第39話 打診器
今日は依頼が終わるとマルクスに訓練場に来るようにと呼び出されていた。
これは体育館や校舎裏に呼ばれて殴られるか告白されるシチュエーションなんだろうか。
そもそも男でおっさんに告白されても困る。
俺は訓練場に着くとマルクスはニヤニヤして待っていた。
あっ、これは告白するやつだ。
「やっと――」
「ごめんなさい。男性、特におじさんには興味がないんです」
俺はマルクスが話す前に断った。こういうのは先手必勝だからな。
「お前……」
声からして傷つけたかもしれない。そもそも性別の他にも十一歳の少年に告白する親父がどこに……ここにいたか。
「俺も男には興味はないぞ?」
マルクスに説明すると、どうやら俺の勘違いだったようだ。
今回俺を呼んだのは魔物に出会った時の対抗手段を戦闘訓練で教えてくれるらしい。
「じゃあ、まずはここを十周走るぞ」
「えっ!? 」
訓練場は前世の体育館二つ分程度の大きさがあり一周は約100mより少しあるぐらいだろう。
「まずは体力作りが基本だからな!」
「流石にこれは……」
「つべこべ言わず走る」
マルクスは元Aランク冒険者ってのもあり威圧が凄かった。
異世界に来てまで体育会系かよ!とツッコミながら渋々ではあるが走ることにした。
♢
「もう、無理です」
五周走りきったところでバテていた。森に一年間生活していてもちゃんとしたバランスがある食事もなく、動物ともふもふしていただけのため、見えない魔力量は増えているが体力はない。
そんな中マルクスは武器として使っていたハンマーを持ちながら走っている。もはや俺が想像しているリハビリとはかけ離れていた。
ハンマーを持って走るマルクスに少し尊敬した。
俺は異次元医療鞄から打診器を取り出した。武器を持って走ってみると何か変わるかもしれないと思ったからだ。
「やってみるか」
何を思ったのか打診器を持ったまま走ることにした。
それを見たマルクスは俺が舐めた態度を取っていると勘違いし詰め寄ってきた。
「おい、お前なんのつもりだ」
「はぁ……はぁ……えっ?」
隣に来たマルクスの態度に何が起こっているのかわからなかった。
「俺を舐めてるのか? そんなに走りたいなら――」
マルクスはハンマーを大きく持ち上げた。
「ちょっと、まさか……」
「おら!」
マルクスは大きくハンマーを振りかぶった。それを咄嗟に避けると走る速度を速めた。
「まだそんなに動いたらダメですよ!」
元々身体能力が高いマルクスは一年間の寝たきり生活を一ヶ月である程度まで体力を戻していた。
絶対人間じゃないよ。俺は心の中で思いながら全力で走った。
「ほらほら!」
ちょこまかと動く俺を追いかけるのが楽しくなってきたのか、途中から遊びの感覚になっていた。
「いやいや、遊んでる場合じゃなくてもう無理です」
気づけば訓練場を十周走っていた。
「もう無理……」
ふと右手を見るとこの発端となった打診器を持っている。
ふと、初めて打診器を出した時に言っていたコロポの言葉がよぎった。
俺は打診器を武器だと思い続けると次第に打診器は光った。
「えっ、どういうこと?」
その場に立ち止まった俺をついにマルクスは追い詰めた。
「おらよ!」
マルクスはハンマーを振り上げた。
「ちょっと待った!」
咄嗟に光った打診器を前に突き出すと、ハンマーは何かに当たり、その瞬間に突風が吹いた。
「痛ってー!」
突然の衝撃にマルクスは腰に痛みが走ったのかそのままハンマーを床に落とした。
「大丈夫ですか!?」
「おいそれはなんだよ」
マルクスは俺の右手を指差している。
「えっ、な……なんじゃこら!」
俺の右手には1mほどまで大きくなった打診器が握られていた。
「なぜケントが驚くんだよ」
「えっ? だってこんなに大きくなることも知らなかったし軽いよ」
打診器を振るとマルクスのハンマーのような重い一振りと風が吹いていた。
「お前それ魔道武器じゃないのか……?」
「魔道武器?」
「魔道武器は魔力を注ぐことで力を発揮する武器だ」
マルクスは冒険者のため魔道武器の存在を知っていた。
しかし、そもそもが魔力は生まれつきとスキルによって異なると言われている。
使えても【魔道】および【魔法】が名前に付いたスキルを授かっている人が使うものだ。
「無理するからですよ」
たくさん走った俺もその場で尽きて訓練場に座り込んだ。
「すまん、ちょっと楽しくなってな」
「無理はダメですよ」
俺はこの時のことをずっと根に持っていた。その後のリハビリではマルクスに対してのマッサージは指圧が無駄に強くした。
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