第七章 罠と疑惑と ー後編ー
月曜の朝、六花は迎えに来た季武から折り畳まれた綺麗な淡い黄緑色の和紙を手渡された。
すごく手触りが
紙なのに絹みたい。
形は時代物のドラマで見る手紙の
「頼光様からお前に」
「ええっ!」
六花は震える手で紙を開き――――
中に書かれていたのはミミズがのたくったような線だった。
分かるのは筆で書かれていると言う事だけだ。
……………………。
どうしよう……、読めない。
「内容は今度教える」
「え、これ、日本語だよね?」
「そうだが、草書は読めないだろ」
当然の
「でも、今度って? 急ぎじゃないの?」
「急用ならスマホで連絡する」
それもそうだ。
「じゃあ、これは?」
「歌を
「ええっ! あ、新しく詠んだ歌?」
「ああ」
内容は「(六花の)料理を
和紙に書いて贈ってきたのは六花なら頼光から直筆の和歌を貰ったら感激するのが想像に
実際、六花は頬を紅潮させ、立ち止まったまま文に釘付けになっていた。
頼光様からの文……。
それも頼光様が新しく
すごい……。
平安時代の人ってこう言うの
あの頼光様から私宛の
こんな幸運が自分に舞い降りるなんて……。
自分を鬼から助けてくれたのが頼光四天王だと知った時に
一生大切にしよう……。
「おい、そろそろ行くぞ」
「あ、ごめん」
六花は皺に
校門の前で五馬が綱に手を振っていた。
綱が去っていく。
「あ、綱さん。五馬ちゃんと一緒に来たんだ」
「新宿御苑で綱が襲われただろ。
「五馬ちゃんも狙われるかもしれないの?」
「綱と一緒に
綱さんが送り迎えしてくれるなら五馬ちゃんも安全だよね。
六花には話していないが季武は
今の所、茨木童子に襲われたのは季武と綱だけだ。
五馬が鬼に目を付けられたという確証は無いし、六花は
でなければスマホではなく六花自身を
綱も襲われた事が有るから季武だけを
四人が
人間を殺させない
金時と貞光は
六花は姿が違えば気付かない
貞光は五馬が振り返ったとき見られない
綱も五馬が学校に入った後は近くで金時達と合流し、季武が襲われたら
六花が図書準備室に向かって歩いている時、廊下の隅に五馬が立っているのが目に止まった。
五馬は
あ、あの巾着に入ってた……。
声、掛けない方が良いかな。
「あ、五馬ちゃん、その……民話研究会、行くよね?」
「うん」
二人は並んで歩き出した。
「
五馬が手に乗せた石を見せて訊ねてきた。
「ううん。なんて言うの?」
「スコリア。私が昔住んでた所に沢山落ちてたの。
「そうなんだ」
この近くの火山ってどこだろう。
富士山かな?
「卜部君、学校に来る
「あ、聞いてなかった。いなくなったんじゃないかな」
六花は
綱が
知らないと言う事は話してないのだろう。
「そっか、鬼が
「うん」
昼休み、季武と六花は
「ね、綱さん、五馬ちゃんに話さないの?」
「え?」
「五馬ちゃんは鬼が見えるんだから綱さんが本物の『
「八田は綱から聞いてないのか?」
「そうみたい」
六花の言葉に季武は首を
その晩、見回りを終えてマンションに帰ってきた季武は、
「綱、お前、八田に何も話してないんだって?」
と訊ねた。
「うん、言ってない」
「お前が話さないと六花も何も言えないって困ってたぞ。キヨかエリなんだろ」
「うん……
「そうか……」
「
季武の考え込む
「八田とは学校で初めて会った
「あ、
二人は頭を
放課後、
「六花ちゃん、民話研究会行こ」
教室の戸口から五馬が声を掛けて来た。
「綱さんが迎えに来るんじゃないの?」
「今日は遅くなるって言ってたよ」
「行ってこいよ」
季武が六花に言った。
「
「どうせ綱が来るまでは帰れない」
「一人で退屈じゃない?」
「休んでた間の宿題が
季武が苦笑した。
「そっか。じゃあ、行ってくるね」
六花は五馬と連れだって図書準備室に向かった。
教室に誰も
廊下に出ると六花のロッカーを開いた。
鍵の番号は六花が開けているのを見ていたから覚えている。
手前の物を
切られている。
三枚も。
体育を休んでいたのは
体操服の内の二枚は切られてから時間が
破いてしまったから新しいのを買って欲しいと言って「破れた物を見せろ」と言われても見せられない。
特に
だから親に買って
季武が六花の身体を心配したから無理して小遣いを
余計な事を言った
金が無くて新しい体操服を買えないから
こう言う事が有るから自分から話を振るのが嫌なのだ。
他に壊されたりしている物は見当たらない。
ロッカーの中を見たのは初めてだから無くなったものが有っても分からないが、六花も
気付かれない
机や制服など目に付くものは無事だ。
……誰が犯人にしろ俺にバレない
鞄が隠された時、季武が怒ったのを見ていた者――と言うより季武が怒鳴り付けた連中の仕業だろう。
六花が内緒にすれば季武には分からない事だけを
六花を傷付けない
六花に対する嫌がらせもだが
季武達の予想通り六花が
昔から見鬼は珍しかったが昭和初期くらいまで
民話研究会のメンバーが普通に接しているのも民話には
季武は人間の姿をしていても異界の者だ。
異界で生まれたし、異界の者には親も
誕生して
付き合いが悪すぎて
どうせ寿命が無いから定期的に住む場所を変えなければならないのだ。
命じられたのは人間を喰ってる
だからイナ以外の人間には関わった事が無い。
