団扇

 今日も太陽はじりじりと地面を焼いている。普段は心地好い潮風が、べたついた熱風となって駆け抜けた。

「天司兄ちゃん。回覧板届けにきたよ」

 ちりん。玄関に吊るされた風鈴が澄んだ音を立てた。

「ああ。サンキュ、広也。……どうした?」

 何か物言いたげに三和土で立ち止まる男の子は、向屋こうやの広也くん。この島ではテンちゃんの次にお兄さんだ。

「あのさ」広也くんは少し躊躇いながら口を開く。

「外の高校、って、どう?」

「高校? あー、受験今年か」

「うん。俺、工業方面に興味あって。天司兄ちゃんが行ったとこ、工業科あったよね?」

 島の子どもたちはたいてい、小学生から高校生まで同じ教室で学ぶ。でもテンちゃんみたいに、島外の高校へ通う子も、まれにいるらしい。

「外行ったら寮生活だぞ。家は?」

「わかんない。まだ話してない。俺もまだ迷ってて。天司兄ちゃんだけだから、高校を外で過ごしたのは」

 テンちゃんは回覧板を団扇みたいにあおぎながら、少しだけ考えこんだ。

「俺が外の高校へ行ったのは、島の人間に会わなくて済むから。それだけだ」

 事実、テンちゃんは三年間で一度しか帰らなかった。

「でも広也はやりたいことがあるんだろ。だったら行ったほうがいい。こことは何もかも違って、新鮮だった」

 広也くんは何度も頷く。向屋のおじさんおばさんは優しくて良い人たちだから、ちゃんと話せば受け入れてくれる。テンちゃんもきっとそう思ったに違いない。

「まずは親に言ってみな」

 ……テンちゃんは、受験先を選ぶとき、どんなふうにおばさんへ伝えたのだろう。

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