食べちゃって。お母さん今日は早く出るから」
「はいよ。ところで母さん。僕の部屋にガチャマシン置いた?」
「アンタが頭おかしいのは分かってるけど、あんまり頻繁にそんな事言わないで頂戴。さぁ食べた食べた」
母さんは僕の部屋のガチャマシンを知らないらしい。
「ねぇこのは、僕の部屋にガチャ置いた?」
「話しかけないで、馬鹿がうつる」
「たつやは知らない?」
「しね兄貴」
妹も弟も、誰も知らないようだった。僕の家族は全員知らない、となると、誰がこんな事をしたのだろうか。真実は藪の中である。
僕はモヤモヤとしながらも鞄を肩に掛け、我が学び舎へと足を向けた。
£££
我が学び舎に着いた。僕はいつものように一人で校門をくぐると、自分の教室へと向かった。
ワイワイとドア越しに話し声が聞こえる。もう既に大体の生徒は登校しているようだった。
自席に着いた僕は、今朝の出来事について考える。何故あんな物が僕の部屋に。思考はそれで埋まっていた。
「おはよ、サイコ。何難しい顔してんの?」
話しかけられたので顔を上げると、そこには昔馴染みであるヒノキが居た。ちなみに僕にはアキラという立派な名前があるのだが、何故か彼女は僕の事をサイコと呼ぶ。
「今朝起きたら部屋にガチャマシンが置いてあったんだよ。誰の仕業だと思う?」
「うーん、そうだな……業者の人?」
「なるほど」
「いや冗談」
彼女は可笑そうに笑った。やっぱコイツ飽きないわとか言いながら、ケラケラと。
「それで、回してみたのか?」
「何を?」
「いや、そのガチャだよ。ガチャは回すもんだろ」
その言葉に僕はハッとした。そうだ、回してみれば何か分かるかもしれない。
「俺も見に行っていい?そのガチャ」
「いいよ」
「おし、決まり」
彼女はそう言って無邪気に笑った。
£££
「……マジであったよ、ガチャ」
「何?信じてなかったの?」
「んーあー…………すまん」
僕は彼女と自室に入った。直前まで笑いを堪えていた彼女は突然真顔になり、申し訳なさそうに頭を掻いた。どうやら信じていなかったらしい。
彼女は誤魔化すように両手を叩いた。
「それよりさ、回してみようぜ、このガチャ。見たところ普通のガチャに見えるけど、何が出てくるか分かるようなヒントも無いし、ワクワクするじゃん?」
彼女が僕の言葉を信用しなかった事実を忘れるつもりはないが、現在は取り敢えずこのガチャの究明を優先し、財布の中から百円硬貨を十枚取り出した。
「というかこれ、いくら必要かも書いてないじゃん。ガチャって、300円とかだっけ」
「モノによるけど、最高でも500円くらいかな。保険としてその倍は崩してきたけど」
「へー。じゃ、回してみよっか」
僕は投入口に効果を入れていく。カシャンカシャンと音を立てながら、硬貨は順に狭い隙間へ落とされていく。
500円入れた。回そうとしたけど、ハンドルが回らなかった。
「……足りないのか?」
「そうなのかな。壊れてるって線もあるけど」
僕は1000円分の100円硬貨を全て投入する。しかしやっぱり回せない。これはどうした事かと首を傾げた。
「……ねぇ、ちょっと待って。これ見て」
何かを見つけたようなヒノキが手招きをするので、僕は彼女の指差すガシャマシンの裏側へと回った。
そこには、【999.000】とかかれたメーターが存在していた。
「……ちょっともう少しお金入れてみて」
僕は彼女の言葉に疑問を抱いたが、言われるがまま100円硬貨を一枚入れた。そしてハンドルに力を入れてみる。しかしまだ回せない。
そんな僕の不満げな様子とは裏腹に、ヒノキは少し興奮したように声を上げた。
「見ろ、サイコ!回ったぞ、このメーター!」
僕はもう一度裏へと回りメーターを確認する。
そこには先程の数字とは異なり【998.900】という数字が表示されていた。さっきの数字より100少ない。僕が投入した金額と同じだ。と、いうことは—————
「これ、あとどれくらい金入れたら回せるかを示してんじゃねーの?」
