028
夏真っ盛り。
蝉が鳴いて青白い空からぎらぎらと太陽が照りつける。
リアルと同じ夏。リアルと同じように汗がでる。
たまに、どちらが現実なのか分からなくなることがある。
だが四十路まで培った経験が、家族との記憶が、ここがラリクエの中であると教えてくれる。
◇
林間学校は高速バスで学校から現地まで直行する。
乗ると飛び上がって高速飛行路で1時間らしい。
この世界で空飛ぶ車に乗るのが初めてなのでワクワクしている俺がいる。
やっぱね、楽しむことは楽しみたい。
「ところで・・・席順、どうする?」
「わたしは京極さんの隣ですね」
「俺も京極の隣だ」
「私は九条さんの隣!」
だよね、そうなるよね。
見た目はハイデガー、一般的な観光バス。
ふたりがけの席が前から左右に連なる形式だ。
通路を気にしなければ希望順に座れる。
皆の希望を叶える場合、俺が通路側で通路を挟んで九条さんとなる。
が、俺は窓側が希望だ。
折角だから低空飛行の景色を堪能してみたいんだ。
だから妥協はしないことにした。
「俺は窓側が良い」
「え?」
その瞬間、希望通りにいかない者が出ることを察した3人。
わたしが、俺が、とマウントよろしく目配せが始まる。
「わたしは京極さんの隣です」
「俺だって隣がいい」
「御子柴さんは花栗さんと席がお隣じゃないですか」
「それは教室の話だろ」
「普段どおりで良いじゃないですか」
「私、それだと通路を挟んで九条さんのお隣に?」
うん、これ。
俺を説得して当初案という選択肢は無いの?
ま、俺が火をつけた言い争いを高みの見物する趣味はない。
整理をつけますかね。
「それじゃ、花栗さんが俺の隣ね」
これが1番平等だろ。
お前ら、3人で同じ顔をして唖然としてんじゃねえ。
◇
バスが発進し、飛び上がった。
ジェットエンジンではないのでリアルの飛行機みたいな爆音はしない。
反重力装置という夢の仕組みだ。
ただ、それなりにエネルギーを使うらしく費用は高額。飛行機並み。
こういった旅行の移動で使われることが多い。
乗り心地は静かだった。
風切り音の方が煩いくらいだ。
もっとも、中学生の旅行バスの中なんて大騒ぎ。
外の音なんて関係ない。
俺たち4人は比較的、大人しくしている方だ。
少し不貞腐れて外を眺める九条さん。
でも彼女も旅行慣れしていないから景色に夢中の様子。
その横で羨ましそうに花栗さんを見る御子柴君。
君らさ、友達同士なんだから少しは話そうぜ。
俺は景色を堪能しながら、しどろもどろの花栗さんと話をしていた。
「花栗さん、よく後期から成績を上げられたね。相当頑張ったでしょ」
「は、はい・・・。九条さんと一緒になれるなら、その、頑張れました」
俯いて少し赤くなっている花栗さん。
恋する乙女な感じ。良いね。
「なんていうかさ。努力も才能って言うじゃん?」
「は、はい」
「だからそんだけ頑張れた花栗さんを素直に尊敬するよ」
これは俺の素直な感想。
目標があっても頑張れないことは多い。それが人間。
進学したい学校があるからって勉強できるってもんでもない。
受験勉強とかみんなそうじゃない?
