025

■■九条 さくら's View■■


 嫌がらせに何度か遭遇しました。

 最初は下駄箱に手紙がありました。

 差出人はなく「京極と別れろ」という内容。

 次に運動着を捨てられました。

 机にも落書きがありました。

 教室に張り紙もありました。

 すべて、京極さんと別れろという意図でした。


 わたしと京極さんの仲を引き裂こうなんて!

 なんて愚かなのでしょう? 無駄の極みです。

 京極さんはわたしの太陽です、いつもわたしを暖かく見守ってくれています。

 そんな彼の想いはわたしにもしっかり届いています。

 わたしの中の想いはその光を浴びるたびにすくすくと育っています。

 京極さんがそうしてわたしを想ってくれているから、わたしの想いも育つのです。


 だからわたしの1番は京極さんへと決めています。

 それなのに京極さんはわたしを1番に決めてくれません。

 中学生のうちは、と拒否してしまいます。

 橘先輩も同じように待ってくれと言われたそうです。

 でも他に想い人がいたり、わたしや橘先輩が嫌いならもっと拒絶しているはずです。

 きっと深いご事情があるのですよね?

 もしかしたら照れ屋さんなのかもしれません。

 あのとき橘先輩の連絡が無かったらあのまま・・・きゃっ!

 うん、きっとそうです!

 本当に嫌なら押し退けていますから・・・。

 わたしからもっと京極さんに近づきましょう!

 ずっと傍にいれば京極さんも1番に選んでくれます!

 そうしたら・・・うふふ・・・。

 橘先輩、わたしの方が断然、有利ですから!


 こほん。

 それよりも京極さんへの悪戯です。

 授業中に京極さんの画面に表示された文字。

 明らかに京極さんへの嫌がらせです。

 先日、不調から立ち直ったばかりの京極さんに何てことを!

 由々しき事態です、見逃せるはずがありません。

 京極さんはわたしが見る前に焦って消している様子でした。

 きっとわたしに心配させたくないからでしょう。

 いつものお優しい京極さんですよね。

 でも見えてしまいました。

 わたし、いつも京極さんのことを見ていますから!


