ピノキオ

神千代

第1話 ユイ

「ほら、敦史!早く行こうよ!」

「あ、ちょっとまて!ケイ!おマエその格好で出掛けるんじゃない!!」

「えー!?だって敦史の好みなんでしょ?」

「いやぁ その…」

焦れったい敦史の目の前に胸元が大きく開いた服を着たケイが仁王立ちした。

「いや、だから 昼間から露出高すぎるだろって…」

直視できずに斜め下の床の模様を見ながら戸惑っていた敦史の顔に刷り寄せるようにケイが胸を押し付けてきた。

「わわっ!!!」

慌てた男の行く末は漫画でありがちなドテンッと転び気を失うという一コマに落ち着いた。




「敦史!敦史!」


聞きなれた声が響いた。なんだか落ち着くなぁと穏やかな笑みを浮かべて目を開くと、


「母さん?」


ー ー ー


敦史宅に身に覚えの無い大きな荷物が届いたのは1ヶ月ほど前だった。

昼まで寝ていられる休日に宅急便のインターホンで起こされるなんて損した気分だった。眠いのと不機嫌なのとで無愛想に扉を開けると、宅急便のお兄さんの顔がのぞめないほどの大きな段ボール箱だった。

「宛名お間違いないですかね? 中にいれましょうか?」

敦史は「え、あ、はい」と言われるがままに返事をして押印した。

「ありがとうございましたー」

宅急便のお兄さんは実はM字ハゲのオジサンだった。段ボールの大きさとお兄さんの正体とに軽く驚いて、玄関床に収まってしまった段ボールをとりあえずリビングへ移動させようと腰を入れて持ち上げると、大きさと重さのギャップにさらに驚いた。ものすごく軽い、大きな荷物だったのだ。明らかに不審な荷物を前にして無邪気な子供のように箱をガツガツ開けるような心持ちにはなれなかった。敦史は警戒し、寝起きの動きの悪い頭で考えた。バイトの給料日前で余裕がないので通販で買い物はしていない。実家に住む母親も何か荷物を送るときにはひとこと連絡があるはずだし、そもそもこんなに大きな箱を持てるはずがない。というわけで敦史には全く心当たりの無い物であった。送り主欄には「あなたの心をサポート ピノキオ社」とある。聞いたことがないのでネットで検索してみたが物語のピノキオがヒットするばかりで何の情報も得られなかった。


敦史は試しに上からポンポンと叩いて少し離れて様子を見た。何の変化もないので、内部から物騒な音がしないか耳を当て、最後の手段で縦に大きく振ってみると、ガサガサと音がした。複数の物体が入っているようだった。

埒があかないので、おそるおそる開けてみることにした。

「わぁっ!!!!」

人の腕・・・の形をしたものを目にし、敦史はパニックになってその腕を壁に投げつけると、跳ね返って箱が敦史の方に傾き中身がこちらに流れ出た。恐怖で腰を抜かした敦史の目の前に頭部が転がってきた。

「✕△※□・・」

言葉にならない声で壁にぶつかって出来ない後ずさりを必死でした。一瞬気を失いかけたが、脳内でリプレイされた転がる頭部の様子を冷静に分析して天井のシミに焦点があった。

「・・・ない」

敦史は前のめりになって頭部を観察した。


頭部には目も鼻も口もない。のっぺらぼうの人形、というよりマネキンのようだった。敦史は箱から飛び出たパーツをまじまじと見て昔不器用ながらに組み立てたプラモデルを思い出しながら目の前のマネキンを要領良く組み立て始めた。プラモデルよりもパーツが少ない分、容易に組み立てられ、不器用を脱したかのような錯覚に陥る程だった。


出来上がったマネキンはよく目にするような白っぽい外国人のような彫りの骨格だった。敦史はおもむろに服を邪魔しないくらいの華奢な胸に触れた。当然だが硬い感触に、「おれ何やってんだろ…」と情けなく思った。


ふぅと一呼吸おいて時計をみると好きなドラマの再放送の時間が近づいていた。敦史は慌ててリモコンに手を伸ばしギリギリのところでドラマが始まった。

「セーフっ!今日のはいいところなんだよねー」と言いながら冷蔵庫から炭酸水を取り出してソファに座った。お気に入りの波原ユイが登場する度に敦史は画面に釘付けになった。

「ほんっとかわいいよなー前から見ても横から見てもサイコーにかわいいっ」

「ふーん」

「ふーんってなんだよ、超かわいいーじゃんっ」

そういうと近くにあったクッションを胸元でギューッと抱き締めた。


・・・


「誰!?」


敦史が遅ればせながら振り向くと、そこには大好き過ぎて画面越しでも身悶えする程の波原ユイがソファの背もたれに肘をついた姿勢で敦史の方を見ていた。

「え、わぁっっ!!!」

お決まりのようにソファから落ちる敦史はことごとく裏切らない。

「え!?ユイちゃ・・・なんで!?」

そんな筈はないと本人ではないことを確信しながらも本物そっくりな目の前の人物に見惚れてガン見していると、波原ユイもどきがヒョイっとソファの背もたれを飛び越えて座面に座った。

「オマエ、この人好きなの?」

波原ユイもどきはズイッと顔を敦史に近づけてきた。

「え、まぁ、てか、オマエって…」

普段はふんわりとした癒し系の役柄が多い波原ユイが実はドSだったら、と想像して、これはこれで悪くないなと、ニヤついた敦史に波原ユイもどきは「ねぇ!」とさらに迫ってきた。敦史はこの急展開なシチュエーションはさておき今の今を下心全開で楽しんでいた。挙げ句の果てに「ボクの彼女になってください!!」とまで言い出した。これまでことごとくチャンスを逃してきたヘタレ男子だったが今回、挽回が出来る程のビッグチャンスをもぎ取ろうと恋愛の段取りをいっさい無視した形となった。

「は?彼女?オマエそんなのが欲しいの?ふーん・・・いいよ、べつに。」

ツンデレキター!!!と敦史の脳内は勝手に祝賀パレードだった。

「え?いいの?ホントに?てかキミの名前は?どこから…」


敦史の視界にさっき届いた荷物の空き箱が入り込んだ。確か箱のすぐ横に組み立てたマネキンを横たえておいたはず、だった。

「あれ?」

波原ユイもどきとイイ感じなシチュエーションでありながらあるはずのものがそこに無いということが事実なのかどうか確かめずにはいられなかった。

「え、なに」

ぶっきらぼうに波原ユイもどきが敦史の視線の先に目をやった。

「あぁ 案外組み立て上手いじゃん 。右肩がはまりきってなかったからそれくらいは自分でガンとやったけど、振り回して傷つける人もいるらしいからそれに比べたら合格ね。」


ということはつまり・・・


「え!えぇっ!?」


おおまかなあり得ない事態を把握した敦史は

波原ユイもどきの肩を掴んで関節という繋ぎ目を確認するべく体をさすりまくり、それに附随する興奮MAXの鼻息は犯罪レベルだった。

「覚醒すると繋いだ所は見えなくなるから!」

鬱陶しさの限界で波原ユイもどきは敦史のキモいお触りの手をパシッと弾いた。

「まぁ とにかく、今日からお世話になるからよろしくね」

安全な距離を保ってから挨拶したが、キモさ絶頂の敦史は空気を読まず歓喜の雄叫びをあげて抱きついてきた。

「ユイちゅわぁん んー・・・」

幸せモード全開の敦史を冷静な眼差しで分析し、「こういう時は、えっと これだったかな?」と敦史の突出した強引な唇に波原ユイもどきのぷるんとした唇を重ねた。直後、敦史の体はヘタレ男子から奥手男子へと奇跡の脱皮を遂げたのだった。敦史の場合、表向き奥手に見られるが内面は下心満々の肉食系なため奥手面の不憫男子ということになる。脳内フィーバー状態の不憫男子の勢いは止まらず唇を重ねたかと思うと波原ユイもどきの胸と尻を鷲づかみにするという低レベルな痴漢行為に走った。幸せを鷲づかみにした敦史の脳裏に軽蔑の眼差しの妹ハルコの顔がよぎった。

「なにしてんの」

胸と尻を鷲づかみされたハルコが敦史を睨み付けていた。

「え!?え!ハルコ!?」

「このバカ兄貴!!変態!!」と今にも言いそうな目付きでただされるがままの状態で居続けた。妹に下心を見透かされたような恥ずかしさが込み上げて敦史は「いやぁ これは そのぉ・・・」と決まりが悪そうに手を離した。「ユイちゃん・・・だったんだけどな?え?ハルコ?何で???」

