004

 放課後。

 約束通り、九条さんと部活の見学に来ていた。

 桜坂中学は入学直後から部活動に参加することができる。

 文武両道を掲げているこの学校、部活への参加は必須という説明があった。

 だから俺みたいに帰宅部を志す人間も形式上は部活に所属しなければならない。

 幽霊部員になるなら迷惑にならないところを探さないとな。



「いらっしゃい! 見学だね? 弓道部へようこそ!」



 先輩たちが出迎えてくれる。やっぱり弓道部は女の子が多いな。

 俺は見学。入部する気はないので端っこで存在を消して待機だ。


 九条さんは早速、道衣を借りて弓を持たせてもらってる。

 やる気十分だ。弓を構えた姿も堂に入っている。

 射法八節のお手本のような動きだ。いや、あんま知らねぇけどさ。

 九条さんが射った矢がすとん、と的の中央に刺さる。

 すごっ まじっ と先輩たちが騒ぐ。

 うん、さすがだ。中学に入ってから高々2年やっただけの先輩たちとは雲泥の差だ。

 伊達にメインヒロインしてないね。

 ・・・ここでもハブられたりしなけりゃ良いんだけど。


 結局、俺も先輩に勧められて射ることになった。

 もちろん矢は手前に落ちた。どうせ力ねぇよ、うわぁぁん!



 ◇



 九条さんはそのまま弓道部で活動するようだったので、俺は一声かけて弓道部を後にした。

 さて、俺も部活を探さないと。

 弓道部がある運動部の部活棟とは別に、文化部の部活棟もある。

 中学なのにかなり大きな学校だな・・・。

 文化部のほうが休んでも迷惑がかからんだろう。

 問題はどの部にするか。

 新聞部、写真部、文芸部、美術部。

 このあたりは作品を作るから、幽霊するのはあんまよろしくない。

 吹奏楽みたいに協力するのは論外。

 あ、これは・・・具現化研究同好会。

 これはつまりあれか。具現化リアライズを研究するわけか。

 ここに属せば魔法についても少しは勉強できるかもしれん。

 中学の教育課程に魔法や具現化が無いとはいえ、先行してアレコレやる奴らはいるわけだ。

 つまりAR値がそれなりにある人間が集う場所ということ。

 基礎を勉強するためにも良いかも知れん。

 それに同好会なんて、真っ当な部活をしているわけでもなさそうだから幽霊もやりやすそうだ。



「お邪魔しま~す」


「ようこそ! リアライズ好きの君!」


「お邪魔しました~」


「早すぎ!! ねぇ待って!! 待ってよ!!」



 いやね、扉を開けたら秒でビシっと○ョ○ョ立ちして指差してる先輩がいるんだぜ。

 速攻でおさらば案件だろJK。



「俺は帰るんだ」


「いやぁぁ! 待ってぇ! 今年も誰も入らないかもしれないのぉぉぉ!!」


「そんなだから入らねぇんだろ!!」


「お願いぃぃ! 話だけでもぉぉぉ!!」



 何なんだよこの先輩は!

 離せ! 脚にすがりつくんじゃねぇ!



「待ってよぉぉ!! 貴方だけでも入ってくれれば存続するからぁぁ!!」


「さっさと成仏してくれ!!」


「帰ったら末代まで祟ってやるんだからぁぁぁ!!」


「ここはオカルト研究部か!!!」


「オカルトなんかじゃないわ!! リアライズよ!!」



 ようやくマトモな単語が出たぞ・・・。



「分かった、分かったから。落ち着け」


「ハァ、ハァ、に、逃げないでよ・・・」


「落ち着けっての・・・駄目先輩」



 速攻で駄目先輩の烙印を押してやったぜ・・・。



「えっと・・・ごめんね? 取り乱しちゃって」


「全くだよ。もう敬語使わねぇからな」


「うん、話だけでも聞いてくれるなら」



 ようやく落ち着いて席に座って向かい合う。

 フツーの女の子なんだけどな・・・髪が長くて黒縁眼鏡でなければ。

 オカルト研かと思うくらい部屋が暗いのは何か意味があんのか?

