第14話 理学療法

「貴様……俺を殺そうとしやがって! ん、なんだこれは……長年の疲れが無くなってる!?」


 ギルドマスターは俺のスキルに骨抜きになっていた。


――二十分前



「ならその【理学療法】を使ったマッサージをしてみろよ」


 ギルドマスターが発言したところからこの戦いは始まった。


 俺はとりあえず事務仕事が多い受付を想定して頸部から肩甲帯あたりにかけてマッサージをすることにしていた。


「じゃあ、マッサージするので……えーっとここに座ってください」


 俺は近くにある木製の椅子を運びそこにギルドマスターを座らせた。


「よし、そこにいけば良いんだな!」


 ギルドマスターが立ち上がり俺の近くに立つと恐れられている理由がはっきりした。


 体がロニーより大きく190cmは余裕に超えていた。


「デカッ!?」


「ああ、俺はヒューマンと巨人族のハーフだからな。それよりそんな細い体でマッサージなんてできるんか?」


 ギルドマスターは俺の手を掴むと顔を歪ませた。


 栄養が足りないのはすぐにわかるぐらい細く、軽く握るだけで折れそうだったからだ。


 とりあえずは俺に言われるがまま椅子に座らせるとそこからは俺の本領が発揮だ。今まで散々馬鹿にしたことを見返してやろう。


「事務仕事が多いと思うので頸部と肩甲帯を中心にやっていきますね」


 俺は前世で働いていた時と同様に一単位(二十分)を目標に慈愛の心を使った。


「あー、筋硬結すごいですね。ちゃんとストレッチはやっていますか?」


「ストレッチ? なんだその馬鹿みたいな名前は?」


「ふふふ、冒険者がストレッチも知らないんですね」


 俺は少し馬鹿にするように笑うと男は震えていた。さっきまで馬鹿にしていた仕返しだ。


「準備運動みたいなものですね。動く前にやると筋肉が動きやすくなりますし、運動後にやると翌日の痛みが減りますよ」


 俺は仕事をしている時のようにしっかりと説明していた。


 俺達の回りには興味が出たのか冒険者も集まり、ちょっとした冒険者向けのセミナーとなっていた。


「あー、気持ちいいな……」


「ここも硬いですからね。少し痛いですが我慢してください」


 俺は胸筋群に手を伸ばした。俺の復讐はこれだけでは終わらないからな。


「いっ、痛だだだだだ!!!」


 ギルドマスターの声はギルド内に響いていた。辺りからはギルドマスターの聞いたことない声を聞いてあたふたとなっていた。


「お前……やっぱり冒険者には――」


 ギルドマスターは俺に向けて強めに威圧を放った。


「痛いって言いましたよ? 僕より大きな大人が何言ってるんですか」


 俺は鉄壁な精神でギルドマスターを無視するようにさらに筋硬結を解した。


「ギャー! 勘弁してくれー!!」


 ギルドマスターが回りに威圧をかけまくったせいで、ギルド内では凄いことになっていた。


 冒険者登録に来た子供達はその場で倒れこみ失禁する子や若い冒険者は震え上がっていた。


「ふー、これで二十分ですね。だいぶほぐれましたけど、やっぱり普段のストレッチが大事ですね」


「貴様……俺を殺そうとしやがって! ん、なんだこれは……長年の疲れが無くなってる!?」


 そして、冒頭に戻るのだった。





「これがスキルの効果も含めたマッサージですね。どうですか?」


「ああ、って俺を殺そうと――」


「そんなんじゃ死なないですよ? あとしっかりストレッチをやっていればそこまで痛くないんですからちゃんとやってください」


 俺は一単位のマッサージでも細い体のためか体に疲労感が溜まっていた。


「そうか…… なら、これからは俺専属として――」


?」


「ん? スターチスどうしたんだ?」


 そこには握り拳を作り指を鳴らしているエルフの受付嬢がいた。


「マスター! あなたはどれだけ威圧をかけてると思ってるんですか! 見てくださいこの有様を。あなたが威圧するから低ランクの人達が怯えきってるじゃないですか。ただでさえ受付に居ても邪魔なのにあなたの頼みで一つ受付を潰しているのよ。ギルドの事を考えたら邪魔なだけよ。この子だってお金が欲しいだけなら登録ぐらいしてあげたら良いじゃないですか。今邪魔だけしてるあなたにそんなことを言う権利はあるのかしらね!」


 スターチスは言い返す時間を与えないように言葉をまくし立てた。どこか働いている時にいた看護師を思い出し俺も驚いていた。


「ああ、スターチス落ちつ――」


「落ち着けるはずないじゃないですか!」


 その後も十分程度スターチスのお説教が続いた。


「えーっと、私はここで受付嬢をしているスターチスです。君の名前はなんだっけ?」


 急に話を振られた俺はびっくりしていた。


 スターチスが前世で働いていた時の看護師達に似ており、俺はやつらのことを口では勝てないとわかっていたため、綺麗な顔をした悪魔だと心の中では思っていた。


 それでも美人が多くてホイホイついて行ってたのも良い思い出だ。


「あっ、はい。 ケントと申します」


「はは、礼儀正しい子ね」


 スターチスは俺に優しく微笑んだ。エルフであるスターチスの笑顔はギルドでも話題になるぐらいだ。


 俺は咄嗟にこの笑顔に騙されまいと顔をそらした。騙されたらまたあの頃と同じだ。気を抜いたらあの時の看護師と同じようにやられるぞ。


 めちゃくちゃ可愛くて小悪魔な春香ちゃんを俺は思い出していた。


「それで冒険者登録って……」


「ああ、私がしてあげるわ。そのかわり今から休憩に入るんだけど私にもマッサージしてもらってもいいかな?」


「それぐらいなら」


 どこか大人の色気もあるスターチスに俺は息を呑んだ。


「やった!!」


 気づいたら俺はスターチスに丸め込まれていた。恐るべし看護……いや、受付嬢め。


「先輩だけずるいですー!」


 そこに犬の耳がついた女性がやって来た。その女性もスターチスと同じ受付嬢の服を着ていた。


「あなたはまだ休憩じゃないでしょ?」


「むむむ! あっ、私はミルって言うの。ぜひ私にもあのマッサージやってね」


 ミルはしゃがみ込み俺の身長の高さに合わせて頼み込んでいた。


「さぁ、ケントくんはこっちにおいで。マスターは後処理してくださいね」


「なんで俺が……はい!」


 ギルドマスターは立ち上がり冒険者の方へ向かっていった。


「ギャー! 来るなー!」


「いや、いやー!」


 ギルドマスターは後処理のために冒険者に近づいたが急に巨体が近づいてくるため震えていた低ランク冒険者はその場で失神していた。


「あれ、大丈夫ですかね?」


「ああ、このギルドじゃよくあることよ!」


「よくあるんですね……」


 ギルド内は地獄絵図のように所々で叫び声が響いていた。


「じゃあ、こっちの受付に来てね!」


 俺はギルドマスターが使っていた受付に呼ばれ冒険者になった。

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