正しい救世主の飼い方
古川
1
救世主を拾った。
屋上で配給のパンを食っていたら落ちてきた。戦闘で負傷して逃げてきたのか、背骨と肩甲骨が展開されたままの状態で転がっていた。死ぬほどの怪我ではなさそうだったが、随分辛そうに起き上がったので、大丈夫?と声をかけた。
男子だった。やせ細っていて弱々しく見える。おそらく俺と同学年か少し下くらいだと思う。俺の声に振り返ったが、なぜか睨まれた。心配して声をかけたというのに無礼な奴だと思った。
それでもすぐにまた飛び立つというのは無理だったらしく、しばらくその場でうずくまって苦しそうに息をしていた。救世主なんて間近で見たのは初めてだったが、人類のためにぼろぼろになっている姿を目の当たりにしたら、さすがの俺にも同情心のようなものが湧いてきた。
「大変だよなぁ、急に人類のために戦えとか言われてさ。そんでちょっと下手したら役立たずだのなんだの批難されて、俺なら泣いてるわ」
近寄って横に座ってみる。救世主の顔は傷だらけで、でも目には怒りのような色があって、俺は一瞬引く。
「……うるせぇな」
え?と思わず聞き返す。救世主といえば、人類のために身を捧げる健気な奴を勝手に想像していたのだがどうやら違うらしい。
「あぁ、はは、お疲れ。そんな力まなくて大丈夫だって。最初から誰も期待なんかしてないよ、もう無理なんだよ人類は。滅亡したってお前に責任なんてない。ただ、個人的にはちょっと羨ましいけどね。かっこいいじゃん救世主とか」
「んだそりゃ。じゃあお前がやれよ」
「あぁうん、まぁやれるもんならやりたいよ。俺サッカーやってたから脚力なら自信あるし、普通にあの軟体生物たち蹴散らせると思うんだよな、ズドーンって」
と、そこで胸ぐらを掴まれた。意外に元気で驚く。
「……部外者は黙ってろ」
「いやいや、めちゃくちゃ関係者だよ俺。お前に運命託すしかないんだもん、死ぬほど当事者だよ」
「黙れ」
ぐぐっと、迫ってくる救世主。どうやらこの理不尽で残酷な状況への憤りのようなものを正しく抱えて、救世主として真っ当に苦しんでいるらしい。
俺はそれで、こいつがまともな人間だということを確信する。思わず笑ってしまった。笑いながら聞く。
「殴る? いいよ」
救世主は一瞬だけ怯んだ表情をした後、それを振り払うように俺を殴った。鈍い速度は逆に重くてちゃんと痛かった。起き上がると少しくらくらした。
せっかくの機会だ、会話をしよう。そのためにはひとまず警戒を解いてもらう必要がある。俺はできる限り柔和な態度で言う。
「人類にとってはさ、俺なんかよりお前の方が数千倍価値があるだろ? だから、お前がまともに機能するためなら何千回でも殴られてやるよ。その代わり、俺と友達になってよ。俺も人類を救う側の目線に、ほんの少しでいいから関わりたいんだ」
友達、とはまた平和的な単語だ。咄嗟の思い付きにしてはうまいこと言った。
俺の提案に、救世主は怪訝な顔をした。でも俺にはわかる。こいつは断らない。まともな奴だからだ。案の定、まったく心を開いていない顔つきで聞いてくる。
「お前、誰だよ」
「
「その呼び方やめろ」
そうして俺は、救世主を飼い始めた。
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