 つか、絶対オカルト研だろ、これ。

 先輩共々、部屋まで暗すぎる。



「話をする前にさ。どうして先輩以外、誰も居ねぇんだ?」


「うんとね。ほら、リアライズってAR値がある程度高くないと使えないじゃない?」


「そうだな」


「使える人が少ない上に、こんな部活にいると妬みとかで、いじめに遭ったりしやすくて」


「そういうことか。・・・先輩は大丈夫なのか?」


「あの、わたしはAR値が低いってことを公言してるからね」


「なるほど」



 つまり・・・AR値が高いなんて、やっぱり羨望の的で、嫉妬からハブられるんだな。

 九条さんはこっちの意味でも危ないってことか・・・。

 俺は常識を知らなかったから、単なる頑張る宣言に思えたけど。

 こりゃいじめから守るために気を抜けないぞ・・・。

 九条さんは高天原に入るって分かってるけど、目の前でいじめが起こったら見過ごせるわけない。



「それでね? 先ずは貴方のAR値を測定させてくれない?」


「え!? ここに測定器あんの?」


「うん、あるよ」



 なんということでしょう!

 こんな場所で測定できるなんて。

 運が良かったぞ、思った以上に身近にあった。

 これで目標に一歩近づける。



「それじゃ、AR値を測ってみよう。これまでに測ったことある?」


「いや、初めてだ」


「うんうん、それじゃ一度、測ってみようか」



 先輩はそう言って水晶玉のようなものを取り出してきた。

 水晶玉のうしろに水銀温度計のようにメーターがついている。



「この装置でAR値を測れるんだ。本当は血液を使ったほうが正確な値が出るんだけど、痛いの嫌だよね? だから唾液をここにつけてくれれば仮測定できるよ」


「よし。・・・これでいいか?」


「うん、オッケー。それじゃスイッチオン」



 ぼんやりと水晶玉が光る。

 後ろにあるメーターが徐々に迫り上がってくる。



「お、おおお!?」


「どうなった?」


「これは・・・まさか・・・」


「結果は?」


「・・・ゼロ・・・」


「え?」


「ゼロ・・・有効値以下、だね・・・」


「え!?!?」



 ガツン、と頭を槌で叩かれたかのような衝撃が走る。

 人間、ショックを受けると頭に衝撃を受けるって本当なんだね。

 呼吸が浅くなって・・・あれ、走ってないのに息が荒い。

 なんかクラクラしてきたよ。



「あ、ちょっと! 君、大丈夫!?」



 そうして俺は、見知らぬ部室の中で気を失った。



 ◇



 目が覚めるとそこは見知らぬ天井だった・・・。

 おい、またこのパターンかよ!

 ガバっと身体を起こすと少し目眩がしたけど、思考が徐々に戻ってくる。



「あ、良かった! 君、大丈夫?」



 誰だこの人は・・・ああ、駄目先輩だ。



「良かったよぉぉ、何かやらかしたって先生に目をつけられたらお取り潰しだよぉぉぉ」


「俺が気を失ったことへの心配は無いんですか・・・」


「それはほら、ね。お愛嬌ってことで」


「だからあんたは駄目なんでしょうが!!」



 ほんと何なんだよ、この先輩は。

 テヘペロしてんじゃねぇ!

 KYなんじゃねぇのか?



「ここって保健室?」


「うん。君を運ぶの大変だったんだよ?」


「そっか。先輩、ありがとう運んでくれて」



 そう、気絶したのは俺のせいだしな。

 重い男の身体を運ぶのなんて重労働以外の何者でもない。

 でもこの当然の御礼の一言にテレテレすんの止めてほしい。



「ところで俺のAR値って・・・」


「えっと・・・ゼロ・・・」


「だよな。機械の故障、じゃないよな?」


「うん・・・唾液だと低めに出るんだけどゼロってことはないんだよ」



 つまり俺は才能の破片も無いと。



「わたしもあの後やってみたら、AR値が3になったから」


「先輩、3なんだな」


「うん、新人類の落ちこぼれ、3!」



 あはは、と力なく先輩が笑う。

 そっか、先輩も見下しとかで苦労してんだな。

 俺はそれ以下だけどな!



「あ、でもねでもね! うちの同好会って、AR値低くても研究とかするから楽しいよ!」


「・・・」



 さて、いきなり壁に直面だ。

 高天原への壁がアホみたいに高くなったぜ。もう黒部ダムどころじゃねぇ。



「先輩、俺、AR値のことってあんまし知らねぇんだけどさ」


「うん」


「AR値って、先天的なもんで生まれた後に変わらない?」


「・・・うん。お気の毒だけど。方法があったら私がやってるよ」



 だよね。むしろAR値上げたい全人類がチャレンジしてんじゃねぇか?

 しっかしなぁ、ホントどうすんだこれ。



「ねぇ君。君みたいに新人類フューリーでAR値がゼロって聞いたことないの。一緒に原因を研究してみない?」


「研究か・・・」



 そうだ。AR値がゼロでも、何かカバーする方法があるかもしれん。

 諦めるのはまだ早い! 生死かかってんだし諦めたらそこで終わりだ!



