第5話 ミラの言い訳

「つまりですね兄上」


 やはりミラの敬語は新鮮だ。


「私はもともと魔力が足りているはずだったのですよ。しかし、リヒト兄上と一緒にここに転移してくる直前、リヒト兄上の体の一部にこちらのリサさんがーー人界でリヒト兄上の妹として扱われていた人が触れてしまっていて、ここまで来るには魔力が足りなくなってしまったのです。それで魔界の適当な場所に緊急で着地しました。もちろん私の魔力はないのですから、通信魔法を使って連絡を取ることもできません。着地したのは人里離れた場所だったので、近くの住民を見つけて連絡を取ってもらうのは難しいと判断しました」


 通信魔法とは、離れたところにいる人どうしで情報を伝える魔法だ。音声のみと映像つきがあるが、映像つきの方が魔力の消費が多い。


「ほう、ほう、なるほどーーどこまで信憑性があるのかは怪しいが、それはひとまず置いておこう。さて、俺もリヒトに自己紹介しておくとしよう」


 ヤム兄上は俺の方に向き直り、意外と礼儀正しく頭を下げた。


「まずはリヒト、ショーリン家にようこそ。ミラからだいたいの話は聞いていると思うけど……」


 ヤム兄上は(本当に話したのか?)と疑うような目をミラに向けた。ミラが「ああああもちろんしっかり説明してます!」と必死に答えた。


「魔族と人族は、十二歳になると互いに魔界と人界を行き来できなくなる。それで、魔族はときどき生まれた子供を人界に送り、十二歳になる直前に呼び戻しているんだ」


 その話なら確かにもうミラから聞いていた。でも、俺は一つ疑問があった。


「もしかして、人族の方でもそういうことをやっているんですか? 魔界にも本当は人族の子供がいるとか……」


 魔族がやることは人族もやるだろう。もしかすると俺の近くに魔界帰りがいたかもしれない。もしそうなら、探して話を聞いていれば、今の俺の状況に役立ったかもしれない。今言ってもどうしようもないことだけど。


「いや、おそらくその逆はないはずだ。だって、人族の魔力は、魔族の魔力よりかなり低いじゃないか」


 そうだった。一般に、魔族は人族の四倍の魔力量を持つといわれている。俺も周りの子供たちよりは魔力が高くて、同い年の平均の十八倍といわれていた。といっても、親友だったトキヤもそれに近い量の魔力があり、単に優秀な子供という扱いだった。そもそも、魔力量にはばらつきが大きく、勇者になるようなすごい人族は平均の百倍以上の魔力を持っているし、平均の一割に満たない落ちこぼれもいる。


「実は、人族は魔族よりも魔力量の平均が顕著に低いんだよ。魔族はどんなに魔力のないーーそこのミラのようなーー場合でも、平均の人族の魔力を絶対に上回る。でも、人族の場合、魔族の中に入れてしまうと、魔族ではまずありえないような魔力量の低い子供が育つことになる。そうすれば、その者は魔族ではないとわかってしまうだろう」


 なるほど。俺も魔族は人族に比べて魔力が高いというのは知っていたけど、そこまでは考えたことがなかった。


「まあ、リヒトはまだ十二歳だ。しかも今まで人族の中で育ってきたのだ、知識があまり多くないのは仕方ない。……そういえば、自己紹介をまだしていなかったな。俺はヤム・ショーリン、ショーリン家の長男だ。ついでに言うと長子でもある。リヒトはまだ慣れないことも多いと思うが、困ったらぜひ頼ってくれ」


 ヤム兄上はそう言って手を差し出してきた。俺もその手をがっちりと握り返した。


「こちらこそよろしくお願いします、ヤム兄上。ーー僕は人界ではかなり田舎の村で育ったので、まだ言葉遣いなど慣れないところもあると思いますが、どうかご配慮ください」


 俺にはどうしても、ヤム兄上は怖く見えてしまっていた。今まで兄を持ったことがなかったというのもあるし、ミラが直前に厳しく糾弾されるのを見ていたからかもしれない。


 でも、ヤム兄上は心外だという風に頬を緩ませた。


「いやいや、そんなに堅くならなくていいんだぞ。フォーマルな場はともかく、普段は俺には敬語なんかいらない。『兄上』というのは昔の名残だ。俺はミラには少し怖がられてる節があるんだが、実際はそんなことはないつもりだから安心してくれ」


 やはりやや現代的に、そういう昔ながらの習慣も変わってきているのかもしれないな。それにしても、ヤム兄上とミラの間に、いったい何があったのだろうか。今までの情報を総合すると、ヤム兄上がミラに一方的に嫌われているという感がある。


「あ、そういえば、もうリヒトは無事に到着したのだから、少し父上に連絡を入れておく必要があるな。父上はもう仕事に出ているからね」


 ヤム兄上はその場で通信魔法を発動した。すぐにつながった。


「もしもし、父上?」

「おお! ヤムか! リヒトは見つかったか?」


 父上の声が聞こえてきた。


「なんとか見つかったよ。まあミラの失態らしいから後でたっぷり叱っといて」

「よしわかった。よかったよかった」


 ーーやはりヤム兄上はミラをいじめているようだ。


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