幽暗

 民宿の脇にはちいさい川が流れていて、昔はそこでよく蛍を捕まえた。捕まえるのはいつもテンちゃんで、私はそれをすごいすごいと手を叩いてはしゃいでいた。名前もない川は大人ならまたげそうなほどの川幅だけど、私たちには立派な遊び場だった。蛍を水辺へ帰すテンちゃんの顔が誇らしそうだったのをよく覚えている。

 川縁に腰かけて私は暗い水面を眺めた。蛍は見えなかった。月のない幽暗な夜は音だけがやけに際立つ。虫の声、カエルの声、風の唸り、そして潮騒。それから、

「……テンちゃん」足音に振り向くと見慣れた人影があった。ジャージ姿のテンちゃんだった。テンちゃんは何も言わずどっかりと座る。ちょうど私の隣へ。……昔もよく、真夜中に抜け出してここでおしゃべりしたね。

 並んで川面を眺める間、私もテンちゃんも無言だった。こんな時間が、私はきらいじゃなかった。だけど、だけど……。

 背中を丸めて俯く横顔を覗く。男の子じゃない、男の人の顔立ちだった。捲られた袖から伸びる腕も、がっしり太く逞しい。

 いつから? いつからだろう。

 子どもの頃のテンちゃんは、こんなに無口じゃなかった。

 昔からぶっきらぼうなところはあったけど、よく笑ってしゃべる子だった。同い年なのに面倒見がよくて、兄貴肌で。

 だけどいつの間にか、あまりしゃべらなくなったし、守屋さんの言うように、無愛想になった。だから。

 守屋さんと距離が近くなって、あんなにしゃべるテンちゃんを見るのも、久しぶりだよ。

「……もうすぐ祭りか……」

 掠れた声でテンちゃんが呟く。私はただ頷いた。今年も、もうすぐ夏祭りの日が来るね。

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