拮抗状態

 剣吾に突き刺さった尾羽は完全に石へと変化していた。敷地内に転がっている動物の石像と同じように。双子の血の気が引いた。石像達の正体とその末路。嫌でも分かる、分かってしまう。


「石化が進行する前に、その羽を引き抜いてください!」

「引き抜くって、え」

「羽が石化の原因です! 石化が肺や心臓に到達してしまったら……」


 言葉の途中、暴れまわるコカトリスを力で抑え込む。長い爬虫類の尾を引きちぎらんばかりに掴むが、相手も必死だ。そして双子達は気が付いた。観賞用の鶏のような尾羽、黒と白の羽の隙間から、鈍色の羽が一本だけ生えてきていることに。


「到達してしまったら、血流や酸素の供給が……まだ石化していない部分への供給が、断たれてしまいます! 石化自体は『解呪』できます、進行自体も早くはありません。しかし、心臓が石化してしまったら……末端が壊死しまったり、脳に障害が……」


 足で抑え込んでいた羽が拘束から逃れた。体勢を崩した真文であったが、くちばしと尻尾を地面に押し付け動きをなんとか封じる。力と力のせめぎ合いだ。


 確かに言われてみればそうだ。後で石化を解いたとしても、酸素の供給が断たれてしまった細胞はどうなる? それが長引けば? 低酸素状態が続けば脳へのダメージは避けられない、しかも不可逆的に。心臓が止まった場合の心肺蘇生開始が遅れたらどうなるか、具体的な数字が分からなくともどのような結果を生むかは分かる。


「時間が、ありません! 次の羽が生えてくる前に」


 鈍色の尾羽は徐々に長さを増している。


「……早く……玉乃さん!」


 ついに名を呼ばれ、思わず玉乃は身をすくめた。この状況で羽を引き抜くことができるのは玉乃しかいない。羽も体も石化しているのだ、普通は羽だけ撤去するなど不可能である。だが、玉乃なら。軟化能力を有する彼女なら。


「……でき、ない……できないよ………!」


 しかし、返ってきた答えは否定だった。


「私、そんな……こわい……だって、お兄ちゃんの、体……溶かしちゃったら……私……!」


 瞳は恐怖に染まっていた。無意識に掴む服の裾。


 玉乃の能力は軟化だ。どんなものでも柔らかくすることができる。だが元に戻すことは出来ないのだ。自分自身の体であるならば戻すことができるが、それ以外は不可能。自分の体に力を入れ、また弛緩することはできても、他者に対しては圧を加えるしかできないのと同じように。

 手が震えている。掴んだ裾を放すことができない。


「溶け落ちちゃったら、お兄ちゃんの、体が……体、が……」

「タマちゃん!」


 鋭い声が玉乃を叩いた。びくり、と顔を上げる。真っ直ぐに見つめる鏡也と、目が合った。玉乃よりも大きくなった手が、肩を掴んだ。


「大丈夫、タマちゃんならできる」

「で、でも」

「できる。僕は知ってる。僕は産まれたときから、お腹の中にいるときから、タマちゃんとずっと一緒にいたんだ。だから分かる。タマちゃんなら、できるよ」

「でも、こわいよ、キョウちゃん、私、こわい」

「僕が手伝う。大丈夫、タマちゃん……助けなきゃ、お兄ちゃんを、僕たちが、助けなきゃ!」


 玉乃の手から力が抜けて、服の裾を放す。小さく頷く。鏡也の視線から目を離したときにはもう、玉乃の表情にためらいはなかった。

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