群れの中に入れないのは
実際、友達が
とは言え
保育園の頃となると十年も前だ。
人間同士の事だから小吏に頼む事も出来ない。
学校の生徒くらいなら季武一人で
手っ取り早いのは知ってる人間が
転校させたら五馬と引き離す事に
季武は密かに溜息を
宿題でも
全く手を付けないと六花に嘘を
課題を見て再度溜息を
宿題やテストの正解は教科書に書いてある事だ。
学説が変わったりすると教科書の内容も変わる。
あくまで〝振り〟をしているだけなので成績は
情報収集の
最悪、転校してしまえば
だが六花が学生の間は同じ学校に通っていたいし、そうなるとある程度の成績は維持しなければならない。
「季武君、お待たせ」
季武が教科書を見ながら宿題を
「八田は?」
「校門の所に綱さんが
翌日は民話研究会が無かったので放課後は料理を作りにマンションへ来た。
今日も綱は
「綱さんは……」
「
金時が苦笑しながら言った。
「綱さん、五馬ちゃんに話さないんでしょうか? 五馬ちゃん、絶対喜ぶと思うんですけど」
「五馬ちゃん、
「綱さんのって言うか、綱さんの先祖は光源氏のモデルになった人だって話になって……」
「ああ」
三人が苦笑した。
「もしかして、この話も何度もしてました?」
六花が申し訳なさそうに言った。
「気にしなくて
「そもそも
そう言えばそうだった。
頼光は満仲に暗示を掛けて息子になりすましたと言っていたから、綱も同様に暗示を掛けて
源宛は源融の曾孫なので宛の息子である綱にとって融は高祖父(四代前の先祖、つまり祖父の祖父)に当たる。
「仮に源融がモデルで血の繋がりが有ったとしても夢は持たねぇ方が
「当時と今じゃ美男美女の基準が違うからね」
「本物見たらがっかりってレベルじゃねぇかんな」
古文の先生も貞光さん達と同じようなこと言ってたっけ。
六花は話を聞きながら料理を続けた。
休み時間、五馬が六花の教室に顔を出した。
「五馬ちゃん、どうしたの?」
「今度の土曜日、一緒に出掛けない?」
「え……」
「あ、
「うん、ごめんね」
「気にしないで」
五馬が自分の教室に戻っていくと六花も席に戻った。
昼休み、季武と六花は屋上に
「
弁当を食い終えた季武が訊ねた。
六花は五馬に誘われた事を話した。
「土曜日?」
「うん。あ、断ったよ」
「
「え、だって、茨木童子に狙われてるかもしれないのに行くのは良くないでしょ。
「俺達の飯は気にしなくて
「でも……」
「そんな風に自分の予定を犠牲にするなら頼む訳にはいかない」
「ごめん。でも、茨木童子は?」
「うーん」
季武は考え込んだ。
季武や綱が送り迎えをしているのは自分達が囮になる為である。
四天王を狙っているなら鬼に見付け
特に誘ってきたのが五馬となると六花は一緒に出掛けたい
イジメを受けてるなら
スマホを利用したくらいだから六花を襲ったりしないだろうが絶対に無いとも言い切れない。
二人で出掛けるなら四天王が気付かれない
そうなった場合、街中だと被害が大きくなる。
「
「断っちゃったから場所は……」
「なら八田に聞いて、
「ホントに行って
「ああ」
「広い公園って、例えば?」
「
中央公園でも
「じゃあ、次の休み時間に五馬ちゃんに聞いてみるね」
六花が
やはり内心では五馬と一緒に出掛けたかったのだ。
次の休み時間、六花は待ち掛ねた
六花は五馬に用事は無くなったと告げた。
「
「五馬ちゃん、どこに行きたいの?」
「特に無いけど、静かに話せる所が
「なら代々木公園で
新宿御苑の方が近いが有料である。
代々木公園は山手線で二駅先の原宿だが歩いても大した距離ではないし無料で入れる。
「
五馬と待ち合わせの時間と場所を決めると教室に戻った。
土曜日、二人は原宿駅で落ち合って代々木公園に入った。
自動販売機でお茶を買うと空いているベンチを探した。
六花が辺りを見回していると、
「きゃ!」
五馬の声がして振り返った。
スマホを見ながら歩いていた女性にぶつかられたらしい。
五馬のポケットから巾着が落ちる。
巾着の中から小石が
六花は
六花の手が踏まれた。
「痛っ!」
六花の声に、踏んだ男性は舌打ちして謝りもせずに行ってしまった。
「六花ちゃん! 大丈夫?」
五馬が慌てて
六花は掌の中の小石を見た。
壊れてない
「はい、これ」
「
「これ、壊れやすそうだし、五馬ちゃんの大切な思い出の品でしょ」
「……有難う」
五馬は複雑な表情を浮かべて小石を受け取った。
「それで、相談って? 私に答えられそうな事?」
話が途切れた所で六花は訊ねた。
「最近、綱さんが
「綱さんが?」
三人の恋人の中の一人みたいな感じだったけど。
六花は首を
「
「え!? い、五馬ちゃん、綱さんと……」
「うん。卜部君に聞いてなかった? 男の人ってそう言うの、自慢するものだと思ってたけど、綱さんは違うのかな」
「季武君からは何も……」
「でも、早過ぎたかな。誰とでも寝る子だと思われて嫌われたのかも……」
「それはないよ。五馬ちゃんは綱さんにとって大切な人だよ」
「綱さんがそう言ったの?」
「季武君から聞いたの」
まさか一人目が見付かったからって二人目を探してるんじゃないよね?
五馬に色々相談されたが季武が初恋の六花には
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