僕は確か、今入れたお金も合わせて1100円入れた。つまり逆算すると、メーターはもともと【1.000.000】だった事がわかる。
「だとすると、このガシャを回すのに百万円必要って事か」
僕は自分で口に出した言葉を反芻する。
百万円。ただの高校生である僕らにとっては大金だ。僕はあまり物欲がない方だとはいえ、それでも貯金は20万円ない。ヒノキは言わずもがなだろう。
でも念のため聞いてみた。
「ねぇヒノキ、お金ある?」
「あるわけねぇだろ。人見て言えや」
「だよね。そうだと思った」
僕はヒノキのコブラツイストを喰らった。解せぬ。
「じゃあ、いくら出せる?」
「……お前、これ回すつもりかよ」
「?……そうだけど」
「百万円ガシャに注ぎ込むとか馬鹿じゃねえの」
君、全世界のソシャゲ廃課金勢を敵に回したぞ。
しかし百万円、百万円のガチャだ。一体どんなものが出てくるのか気になりはしないだろうか。
「……ヒノキが回せって言ったくせに」
「俺は提案しただけだ。勝手にやってろ」
「僕にちょっとお金入れてみろって言ったくせに」
「百円ぽっちいいだろうが」
「僕の言葉信じなかったくせに」
「それは……悪かったよ…………ああー!!もう!そんな顔すんな!わーったよ!分かった!くそっ!しょうがねぇな!少しだけだぞ!」
こうして案外チョロいヒノキを仲間に引き込んだ僕は、百万円を集めるという目的を達成するため、行動を開始するのだった。
£££
「長かった……マジで長かった、ここまで」
感慨深い表情を浮かべるヒノキはどこかやつれているように見えた。そんなに頑張らなかでも良かったのに。
ガシャのメーターは【1.000】を示していた。
100万円。二人とは言え稼いでみると呆気ないものだった。しかしそれでも決して安いとは言えない金額。今考えてもなんとも微妙な数字である。
誰かさんは何故こんな物を僕の部屋に置いたのだろうか。はっきり言って理解不能だ。
「おい、回さねぇのかよ。回さねぇなら俺がやるけど」
ヒノキが焦れたようにそんな事を言った。
そうだ、今考えるべきはそこではない。考えるべきは、このガシャの中身である。
最後の千円。僕は百円玉を万感の思いを込め、一枚一枚投入していく。
【900】とうとうメーターは3桁に入った。百万円を手に入れた苦労が偲ばれる。
【800】百万円の内訳は僕が71万円。ヒノキが29万円だった気がする。
【700】稼ぎが少なくて悩むヒノキに、手っ取り早く金を手に入れる方法を教えたらグーで殴られた事を思い出した。
【600】体を売るくらい良いじゃないか。冗談だけど。
【500】母や妹、弟に金をせびったら白を通り越して透明の目で見られた事を思い出した。
【400】透明の目とはなんぞや。
【300】そういえば人体で透明な部位とは、眼球のガラス体と水晶体のみであると聞いたことがある。
【200】なるほど、透明な目で見られていたとはあながち間違いでもないわけだ。
【100】アイス食べたい。
【0】———————————
僕はハンドルに手をかける。
今までとは違う、軽い感触が返ってくる。ここまで来て回せないということは無いようだった。
ヒノキと一度視線を交わし、彼女が頷くのを確認すると、僕はハンドルに力を込めた。
ガシャン、ガシャン、ガシャン、と順当にハンドルは回転する。
ガシャンッ!と一際大きく音が響いた。
ゴロンと一つのカプセルが、受け皿に落ちて顔を出した。
なんて事はない、手のひらに収まるほどの大きさのプラスチック製カプセルだ。果たしてこんなちゃちな容器に百万円分の何かが収まっているのだろうか。
「……おい、開けてみようぜ」
ヒノキが焦れたように催促してくるが、こういうのは風情が大事なのだ。
そのカプセルを手に取ると、中には何も入ってないのではと思うほど軽かった。内部の見えないブラックカプセルであったので、実際の中身があるのかは知ることが出来ないが。
それも、これから分かる。
「じゃあ、サン、ニー、イチで開けるからね」
「分かった、サン、ニー、イチだな」