「・・・よし。先輩、俺、入部するわ」


「え!? 本当!?」


「あ、その前に」


「え?」


「俺、京極 武だ。先輩の名前、教えてくれ」


「あ・・・あはは、自己紹介まだだったね。私、飯塚 恵いいづか めぐみ。具現化研究同好会の部長で3年生だよ。部員は貴方で2人目!」


「その情報は要らんかったなぁ」



 その後、飯塚先輩と話をして、そもそもAR値が何なのかをもっと調べることにした。

 もしかしたら俺が使えるようになる方法が、万が一、あるかもしれない。

 ・・・世界中の低AR値の人が試した荒野の道を俺も歩むことになるのだろうけど。

 とにかく先輩を通して入部届を提出し帰路についた。



 ◇



 寮に到着すると夕食まで時間もあったので部屋に戻った。

 ベッドに身体を投げ出して一息つく。



「うわー・・・何、いきなり詰んでんだよ・・・」



 AR値ゼロは相当な衝撃だった。

 高天原へ入学する前提条件が崩れたわけだから。

 勉強を死ぬほど頑張るつもりだったのに、出鼻を挫かれたどころか心をへし折られた。

 魔物に追われて吊り橋渡って逃げてたら、反対側のロープを飯塚先輩に「あ、ごめんね」って切られて落下した気分だ。

 ごめん飯塚先輩、関係ねぇ。

 やばいなぁ・・・方法を探してる間の勉強とか身に入らなそう。

 あーー、先輩に研究するって言ったけど、ホントに成果なんて出んのか?

 頑張れんのか、俺・・・

 いや、頑張らんと駄目なとこだぞ! まだ3日目だって! 諦めるの早すぎ!!

 用務員コースじゃなくて学生コース行くんだろ!!

 ・・・



 ◇



 ・・・

 コンコン・・・


 はっ!?

 やっば、考えすぎてまた寝落ちしてたぞ!?

 寝過ぎじゃね!?

 時間は・・・18時58分!! ぎゃーーー!!

 飛び起きて扉を開けると目の前に人影があった。



「こんばんは、京極さん」


「九条さん!」


「夕食のお時間が・・・」


「それで声かけてくれたんだよね!? ありがとう! 食べてくる!」



 バタバタと食堂に入ると、昨日と同じくぽつんとひとり分。

 おばちゃんに聞こえるように、いただきますと声をあげて食べる。

 いつもの和食。今日は肉じゃがだ。美味い。

 おばちゃん、絶対和食派だよな。

 食べ終わりの時間は決まってないけれど急いで食事を詰め込む。

 食べんの遅い奴がいて片付けんの遅くなんのってイライラすんじゃん?

 子供相手に俺も怒ってたからね、おばちゃんにそう思われたくない!


 何とか5分で食べ終わった。

 ふと、どうして九条さんが声をかけてくれたのか気になった。

 だって今日は約束してないし、一緒に帰ったわけでもないし。

 もしかして俺のことを待ってた?

 ・・・わかんね。

 出会ってすぐだしそんな好感度上げてねぇだろ。

 リアルで俺に惚れてくれたの雪子だけだったし、俺にそんなイケメン要素ねぇはずだ。

 とにかく、後で改めて礼を言っておこう。


 廊下に出ると、お風呂へ向かう準備をして歩いてる九条さんにばったり会った。

 相変わらず綺麗な銀髪を揺らしながら歩いている。

 これ、男じゃなくても惚れるよ。

 いや待て。このゲーム、主人公は両刀だ・・・。

 あ、声掛けないと行ってしまう!



「九条さん!」


「あ、京極さん」



 だから話しかけただけで笑顔って反則です。



「さっきはありがとう! お陰でご飯にありつけたよ。朝まで断食しなくて済んだ」


「ふふ、どういたしまして。昨日も今日も、お疲れなのですね」


「そ、そうなんだよ! 慣れない寮生活で緊張しちゃってクタクタなんだ! ハハハ」



 やっべ、また声が掠れてんじゃねぇか。



「お風呂のお時間も気をつけてくださいね」


「うん、ありがとう! それじゃまた明日!」



 なんかボロが出そうだったのでそう切り上げて部屋に戻った。

 昨日もこのパターンじゃなかったか?

 進歩ねぇな、俺。


 そうだ、それよりも攻略ノートだ。

 AR値の問題も解決しねぇとな。

 先ず、学校の課題をやる。

 内申もあるから手を抜くわけにいかない。

 それから風呂に入って21時。

 準備万端でモニターに向かう。

 先ずはAR値について、できる限り調べよう。


 成長期だから遅くても0時と決めた就寝時間になるまで、俺は検索をしまくった。

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