第3話 基本情報
「うーん、魔法が使えないから、手書きでやるしかないわね……」
ミラは自分の荷物から白い紙を取り出した。
「まあこれはリヒトたちもわかっていると思うけど、魔界の地図を書いておくわ。人界に比べると起伏が激しいけど、あとは人界とはあまり変わらないわね。広さもだいたい同じくらいかな」
そこまでなら俺にもわかる。魔界と人界は俺たちが住んでいる大陸を二分していて、ちょうど東が人界に、西が魔界になっている。
「そして、ここが魔界の中心都市、ラゴンよ。人界ではいくつもの国が分立しているらしいけど、魔界は昔から国という概念はないわ。まあ、魔界全体で一つの国みたいなものね」
これも聞いたことがある。それにしても、こんなに魔界は広いのに、国が一つしかないのは大変そうだ。辺境の人たちはラゴンに行くだけでも一苦労だろうな。
「まあ、この制度は都市部と辺境の格差の拡大につながるという問題もあるのだけどね。だから、最近では各地方に『中核都市』を作って、地方を活性化しようとする動きもあるみたいだけど」
魔界でも人界に似たような政治が行われているのだろうか。
「そんなことより、私たちのショーリン一家がどのようなものかについて、説明しておかないといけないわね。あんまり難しい話をすると、リサさんが飽きてきてるし」
ーーリサのまぶたはほとんど閉じてしまっている。
「いや、これは単に眠いだけと思うが……」
何しろリサはまだ七歳だし、今日はいろいろなことが続いたこともあって疲れているのだろう。
「率直に言うと、私たちのショーリン一家は、魔界ではかなりの名家なのよ」
ミラはそう言って胸を張った。ないけど。
「『一家』というくらいだから、由緒正しいのかもしれないとは思っていたけど……具体的にどれくらいすごいんだ?」
「ふふふ、ショーリン一家は、魔王を二回も輩出しているのよ」
「おお!」
それはすごい。人界に住んでいた俺でも、魔王が魔界で一番偉いことはわかる。これはショーリン家は貴族級だな。
「もちろん、魔王を七回出したラムダス家とかもあるし、ショーリン家が一番偉いわけではないけどね。とにかく、うちはすごいのよーーだからといってどうなるってものでもないけどね。昔はもう少し偉そうにできたのだけど、最近はちょっと間違えれば非難されてしまうから、リヒトもそんなにこのことは気にしなくていいわよ」
とミラは言っているけど、ショーリン家の説明の最初に『名家』というのを持ってくるあたり、ミラは偉そうにしたい貴族のように見える。
「ところで、俺がこれから家族になる人たちは、どんな感じなんだ?」
これを聞かないと始まらない。まさかミラが一家の当主ではないだろう。
「父のロタと、母のセリカと、兄のヤムと、姉のシャナがいるわ。私は末っ子よ。リヒトが私より年下だったらよかったんだけどな……」
俺だって、今まで兄だったのにいきなり末っ子にされるのはごめんだ。兄と姉にどう接すればいいのかはよくわからないけど、妹はもういたからミラへの接し方はなんとなくわかる。ミラはリサより少し年上だけど。
ミラが腕にはめた腕時計を見た。
「ん、そろそろ十二時よ。リヒト、心の準備はできた?」
「ええ! もう?」
もうそんな時間なのか。
「あの、えっとだな、この角が生えてくるってイベントは、痛いものなのか?」
痛かったら嫌だ。もしそうなら先に言ってほしかった。心の準備ができていない。
「痛くはないわ。少し気持ち悪いかもしれないけど……おっ、始まったわよ!」
俺の頭の上が、むくむくと動いているように感じられた。頭が外れていくような感じがする。慌てて首に手をやるが、しっかりつながっている。ーー落ち着かない。
「おー、伸びてる伸びてるーー色は赤かな? 鮮やかだね、やるぅ」
え? 色?
「もしかして、角には色があるのか?」
「そう、一人一人色は違うのよ。リヒトの角は赤の中の赤ね。原色って感じ」
後で鏡を見てみたいな。変な色だったらどうしよう。ミラの感想はなぜか信用できない気がする。
「ほら、終わったわよ」
とか言ってる間に、俺の角は生え終わっていた。幸運にもまだ首はつながっている。
「これ、触ってみてもいいのか?」
「いいわよ。取れるものでもないし」
手を伸ばして頭の上の角を触ってみる。なかなか硬い。少し左右に揺らしてみるが、びくともしない。
「角はめったなことでは取れたりしないから、そんなに気にせずに生活できるはずよ」
と言われても……
「頭が重い……」
「それは慣れるしかないわ」
まだ生えていないミラに言われてもな。
「まあとにかく、誕生日おめでとう、リヒト」
「あ、そうだった」
そういや十二歳になっていた。まだ実感がわいてこない。こんなふうに起きたまま日付が変わるのが初めてだからかもしれない。
でも、俺は確かに、今さっき十二歳に、そして魔族になったのだ。
「さて、リヒトも無事に角が生えたことだし、もう寝ましょう」
「え、ここで?」
ここはただの道端だが、近くに人の家らしきものはないし、もしあったとしてもそんなに簡単に寝床は貸してくれないだろう。ミラを見ると、もう草の上に倒れて目を閉じてしまっている。実は夜更かしが限界だったのかもしれない。もちろんリサは完全に寝てしまっている。
俺もミラの隣に横になる。すぐに自然とまぶたが閉じてきた。ーー俺もかなり疲れていたようだ。俺はすぐに眠ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます