なみなみ

 白浜に守屋さんの足跡が伸びる。今日は少し波が荒い。飛沫が時折、守屋さんの足首にかかった。

「あんま波打ち際行くと危ねぇぞ」先を歩くテンちゃんが振り返る。

「ありがとう。気をつける」守屋さんは不意に立ち止まって沖のほうを見た。「わたし、ここからの景色好き。水平線がキレイよね」

「……」

 テンちゃんは何かを言いかけてやめた。私には解る気がする。浜からの景色は確かに綺麗だけど、もっと良い場所を知っている。私も、テンちゃんも。コップになみなみ注いだ水の表面みたいに綺麗な水平線だけ見える場所。

「ったく、何でついてきたんだよ」

「いいじゃない。えっと、沖のおきのへさん? いつも祖母の話し相手になってくれて、助かってるの。お礼くらいしたいじゃない」そう言って守屋さんは手に提げた菓子折りを見せる。

「天司君は、お祭りの打ち合わせ?」

「ああ。いつも沖の平に集まる」

 守屋さんはゆっくりと首を傾げた。

「『沖の平』って、沖のほう、って意味なのかしらね?」

「知らねぇ。そうなんじゃねえの」

「ふぅん。ね、天司君のお宅は何て屋号?」

「建屋」

 ざあ、とひときわ高く波があがった。天気予報だと台風が近いらしい。だからなのか、テンちゃんは渋い顔で立ち止まる。夏祭りの日に、当たらないといいけど……。守屋さんはまだ屋号について考えているようだった。

「ねえ、確か○○屋、って呼ばないお宅、他にもあったわよね?」

「……端の平?」

「そうそう! 端のほう、ってこと?」

「……だろうな。案外遠いし」

「遠い……。あっ」

 守屋さんはやや声をひそめた。「もしかして、線香の」

「――行くぞ。これ以上無駄話するなら置いていく」守屋さんの言葉を遮るように、テンちゃんは早口で言ってずんずん先へ行ってしまう。仕方なく、私と守屋さんはその後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る