ドキドキの中学1年生

003

 今日は桜坂中学の入学式。

 桜舞い散る校門をくぐり、体育館で受け付けをする。

 制服は皆同じ格好。男は黒の学ラン、女はキャメルのブレザー。

 やっぱり制服だよね、学校は。萌え要素豊富。

 いやー、人生で二度目の学生生活。なんか嬉しい。

 親は居ないけど、周りの子供たちが成長したんだなーって勝手に親目線で感動する。

 ごめん緊張してる周囲の同輩。同じレベルの視点で過ごすの無理っぽい。だって四十路だもん。

 子供の頃は校長の話なんて長くって理解もできなかったけど、今、聴くと結構マトモなことを言っている。

 やっぱ理解できなかったのって自分がガキだったってことだな。うんうん。



 ◇



 クラス分けが発表され1年2組となる。

 教室へ移動して担任が来る。挨拶をして登校時間の確認など。

 最後に自己紹介をすることになった。

 窓側の先頭から順に名前とアピール事項を発言していく。

 趣味がスポーツとか読書とか、まぁ無難な回答が多い。

 クラスメイトは日本人なのでお察し。リアルと大差ない。



「わたし、高天原学園を目指してます」



 ふわりとした上品な女子生徒の声が響く。なぬ、高天原!?

 どよどよとざわめきが広がって皆の注目が集まる。

 そもそも高天原って日本だけじゃなくて東アジア全体で唯一の訓練学校だ。

 レベルも当然に高い。今更ながら10倍超えに納得。

 そんで誰がそんな3年も先のことをって・・・えええ! 九条さんじゃん!

 まぁ入学するの知ってるから当然っちゃ当然なんだけど。

 整った顔つきと絹のように白い肌、腰まである銀髪が目立つ。さすがヒロイン。

 周りの生徒はヒソヒソしてる。やっかみか、嫉妬か、珍しいもの見たさか。

 いや・・・ねぇ、目立つよ。目鼻立ちも日本人と違って堀が深いし鼻は高いし。

 でもこんなに芯の強い発言してるんだな、中学の頃から。

 だってさ、中学一年の自己紹介で進学先の話してるんだぜ?

 高校の自己紹介で「東大目指してます」って言うようなもんだろ。

 主人公だからって、これイジメの対象になったりしないか?

 ちょっと心配だ・・・様子を見たほうがいいな。

 席順は特に決まってなくて適当だったので、俺は最後のほうだった。



「京極 武です。趣味は読書です」



 ビバッ! 無難!

 誰も注目しないで終わる。良いんだよ、俺は中学3年間を勉強に捧げるんだ。リア充爆発しろ。

 ・・・と思ったら九条さんが見てる。昨日挨拶したからかな? 軽く会釈だけ返す。

 そのまま時間割だの説明を受けて今日はおしまい。

 昼前に下校となった。



「あの、京極さん」


「やあ、九条さん」


「一緒に帰りませんか?」


「うん、いいよ」



 返事二つでOK。やっぱ綺麗だなヒロイン。

 こうして良い感じの異性に誘って貰えると嬉しい。

 ゲーム開始の3年前だから、あどけない感じも良い。

 ロリ好きでも萌えられる感じの美少女だ。

 ほら、付き合った相手の過去アルバム見て悶えるシーンとかあるじゃん? あんな気分。



「京極さんも同じクラスでしたね」


「俺も驚いたよ。同じ学校だったって」


「あの寮に入るのって、桜坂中学の方ばかりなのですよ」


「え、そうなの?」


「はい。ご存知なかったのですね」


「あはは、俺、中国州出身の田舎者で越したばっかだから」


「あ、関東州ではないのですか。こんな遠くまで」


「九条さんこそ、高天原目指してるんだね。AR値も満たしてるんだ?」



 いや30以上って知ってるんですがね。



「はい。あとは勉学あるのみです。勉強に勤しめるよう、敢えて自己紹介で宣言しました」


「なるほど。九条さんみたいな美人だと付き合ってって言われたりとか色々大変そうだしな」


「えっ・・・」


「勉強で忙しいんですって宣言しといたほうが良いよな」



 ん? 立ち止まってこっち見てる。あ、やべ! 美人とか言い過ぎるとセクハラだったか!?



「ああ、そうだ! 俺、ちょっと用事があったんだ! ごめんね、また夕食にでも!」


「あっ! あのっ・・・」



 呼び止められた気がしたけど誤魔化したからセーフ!!

 いきなり嫌われちゃヤバいもんな。

 部屋まで走って帰って荷物を置く。

 一息ついたらベッドに寝転んで教科書を映す。

 世界語と科学は読み込んでおかねぇとな。

 うへぇ、語学を一からは難しい・・・。

 大学の第二外国語以来だよ・・・独語が懐かしい。

 単語単語・・・うう、アタマに入らねぇ・・・



 ◇



 ・・・はっ!

 今、何時だ!?

 げ、18時55分だと!?

 晩飯!! ヤバい!!

 飛び起きて食堂へ駆け込む。

 人影はまばらで、冷めたトレーがひとつだけ残っていた。あれが俺のか。

 席につこうと思ったところで、その前に座っている九条さんの姿に気付いた。



「こんばんは、九条さん」


「京極さん、こんばんは。お先にいただきました」


「あれ、俺を待ってた?」


「はい、約束しましたから」



 あ、そういえば別れ際に「夕食に」って俺が言った気がする。

 こんなギリギリの時間まで待っててくれたのか!?

 すげぇ良い子だよ、九条さん。

 待たされたのに、にこりと会釈してくれる。うわ、何度見ても可愛い・・・惚れる。



「ごめん、かなり待たせちゃったみたいで」


「いいえ。時間もありませんし、先に召し上がってください」


「悪いね」



 寝落ちで人を待たせるなんて恥ずかしい。

 今日みたいに飯を食い損ねるかもしれんからな、気を付けよう。

 今日も和食。この食堂って和食しか出ねぇのか? 美味い。



「あの、京極さん」


「ん?」


「ひとつ、お伺いしてもよいですか?」


「うん」



 何だろう。俺に興味持たれることなんてあったか?



「京極さんは・・・その、わたしのことを変だと思ったりしませんか?」


「変? 変って?」


「見た目、ですとか・・・」



 ああ。アルビノで気持ち悪いって思ってるのかな?



「ん? 美人さんじゃん?」


「えっ・・・」



 なんかこのやり取り、昨日もあったような。



「あれだろ、色白で日本人の中で目立つってんだろ?」


「えっと・・・はい」


「んなの外見だけだろ。外国人に会えば色違いなんていっぱいいるんだしさ」


「・・・はい」


「それに高天原を目指すんだろ? あそこは外国人だらけじゃねぇか」


「はい、そう聞きますね」


「だったら奇異の目で見られることもねぇだろ。中学生なんてお子様集団だ、目線なんて気にすんな」



 そもそも目線が気になるならあの自己紹介もどうなのよ。

 あ、俺たちもそのお子様だったよ!

 暗に「あんたお子様!」って言っちまった!



「・・・はい。そう、ですね」



 なんか暗い。元気ねぇな。失言だったか。

 仕方ねぇ、どうせ俺も発破かけねぇと頑張れねぇしな。



「九条さんよ、俺も高天原目指してんだ」


「えっ!?」


「だから一緒に頑張ろうぜ。今から友達だ。高天原を目指す同士だ。見た目とかで何か言われたら俺が守ってやんよ」


「・・・はい、ありがとうございます!」



 お、笑った。なんだ、会釈だけじゃなくてこんな笑顔できるじゃん。

 って、ゲームで仲良くなった時の立ち絵みたいだ。やばい、惚れそう。



「あー美味かった! おばちゃん、ごっそさん!」


「はいよー。早めにお風呂入りなよ」


「はーい。じゃ、また明日な、九条さん」


「はい、おやすみなさい」



 また誤魔化すように大きめの声で挨拶をして俺は食堂を出た。

 部屋に戻って少し熱くなった自分の頬を確認する。

 ヒロインパワーすげぇ。惚れちまうよ。

 でも駄目だ、昨日、決めたじゃないか。

 必要以上に親密にならないようしなけりゃ。俺が惚れてちゃ世話ねぇ。

 よし、煩悩対策には運動だ!

 風呂の終わる前まで筋トレしよう!