訳がわからず頭が爆発しそうだった。さっきまでの波原ユイもどきはどこへ行ったのだろうか。

「そういやハルコ、おマエさ、・・・」

久しぶりにあった妹に思い出したかのように家族間の業務連絡をはじめた敦史に、

「あのさ、ワタシ、見た目はオマエ次第でコロコロ変わるけど中身はその人間のコピーじゃないから」

ハルコもどきがこのバカ何も分かってないと言いたげな呆れた顔つきで言った。

「え?あ、そうなの?」そりゃ今日いきなりこんな状況に置かれてフムフムと頭の中がすぐさま整う訳がなく、「えと・・説明して貰えますか?」と低級痴漢がかしこまった普通人に落ち着いた。

「あのまず、あなたのお名前は・・・」

不機嫌なハルコもどきにおそるおそる伺った敦史だが、返答は「ない」の2文字だった。

「え、ないの?これからここに住むんだったら名前必要だよね?んー何がいいかな、あ、ねぇ変化する外見って男もあり得る?」

昔飼ってた犬のサタローの名をつけた時よりも真剣に考える敦史はなかなか責任感があるようだ。クリスマスの日に迎え入れたサタローは言うまでもなくサンタクロースを省略した名前だ。大好きな波原ユイの姿があったからその名付けには手を抜けない。これがゴリゴリの筋肉男だったならテキトーな名にしたに違いないだろう。

「老若男女、オマエの頭に浮かんだヤツになる」

波原ユイもどきに言われた「オマエ」はツンデレに興奮してゾクゾクしたが、ハルコもどきに言われる「オマエ」は別の意味でゾクゾクした。

「それじゃ男女どちらにもある名前の方がいいよな」

敦史は頭の中の小さなデータベースであれこれ検索してみた。

「ケイ」

数少ないデータからの候補選びに時間はかからなかった。

「ケイね、了解」

ハルコもどきもすんなり受け入れてくれて敦史はホッと一安心したがケイには質問したいことが山程あったので何から聞こうか頭の中のメモに書き出していった。が、ググゥという腹の虫の声でメモは儚くも破れ去った。

「腹減ったなー 久々に母さんの生姜焼きが食いたいなー なぁハルコ?」

ケイと名付けたそばからハルコと呼ぶ適応力の低い敦史の目の前には母ノリコが微笑んでいた。

「か・・母さん!!」

電話のみで久しく会っていない母は現実よりも黒髪で皺の少ない若々しい外見だった。声を聞くだけで生まれる安心感は対面すると子供の頃に戻ったかのように依存性の強いものとなる。これももどきであって、懐かしの生姜焼きなんぞ作れないと分かっていても、見守られている感が心地良い。

「オマエさ、・・」

母の口からオマエと聞くのは悲しいので

早々に話を遮り「敦史、オレのこと敦史って呼んで」と告げた。

「敦史、ワタシにこの世界を案内しろ」

オマエ→敦史に変えておいてよかったとつくづく思った。この生まれながらにしての命令口調はどうしてインプットされてしまったのか、とケイに備わる初期データ制作の責任者に物申したい気分だった。

「オッケー!この街を母さんに案内するってことだから、んととりあえずスーパーで買い出しでも・・ふぁぁっ!!」

目の前には胸元をあらわにしたキャミソールに、これ以上は無理!というくらいのショートパンツを着たなんともいやらしい体つきの女子が居た。鼻血が噴き出しそうになった敦史は部屋に転がっていた妹キャラのミキのフィギュアを一瞬目にしてしまった軽率な視線を反省した。

「あぁぁ・・ミキちゃ・・ケイ、ごめん!そんな格好させちゃって・・」

と欲求不満がケイの外見に表れてしまうことに一抹の不安を感じた。

「?」

正体不明のケイにはこの危機が理解できないようだ。

「オレこれからどうすればいいんだぁ~」


敦史は自分の欲情をコントロールできるのか!?ケイは何者(何物)なのか!?ケイは何故敦史の元に届いた(来た)のか!?敦史とケイの不可思議な生活が始まった。

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