先祖の祟りで死ぬまでロン毛「かみきりたい」
秋乃晃
マイマイテンテコマイ
オレは今、ハサミを持った女に追い回されている。
本日は三月八日。明日は卒業式。立ち止まってしまえばこの支配からの卒業どころか人生からリタイアしてしまいそうなので、グラウンドを駆け抜けつつ今日の逃げ道を考える。思考を働かせながら足を動かす。両方ができて一人前だ。
オレは部活動に励んでいる後輩たちの邪魔にならないよう、校庭の隅っこで答辞の練習をしていた。生徒会長でも学年一位でもないオレがこの大役を任されているのは『
全校生徒の前でスピーチするんならこの高校三年間で表立った活躍を残していないオレなんかよりもよっぽど――速度バフをかけているオレに引き離されずについてきている元陸上部のエースなハサミ女のほうが適任だろう。引退試合となった先月の大会でも新記録を叩き出し、スポーツ推薦での進学の噂がチラホラ出ていたのにあっちもこっちもことごとく蹴って「美容師になる」と言い切りやがったハサミ女。あんまり速く走るもんだから、オレが「馬の生まれ変わり?」と
クラスの奴らからは「あきらじゃなくてうららが答辞するべきじゃん?」という声は上がっている。オレたち世代はじいちゃんがどんだけ強かったかを実際この目で見たわけではない。今のじいちゃんはオヤジギャグとお天気お姉さんをこよなく愛するハゲだ。
放課後の風は桜の花びらを乗せて、オレの頬を撫でていく。入学したての頃はギョッとした顔でオレとハサミ女を見ていた
思い返せばオレの高校生活は優雅なティータイムとは程遠いものだった。残念無念。冷静に考えたら三年間どころじゃないやん。生まれて本日に至るまで色恋沙汰とは無縁の人生。タイムリープして、ハサミ女と出会う前に戻れるもんなら戻りたい。いでよタイムリープマシン。まずはハッキングからか。あとは電子レンジを用意しないとだな。
春川うらら。オレがモテないのはコイツが悪い。オレん家の隣に、小学校に入学するタイミングで引っ越してきた。短い髪でボーイッシュ、筋肉質で胸がすっとんとん、男のオレよりも身長があって制服のスカートがクラスで、いや、全校生徒で一番似合わない。六年間ずっと同じクラスで、中学にもついてきやがった。ここでもう九年間。オレだって鍛錬でじいちゃんから頭引っ叩かれてなければもっといい高校に行けたってのに、うららはオレに合わせてレベルの低いこっちの高校にわざと進学してきた。結局、十二年間一緒だよ。やばくね。オレが「学校サボりまくって留年したろ!」としたら「偉大な『神切隊』の後継者が留年するなんてとんでもない!」と校長が単位をぶん投げてくれやがった。
腹立たしいのはオレよりもモテるってことだ。バレンタインなんか机ん中やロッカーから溢れそうなほどにチョコもらってやんの。毎日オレに作ってくる『ささみ肉とブロッコリー弁当』の付け合わせとして「いる?」と(罪の意識が一切感じられないピュアなトーンで)ついさっき目の前で「ん。ありがと」と受け取ったばかりの手作りチョコを横流ししようとした今年の二月十四日はオレがキレた。お前そりゃないだろ。今にも泣き出しそうになっている名前も知らない後輩ちゃんの代わりにオレはうららを怒鳴りつけた。ついでにささみ肉もブロッコリーも昼の弁当として食うときには硬くなってしまって噛みきれなくなっていることも添える。その時のうららの表情は忘れられない。なんで怒られてんのかわからん、と顔にありありと書いてあった。オレの言葉が日本語に聞こえなかったんかな。もう一度言ってやろうとしたら後輩ちゃんが「末長くお幸せに!」を捨て台詞にしてその場を去った。そのフレーズは恋人同士に向けるもんじゃね?
「今日こそは切らせてもらうんだからね!」
例えば「速く走りたい」と願えば、現在の腰ぐらいの長さであれば一分間ほど移動速度にバフがかかる。傷や病気を治癒することも可能だが、応急処置にしか使えない。髪の長さイコール継続時間だからだ。
妖術のために仕方なく伸ばしているので、この髪が邪魔だと思わないわけではない。ぶっちゃけ、髪切りたい。小学校の頃は「女の子みたーい」ってクラスでいじめられたりハブられたりしたことがあったっけ。その度にうららは「何よ! 男の子が髪を伸ばしちゃいけない法律なんてないのよ!」とオレを庇ってくれていた。そんなうららは当時からショートカットだ。うららも「男の子みたい」とよく言われていたものだが「似合ってるんだからいいでしょ!」と言い返していた。
ちなみに、この妖術はオレの先祖さまが神さまに「全身の毛をあなた様に捧げますので悪しき者を討つ力を末代までお与えください」と、五体投地して拝み倒して手に入れた力――待てよ。全身の毛ってことは陰毛も? え? ちん毛パワーってこと? というか力の見返りに全身の毛を要求してくる神って何。うわ、ゾワゾワしてきた。キモすぎる。考えんのやめとこ――オレはこの妖術で、学生の身分でありながら怪異と戦ってきた。髪の毛を引き抜くせいで毛根にダメージが蓄積されて、頭部がまさに不毛の地となってしまったじいちゃんの代わりにオレが『神切隊』として出動しなくてはならない事態が月に二、三回はあったんだよ。授業中だろうと試験中だろうと空気を読まずに怪異は出現するので、察知するたびに「先生! トイレ!」と先生をトイレ扱いしつつ股間を押さえて教室から飛び出していた。
妖怪討伐の大先輩たる鬼太郎さんは妖気を感じると髪の一部がピンと伸びる〝妖気アンテナ〟をお持ちだが、オレの場合はちんちんが勃つ。じいちゃんに抗議したら「髪は減ってしまうからのう」と菩薩の笑みを浮かべつつそのツルツルの頭をなでていた。
「なくなってからでよくね?」
「ぽこちんはなくならないじゃろ」
理にかなっている。ぐうの音も出なかった。だが、古今東西南北七つの海を探し回っても『悪霊が現れたら勃起する』ヒーローはオレ(とじいちゃんを含む歴代の長男たち)ぐらいだろう。恥ずかしくて誰にも話せない。怪物に襲われている人の元に駆けつけて、その命を救っても「もっこりヒーローだ!」なんて噂されたら次の日から学校に通えなくなる。だから、オレが人生の中で最も使用した妖術は『他人の記憶を消去する』ものだ。人間に使用すると、遡って一分間の記憶を消去できるのだ。メイインブラックみたいな。おかげでオレの勇姿を覚えている人間は一人もいないが、それでいい。
ともかく卒業式が終わったら、オレは正式に『神切隊』としての活動を始める。集団生活にさよならバイバイ。ハサミ女との追いかけっこも本日が最終戦。一度も追いつけないでやんの。待てと言われても待たない。待てと言われて待つやつがいるかってんだ。オレは悪くないのにさ。全戦全勝今日も勝つ。
どんな怪異にも立ち向かってきた勇猛果敢なオレを立ち止まらせるような一言は不意に飛びかかってきた。
「わたし、あきらのことが好きなの!」
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