 ◇



 翌朝。

 筋トレのし過ぎで筋肉痛に見舞われた俺は、ひょこひょこ歩きながら学校を目指していた。

 筋力ねぇぞ、俺・・・。



「京極さん、おはようございます」


「ああ、おはよう」



 友達宣言しただけで当然のように一緒に登校してくれる九条さん。女神か。



「その、身体、どうしたのですか?」


「筋肉痛だよ。情けねぇ」


「頑張っていらっしゃるのですね」


「身体も鍛えておかないとね」



 登校して教室に入るとクラスメイトたちからの視線を感じる。

 ああ、昨日、九条さんが心配してたやつか。



「じゃ、九条さん。また後でな」


「はい」



 そう教室に聞こえるように敢えて大きめの声で発言する。

 これで九条さんが独りじゃないって分かるだろ。ハブったりしたら許さねぇからな、お前ら。



 ◇



 その後は特に何もなく授業が続いた。

 授業風景は近未来だ。

 先生が電子黒板に教材を表示しながら隣にチョークで書くように表示していく。

 あの棒状の教科書は「テクスタント」と呼ばれるデバイスで、生徒は自分の机の先にあるスリットへ差し込む。

 机とテクスタントが接続され、机の盤面全体がノートとして利用できるようになる。

 教科書や参考書はテクスタントの上方に立体的に表示される。

 教室全体を見渡すと未来感満載だ。

 自分の電子ノートに電子ペンで書き込むと、教科書兼ノートとして後で見返すことができる。

 テクスタントに全ての情報が集まっているわけだ。恐るべしテクスタント。


 たまに問題を当てられたら電子ノートを電子黒板に接続して皆が見えるように黒板に描画する。

 ツールが変わっただけでやってることは昔ながらの授業だ。

 慣れてしまえば勉強するだけになる。

 ただ成績を落とすわけにはいかないので俺は真面目に授業を受ける。

 ノートもしっかり取る。

 あとで先生に高天原に入学する学力レベルがどのくらいか聞いてみよう。学校の授業だけでいけるのかって。


 気付けば昼休みになった。

 周りを見れば、ぼちぼち声を掛け合って食事をする仲間が出来始めている。



「九条さん、食堂だよね。一緒に行こうか」


「はい、ご一緒させてください」



 ふたりで食堂へ向かった。

 桜坂中学の食堂はメニューが豊富だった。ラーメンから定食からパスタ、ステーキまで。和食もある。

 ここも未来。注文したら自動調理機からベルトコンベアで運ばれてくるのだ。

 注文してからすぐに流れてくるから、きっとある程度調理されている状態で保存されているのだろう。

 あれか、リアルの学校が食事時におかず皿を重ねて待機してる感じなんだろうな。

 俺が頼んだのはラーメン。九条さんはパスタだった。



「あ、美味しい! 自動調理って初めてだからどんなもんかと思ったら」



 おっと、つい本音を。自動調理が初めてなんて変なやつ発言だったか。



「そうなのですか。ご家族がよくお料理されていらしたのですね」


「そうなんだよ。両親が手作りの方針でさ。ありがたい限り」



 危ねぇ危ねぇ。友好的解釈してくれて良かった、何とか誤魔化せた。

 そうか、自動調理も当たり前なのか。

 料理も重労働だからな、食洗機みたいに自動になりゃ、そりゃ皆、使うよな。インスタントより良いし。

 話してばかりじゃ伸びてしまうのでラーメンを食べ進める。

 九条さんも上品にパスタを食べている。

 ああ、美少女というだけで絵になる。表情も食べ方も可憐だ。惚れる。

 ・・・俺、このままだと高天原の前に逆攻略されちまうんじゃねぇか? 気をしっかり持たねぇと。



「ところで、部活動はどうするご予定ですか?」


「部活か・・・」



 正直、勉強のことを考えると帰宅部一択だ。

 情報端末で調べたら、高天原の偏差値は70近かった。トップレベルだ。

 となると、この学校の成績くらいトップを取れないと厳しいレベルだろう。

 部活で時間を潰している余裕はない。



「俺はまだ決めてないよ。入りたい部活があるかどうか。九条さんは決めてるの?」


「わたしは弓道部に入ろうと思っています」


「弓道部!」



 おっといかん。つい驚いてしまった。声、でかすぎなかったよな?



「はい。子供の頃から続けてきましたので。寮生活ですと弓の鍛錬をする場所が他にありませんから」



 そうだよね、具現化が弓だし。子供の頃からやってたって設定だったな。



「そっか、いいね。俺も一度、見学に行ってみようかな」


「はい、ご一緒しましょう!」



 にこりと笑顔で答えてくれる。うわ、やっぱり可愛いって。ドキドキする。流されるな、頑張れ俺!

 こうして放課後にふたりで弓道部へ行くことになった。

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