「あ、あの・・・私よりも、その、京極さんの方が成績良いです」
「俺は遊ばず勉強しかしてねぇからな。花栗さんのように部活もってなると無理だぜ」
「は、はわわ・・・」
褒められ慣れていないのか、花栗さんは困惑している。
俺と話すのも少し慣れてほしいところなんだが。
「それに同じだけ努力しても結果は人によって違う。結果を出したんだから誇って良いと思うぞ」
「あ、ありがとうございます」
「ここにいる4人はみんな、それぞれ頑張ってるはずなんだ」
そう、このクラスにいるということが努力の証だ。
「だからよ、その頑張ったぶん、楽しもうぜ」
オドオドしていた花栗さんが不思議な顔をする。
「頑張ったんなら何かあってもいいだろ。こっからまた頑張るために」
「・・・はい」
「そのために俺たち4人、友達になったんだから」
「そう、ですね」
うんうんと頷いている花栗さん。
ちょっと長い前髪の下に覗く目が俺を見ていた。
「その、九条さんしか眼中にないとは思うんだけどさ」
「・・・」
「俺と御子柴とも仲良くしてくれよ。そのほうが楽しくなる」
「・・・はい、わかりました」
花栗さんはまた少し赤くなりながらも、俺の顔を見て返事をしてくれた。
「ところで・・・花栗さんって、運動は得意?」
「い、いえ・・・見ての通り、インドア派なので」
「う~ん。今日の山登りって、オリエンテーションみたいにチェックポイント形式だからなぁ」
「?」
「たぶん、トップを取ろうって御子柴が暴走すると思うんだ。もし着いてくるのがキツイなら言ってくれ」
「は、はい・・・」
うん・・・懸案事項だ。
オリエンテーションは俺もノリノリだったから良かったんだけど。
御子柴君が暴走する予感しかしねぇんだ。
「俺は御子柴の手綱を取るから、花栗さんは地図を頼むよ」
「わかりました」
「うん、頑張ろうぜ」
ちょっとだけ打ち解けられたかな。
少し話が弾んできたと思った頃に、バスは目的地に到着した。
◇
地図を持たせられ、チェックポイント用のスタンプ用紙も受け取る。
コースは登山道。途中の休憩所と展望台にチェックポイントがあり、頂上がゴール。
登山道を少し外れ、脇道の先の展望台に行くので念のための地図だって。
標高差、約800メートル。それなりの登山だ。
こんなコースならチェックポイントも要らねぇって思うんだけど、過去にケーブルカーを使ったという猛者がいたらしい。
だからチェックポイント形式なんだそうだ・・・いつの時代も悪いやつはいるんだね!
年寄りくさくケーブルカーで行こうと検討したなんてことないよ!
ちなみに頂上からはケーブルカーで降りるので疲れ切っても大丈夫らしい。
天気も良いし、高原だから気持ちのいい気温だ。
リーダー、御子柴君。地図係、花栗さん。サポート、九条さん。手綱役、俺。
競争ではないので慌てず行け、と教師から言い渡された。
が、やはり御子柴君の鼻息は荒かった。
「折角なんだし、1番乗り目指そうぜ!」
「待て。俺を基準に考えんなよ? 女子ふたり居るんだからペースにも気を配れ」
「おう、分かった!」
ほんとに分かってんのかこいつ。
不安になりながらもスタートした。
歩き始めるとやはり御子柴君の歩調は早い。
陸上部の体力お化けだからな。
ずんずんと進んでいくので早速、花栗さんが遅れだした。
「おい、御子柴。速い」
「え?」
「うしろ見ろ、遅れてるだろ」
「悪い」
御子柴君を止めて後ろを確認させる。
離れた位置に花栗さんと九条さんが歩いていた。
頑張ってこちらに追いつこうとしている。
位置的にはトップ集団だから、周囲に合わせたペース配分なんてありもしない。
ふたりと合流するまで足踏みさせ、再びスタート。
花栗さんの息がすっかり切れてしまった頃に最初のチェックポイント、休憩所に到達した。
「お疲れ。大丈夫か?」
「はぁ、はぁ・・・はい、何とか」
「御子柴さん、少しペースを落とせませんか?」
心の広い九条さんからも注文が入る。
さすがにショックを受けたのか、驚いた表情を浮かべる御子柴君。
「あ、ああ。わかった、気をつける」
俺でない他人からの言葉だったからか反省したらしい。
ようやく御子柴君は普通のペースになった。
つか、俺が注意してもどうしてスルーだったのよ?