「それではいきます。サン、ニー……」
「「———イチ」」
£££
「それで、百万円もそのガチャに注ぎ込んだんか?ばっかでー」
「うっせーなー。俺は殆ど出してねぇからな。80万くらいはサイコが出した」
「えー?何それ、アッキーかわいそ過ぎじゃない?てかヒノッキーって20万しか出してないんか。それ本当に二人で出したって言えんの?」
「……良いじゃんかよ。二人の問題なんだから」
「ハイハイ出た出た二人の問題!そんなこと言われちゃアタシ分かんなねえよ、カレカノの関係とかっ!!ぺっ!」
「汚ねぇな。そんなんだから彼氏の一人もできねぇんだよお前」
「うーわっ、今独り身の奴ら全員敵に回したぜお前!上から言いやがってむかつくわー」
「お前しか見下してねぇから安心しろ」
「ひどっ!!今までの言葉で一番傷ついたんですけどぉ!!ばいしょーきんだばいしょーきん!!」
「はいうっせうっせ」
「———ヒノキ」
僕は教室で友人と話すヒノキを発見した。
彼女は何だかいつもより機嫌が悪そうで、僕の方を睨みつけるように視線を向けてくる。
「なんだよサイコ」
「いや、一緒に帰ろうと思って」
「はあっ?仲良しかよウチら」
「いや、付き合ってるじゃん」
「そーだぞヒノッキー。彼氏は大事にしろー」
ヒノキはがしがし頭を掻いた後、待ってろ、と一言言ってから、僕を教室から追い出した。
言われた通り下駄箱付近で待っていると、学生鞄を肩にかけながら、まるでヤンキーみたいにつかつか歩いてくるヒノキの姿があった。
「待たせた」
「んー、まぁ早い方じゃない?ヒノキにしては」
「なにそれマジムカつく」
「それじゃあ急いで帰ろっか。多分、駅前でクレープ屋の屋台が来てると思うし」
「マジでか。急ごうぜ」
僕の言葉を聞いたヒノキは、足を早めて僕より先へズンズン歩いて行ってしまう。
ふと僕が来ないことに気がつくと、イライラ額に皺を寄せながらも、ちゃんと僕を待ってくれる。
「偉いねヒノキ。ちゃんと人を待てるんだ」
「あ"ーーーーうぜぇーーーー」
ゆっくりと絶叫するヒノキと並んで、僕は坂道を降り出す。ヒノキの歩幅に合わせるように、少し足を早めながら。
「————てかよ。結局、あのガチャの中身は何だったんだ?」
「僕もよく分からない。あれが百万円て言われれば、そうかも知れないとは思うけど、けっこう微妙かな」
「俺もさっぱりわかんねぇ。何であれが百万円なんだ?」
「でもまぁ、百万円を稼ぐ苦労を経験出来たわけだし、それはそれで良いって見方も……」
「ねぇよ。百万円だぜ?殆どサイコが支払ったけど……まぁ、勿体ねぇとか思っちまうよな」
「でもまだ筐体の景品は他にあるかも知れないし、僕らの運が悪かったってだけじゃないかな?」
「……それを確かめるにしても、百万円だろ?たけぇよな、百万円。流石にもう回したくねぇわ」
「でも、大人になってからちょっと気が向いたら、またやりそうじゃない?」
「そりゃ未来の事はわかんねぇけどよ……やっぱりあのガチャ、壊しちまわねぇか?そしたら百万円もチャラだぜ」
「うーん……それは最後の手段にしよっか。楽しみは後に取っておきたいし」
「アレをまた回す機会があるかは知らねぇが、そん時は呼べよ。一応、俺も金払ってるわけだし」
「そうだね。今度はヒノキに多く払ってもらおっかな」
「……やっぱ呼ばなくても良いわ」
「まぁ、ヒノキも気が向いたら僕の部屋に来てよ。ガチャ目当てじゃなくても良いからさ」
「……まぁ、それも考えとく」
「宜しくねー」
百万円のガチャ。
その価値を想像してみるけど、イマイチどんなものもピンと来ない。
大金のようで、その金額に当たる品物はかなり限られてしまう。空想よりも現実に近い、そんなレベル。
百万円のガチャ。
その正体は、案外、しょうもないものだったりするのかもしれない。
100万円のガチャ 御愛 @9209
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