 しかしテクスタントのハッキングとなるとわたしではお手上げです。

 この手の知識が深い方にお願いするしかありません。

 時間を作って相談してみましょう。



 ◇



『そうねぇ・・・ちょっと搦手だけど方法はある』


「本当ですか! さすがです!」


『詳しいやつが友達にいてね。そんな感じのツール、作って授業中に遊んでたから。明日、準備できたら送る』


「はい! どうかお願いします」


『あはは。武君のためなら私、頑張っちゃうからね!』


「ふふ、わたしもです。京極さんのためなら何でもできます」


『おっと、強烈なお言葉! ・・・九条、性格変わった?」


「はい。橘先輩のおかげですよ?」


『あちゃ、強敵にしちゃったかな・・・。ところで九条、武君とのマンツーマン、どう?』


「はい。京極さんはやる気がありますから、ポイントを押さえれば直ぐにご理解いただけます」


『うん、武君、真面目だからね・・・ってそっちじゃな~い!!』


「え?」


『ほら、ポンコツしてないで!! 何か進展あった? ってこと』


「ポ、ポンコツ・・・。ええと、京極さん、ガード固いです」


『何かしようとしたの?』


「お勉強のときにお隣に座ろうとしたら、対面を指定されてしまいした。お隣のほうが教えやすいです、と言ったのですけれど」


『あはは、わかるわかる。私も近くに座ったら逃げられちゃった』


「なかなかお身体に触れさせていただけないですよね。もっとお傍にいたいのです・・・」


『だよねー、うんうん! わかる。私も同じ』


「橘先輩は、観覧車のとき・・・」


『あー、あのときねぇ。キスまであと一歩だったんだ惜しかったなぁ・・・あっ!? 言っちゃった!』


「ふふ、もう遅いです! そうでしたか! 安心しました」


『ひっど! 九条こそ、この間、武君とふたりで泣いてたとき・・・』


「あ、わたしもですよ! あのとき橘先輩がお電話して来なければ・・・」


『あ! やっぱりあの時、そういう雰囲気だった!? やった、私、止めたんだ! 冴えてる~!』


「ええ!? 酷いです・・・」


『ふふん、そこは恋敵ライバルだからね~』


「わたし、負けませんから!」


『私も譲らないわよ。1番はね』


「ところで・・・京極さんの1番を作らないというご事情なのですが・・・」


『あ、それ! 何度も聞いてるけど同じことばっかり。逃げてるみたいなんだよね~』


「わたしも何度かお尋ねしているのですが、さっぱりわかりません」


『う~ん、こればっかりは本人から信頼を得ないと教えてくれないかも』


「ですね。そのためにも、今回は頼りになるところを見せませんと」


『ちゃんと私の手柄だって言ってよ? 武君のために頑張るんだから』


「ふふ。頼りになる恋敵ライバルです。分かっていますよ、橘先輩のお名前も出します」


『ほんと~? 言ってくれなかったら、パスタの会でひどいぞ~』


「橘先輩と違って、わたしは言ったことは守りますから」


『え~? 私、そんなふうに見られてたの?』


「冗談ですよ? あ、もうこんな時間ですね・・・。では、すみませんが、どうかよろしくお願いします」


『りょーかい。それじゃね、おやすみ~』



 ◇



 数日後。

 橘先輩からいただいたツールをわたしのテクスタントに用意しました。

 授業の合間に京極さんが席を外した隙に、京極さんの端末にそのツールをインストールします。

 京極さん、勝手に使ってごめんなさい・・・必要なことなのです。

 そのツールはわたしの端末と連動していて、ハッキングされた時に発信元を特定できるようになっています。

 あとはハッキングが行われるまで待つだけです。


 ハッキングはなかなか行われませんでした。

 待っている数日の間、京極さんは何度かわたしの机の落書きを消してくれていました。

 やはりわたしに心配させないよう、こっそりしていらしていました。なんてお優しい・・・。

 画鋲を靴に仕込まれていたこともありました。

 そのときも誤魔化していらして・・・。

 わたしへの気遣いが嬉しくてつい顔に出てしまいそうで、平静を装うのが大変でした。


 そして、やっとハッキングを検知できました。

 さすが橘先輩の用意したツールです。

 高校のお友達の詳しい方が作ったそうなので、中学生のお遊びとはレベルが違います。

 発信元を確認すると・・・あの人でしたか。

 このツールで発信元へメッセージを送ることができます。

 わたしは迷わずメッセージを送りました。

 「ハッキングについてお話があります。放課後、17時半にこの教室で待っていてください」



 ◇



 わたしは敢えて、先生に突き出すという選択肢を取りませんでした。

 人の気持ちは抑えられません。

 誤っていたとしても、何度も繰り返してしまうくらい、強い想いもあるのです。

 わたしの京極さんへの想いと同じです。

 たとえどんな困難な壁があっても乗り越えられると信じて進むのです。

 そうして進む勇気を、わたしは昨年、教えてもらえたのですから。


 だからきっと、犯人のあの人も似たような想いがあってしていると思います。

 否定するのではなく、進む方向が正しくなるよう、お話を聞いてあげたいです。


 がらりと、教室の扉が開きました。

 わたしが指定した時刻になったのです。

 あの人がやってきました。

 気まずそうに俯いて、でも逃げることもできなくて。

 どうしてよいかわからないまま、わたしの前まで歩いて来ました。



「あの。わたしはあなたを糾弾しようと思っていません」


「・・・?」



 あの人は言葉もなくわたしを見ます。



「譲れない想いが、あなたをそうさせたと考えています」


「・・・」


「ですから、その想いを溜め込まず・・・しっかりお話をしたほうがよいと思うのです」


「・・・?」


「そうです、わたしと、京極さんと、あなたで」


「!?」



 あの人はびっくりされていました。

 そうですよね、悪いことをしたら怒られてしまう、責められてしまうと思うものですから。



「こんど、お話する時間を設けます。ですから、そのときにいらしてください」



 あの人は頷いてくれました。

 これできっと大丈夫です。

 これで解決できるなら、誰も不幸にならないと思いますから。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る