ここからは傾斜も急になってくる。
普通のペースで歩いても息が切れるくらいだ。
青空で心地よいと思っていても、余裕がないと楽しめるものも楽しめない。
途中、何度も遅れそうになった女子ペアが追いつくまで待たせ、展望台の手前にある大岩まで何とかたどり着いた。
「はあ、はあ、はあ・・・」
花栗さんが汗を流しながらへたり込んでいる。
分岐が近いので道案内がほしいタイミングなんだが仕方ない。
俺も九条さんも少し息が弾んでいるくらいの運動量だ。
普段かなり運動しているから平気なだけで、何もしてない人にはきつい。
ピンピンしている御子柴君、さすが陸上部。鍛え方が違うぜ。
花栗さんが落ち着いた頃、地図を見て道案内をお願いする。
横に逸れる下り道の小道から展望台へと続いているようだ。
なるほど地図を見ないと危ない。ランドマークの大岩があって良かった。
下り坂は上り坂よりも足に負担がかかる。
疲れてるんだから気をつけろよ、と声をかけようと思っていたところで花栗さんが躓いた。
「きゃっ!!」
「花栗さん!」
足を滑らし、後ろへ倒れて地面を滑る音がした。
斜面を少し滑落したようだ。
何とか止まっていた、良かった。
先行していた御子柴君に声をかけ、呼び戻す。
「ど、どうしたら・・・」
「ん・・・九条さんはここで待機して」
「は、はい」
慌てている九条さんを宥めるため指示を出す。
俺は花栗さんのところまで気をつけながら滑り降りた。
「いったぁぃ・・・」
足を捻ったか、身体を止めた時に強く踵を打ったか。
右の足首を両手で押さえて蹲っている。
「ん・・・ごめん、見せて」
俺は花栗さんを地面に座らせ脚を手に取る。
「ちょっと強く押すから、強く痛くなったら言って」
くるぶしの上と下。
足のアーチの部分。
ぐいぐいと強めに押すが、そこまで痛みに変化はない様子。
ただ立ち上がるのは辛そうだ。
「うん・・・たぶん捻挫だ。動ける?」
焦らせた責任を感じ、神妙にしている御子柴君と、隣で心配そうにする九条さんが様子を見ている。
傾斜はそこまで急じゃないが足場が悪い。
この感じだと花栗さんが自力で戻るのは難しい。
「ふたりとも、聞こえる? 先にふたりで頂上まで行って先生を呼んできて。 俺は花栗さんを上まで上げるから」
「えっ・・・」
「京極ひとりで大丈夫か!?」
「上までは出来る。その後は無理だから頼むぞ。ふたりで行けよ!」
「・・・分かった!」
「気を付けてくださいね」
御子柴君と九条さんが走って元の道へと戻った。
今は彼の脚力に期待だ。
俺は花栗さんに向き合う。
「・・・ごめん、嫌かもしれないけど我慢して。俺に乗っかって」
「えっ!?」
「上に戻れないでしょ。ほら」
俺は姿勢を低くして背に乗りやすいように構える。
躊躇しているのか、時間がかかる。
そりゃね、男の背中に乗るなんて嫌だよね。
でもほんと、我慢してくれ。
「は、はい・・・」
遠慮気味に俺に負ぶさる花栗さん。
両肩に手を置いて体重を預けてきた。
俺は両脚に手を回し、慎重に立ち上がる。
「ん・・・」
「痛くない?」
「う、うん、大丈夫・・・」
「そのまま、頑張って掴まってて」
一歩一歩、慎重に。
柔らかい落ち葉を踏み抜いてしまわないよう。
高々20メートルくらいだけれども、人を背負っての登攀は急斜面とあってきつい。
女の子とはいえ、背負えば体重は倍になる。
最初は何ともなかった足も、徐々に悲鳴をあげる。
格好悪いので疲れた雰囲気は出さないよう頑張る。
「っふ、っふ・・・」
荒い呼吸を殺したら変な息遣いになったよ!?
これならはぁはぁ言ってたようが良かった!
「あの、京極さん・・・大丈夫ですか?」
「はぁ、ん、平気・・・」
結局、息が荒くなっているのがばれる。
よく考えれば密着してりゃ分かるよね!
時間をかけて何とか上までたどり着いた。
傍にあった岩に花栗さんを降ろして座ってもらう。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「大丈夫ですか・・・あ、ありがとうございました」
「はぁはぁ・・・ん、友達だろ? 俺たち、花栗さんをこんな感じで辛い状態で引っ張り回しちゃったのか。ごめん」
息が切れた状態は、さっきの花栗さんの状態に重なる。
俺も着いてきているから大丈夫だろうと思ってしまったから同罪だ。
もう少しペースを落とせば事故にもならなかったろうに。
「足は? 痛むよね?」
「あ・・・はい。動かさなきゃ平気です」
「そっか、良かった」
俺も息が落ち着いてきた。
何となく気まずいのか、お互いに無言になる。
山の下で見たよりも青く透き通る空が広がっている。
標高が高いから空気が澄んでいるんだろう。
展望台が近いので眺めも良い。
「ん・・・気持ち良いな。登ったぶんだけ良い景色だ」
「あ・・・本当・・・!」
ふたりで眺める山の景色。
山が輝いて瑞々しい緑が眩しい。
「綺麗・・・」
「頑張ったぶん、ご褒美だな」
「・・・見られて良かったです」
花栗さんはにこりと笑みを浮かべていた。
いきなり嫌な思い出になったかと心配したが、少しは良い気分になったようで良かった。
気持ちいい風に吹かれているとようやく後続のクラスメイトが追い付いてきた。
同時に御子柴君と九条さんと慌てた先生がやってきて。
無事に花栗さんを手当できる場所まで運ぶことができた。
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