第2話 知らない場所

 一瞬のラグのあと視界が開けて、俺とミラは転移先に着地した。


「で……ここ、どこだ?」


 おそらく魔界のどこかなのだろう。といっても、あまり人界との違いはない。俺が住んでいたシグマ村と同じように、畑の間に人が三人くらい並んで通れるくらいの広さの道が通っている。


「……どこ?」


 あれ? ミラも知らないのか?


「ということは、ミラ、まさか……」

「ああああその先を言わないで! 私まだ十歳だから! まだそんなに魔力が高いわけじゃないの!」


 ミラは大慌てで俺の口をふさいできた。


 転移魔法はどこに転移するのにも同じ魔力を使うわけではない。遠い場所に移動するほど、使う魔力量も大きくなるのだ。さらに、転移させるものが多いほど魔力がかかる。俺は太ってはいないが、俺の着替えも合わせると、ミラが転移させるものの重量は行きの二倍以上になっているはずだ。ーーそして、ミラの魔力量では、それに足りなかったのだろう。


「まあいいよ、ミラ。俺も小さい頃は、自分の魔力量でどこまで転移できるのか、うまく見積もれなかったからな。ここはもう魔界なんだろ? それなら俺の身は安全だしな」


 もしここが人界なら、二時間後に俺は死ぬことになるが。


「なんとか魔界までは行けたけど……でも、これではリヒトが十二歳になるまでに、私たちの家に着けないわ……」


 ミラは顔を覆ってうずくまってしまった。俺はなんだかいたたまれないが、俺はミラの家に実際に行ったことがないので、俺が転移魔法を使うわけにはいかない。ミラの魔力の回復を待つしかなさそうだ。


「でも、私自信があったのに……どうして魔力が足りなかったんだろう。リヒトに着替えを自分で取ってこさせるべきだったかな? ……いや、あんなのは大した魔力を使わないし……どうして……」


 なにやらボソボソとつぶやいているミラに、どう言葉をかけるべきか悩んでいるとーー俺は自分の左手が、何者かによって握られていることに気づいた。


「わっ! 誰だ?」


 俺がその手を振り払って振り返るとーーそこにリサが立っていた。


「リサ……なぜここに?」


 俺の問いかけに、リサは自信たっぷりに答えた。


「お兄ちゃんを連れ戻しに来たの! お兄ちゃんはだまされてるのよ、お兄ちゃんが私のお兄ちゃん以外のだれかであるはずがない! おとなしく捕まりなさい!」


 リサはぱっと手を伸ばして、俺に触れようとしてきた。


「や、やめろ!」


 俺はとっさに避ける。今ここでリサに捕まって、転移させられるわけにはいかない。そもそもリサは家から学校まで転移するのが限界なのだ。とても俺を連れて家までの距離を転移できるわけがない。


 あまり長引くと魔力切れ中のミラに危害が及ぶ可能性があるので、俺は短距離の転移を使ってリサの背後に回る。


「捕まえた!」


 普段ならこの手は通じない。転移魔法を使ってから実際に転移するまでには二、三秒タイムラグがあるからだ。その間になんでもいいから魔法攻撃を(物理攻撃でもいいが)一発当てれば、簡単に転移を止めることができる。だがリサは目の前の俺に触れることに意識を集中しすぎていたので、俺に対応できなかった。


「しかし……」


 リサに拘束魔法をかけて動けないようにしておいてから(よく考えれば、リサが俺と一緒に転移してしまったせいで、ミラの魔力が足りなくなったのだ。少し反省してもらおう)、俺はミラに質問する。


「言われてみれば、俺が魔族だという証拠はどこにもないな。確かに俺は、ミラにだまされているのかもしれない……!」


 もし俺が本当は人族だった場合、十二時になった瞬間に俺は死んでしまう。とはいえ、なぜミラがただの農家の息子である俺を殺さないといけないのかは不明だが。


「証拠ならあるわ! リヒト、頭を貸して! ……ほら、やっぱり魔族だわ。リヒト、頭のてっぺんを触ってみて!」


 ミラは少し背伸びをして俺の頭を撫でるような仕草をすると、そんなことを言ってきた。


「頭のてっぺん? あれ、何か膨らんでいるような……」


 これはまさか……!


「そう、リヒトの頭は角が生えてくる準備段階になっているのよ。十二時になれば、ここから角がニョキニョキと生えてくるわけ。だから私の話は本当よ」


 俺はあまり自分の頭を触ることがないから今初めて気づいたけど、確かに数日前にはこんな膨らみはなかった。ということは、やはり俺は魔族なのだ。


 リサの拘束魔法を解いてリサにも頭を触ってもらうと、リサも納得した。実の妹と義理の妹に次々と頭を撫でられるのは変な気がするけど、俺には彼女がいるわけでもないし、まあいいだろう。


「リサは私の魔力が回復したら、私が彼女の家まで送り届けておくわ。一日くらいは私たちの家に泊めることにしましょう。いいわよね、リヒト?」


 俺に許可を求められても、俺はまだその『私たちの家』の一員であるという自覚が持てない。明日あたりからミラと俺が同じ家に住むということは頭ではわかっていても、理解が追いついてこない。


「いいんじゃないか」


 俺が同意すると、リサは辺りを見回して、ふわぁとあくびをした。


「ああ、眠い……でも、リヒトに角が生えたことを見届けるまでは、寝るわけにはいかないわ。せっかくだから、リヒトに魔界とか、私たちの家とかの説明をするわね。リサさんもせっかくだから聞いておいて。とりあえず、あそこに座りましょう」


 俺たちは近くの木の下に移動した。

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