第12話

 1ー6 過去の話


  「あの方は、ある意味、このグレングルド王国の抱えている問題を体現しておられるのです」

 ジェイムズさんは、わたしに自分の執務室でお茶を入れてくれながら話してくれた。

 かつてマクシミリアン・フォン・フェブリウス伯爵は、この王国最強の騎士であり神に選ばれた勇者だった。

 もう何十年も前からこのグレングルド王国は、魔物の軍勢によって侵略されてきた。

 だが神の選びし勇者の登場は、防戦一方であった王国にとっては、カンフル剤となる。

 グレングルド王国国王であるアルノルド王は、ついに重い腰をあげることにした。

 国民から魔物たちと戦うための義勇兵を募ると、その兵士たちを勇者であるフェブリウス伯爵に率いさせ魔物たちの領国へと攻め込ませたのだ。

 最初は、優勢に見えた義勇軍だったが、しだいに魔物たちに押し返されていく。

 というのも、それまでは有象無象の魔物の集まりにすぎなかった魔物たちに王が現れたからだった。

 その魔王の出現により勇者率いる義勇軍は、ほぼ壊滅状態になった。

 結局、魔王軍との戦いは、王国からの和平の申し出により終結した。

 だが。

 時既に遅く、義勇軍の多くの兵士、そして、勇者であるフェブリウス伯爵は、魔物たちの手によって手足を奪われた。

 というのも魔物たちは、敵を倒した証としてその敵の体の一部を切り取り持ち去っていったからだった。

 「特に兵団を率いていた勇者である旦那様に対する魔王軍の仕打ちは酷いものでした」

 ジェイムズさんは、わたしにお茶の入ったカップを手渡しながら目頭を押さえた。

 「魔王は、追い詰められた義勇軍の兵士たちを救うために自ら捕えられた旦那様の手足を切り取り、そして、旦那様を生かしたままアルノルド王のもとへと木箱に入れて送り届けたのです」

 マジですか?

 わたしは、自慢じゃないが平和が売りの日本で育ち生きていた戦争を知らない子供たちの内の1人だった。

 こういう残虐な話は、ほんとに引いてしまう。

 ジェイムズさんは、続けた。

 「魔王軍との間に和平協定が結ばれた後、グレングルドにとって旦那様は邪魔な存在でしかなかったのです。アルノルド王は、旦那様に幾ばくかの報奨を与えるとこの辺境の地に送り返しました」

 最初は、領民たちも家族も戦争の英雄としてフェブリウス伯爵を褒め称えた。

 しかし、それも過去のこと。

 いつしか、伯爵は、いてはならない戦争の遺物となっていた。

 「殺されることこそなかったものの、旦那様は誰からも見向きもされなくなり、そして、奥様も」

 フェブリウス伯爵には、若く美しい妻とかわいい娘がいた。

 だが、ある日、屋敷付近に現れた魔物から幼い我が子を守ろうとして奥方は、亡くなってしまったのだという。

 「それ以来、旦那様はすっかり心を閉じておしまいになられて閉めきった部屋の中にとじ込もって可愛がられていたライザお嬢様にもお会いになろうとはしません」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る