外れスキルで異世界版リハビリの先生としてスローライフをしたいが、異世界も激務のようです〜チーム医療で様々な問題を解決します〜

プロローグ〜幼い記憶〜

第1話 記憶

「痛っ！」

「お前はいつまで寝てるんだ」

「あれ？　寝てたっけ……？」

　俺は何かに叩かれた痛みで目が覚めた。そこは全く見覚えもないところで辺りは真っ暗になっていた。

「うるせー、スキルがない奴ははやく働け！」

　俺はまだ状況が判断出来ていない。わかることはなぜか鞭で叩かれていたのだ。

「うっ、痛っ！？」

「貴様、奴隷のくせにまた気絶する気か」

　急な頭痛が襲うと同時に鞭で叩かれまた意識を失った。

♢

　俺は相澤健斗（あいざわ　けんと）は理学療法士として病院に勤めていた。

　ナースステーションを通る時に看護師から声をかけられた。

「相澤さん、305号室の患者さん今なら時間が空いてるからリハビリをお願いします」

「わかりました。今日のバイタルは落ち着いてますか？」

「大丈夫よ。最近循環器も落ち着いて来てるからそろそろ退院かもね」

「そろそろ退院調整しないといけないですね。僕からもソーシャルワーカーに声をかけておきます」

　俺は患者の情報を担当看護師に確認しリハビリに向かった。

――トントン！

「小沢さん、失礼します」

　病室のカーテンから覗くとそこにはベットで寝ているお婆ちゃんがいた。俺の方を見るといつものように微笑んでいた。

「今からリハビリかしら？」

「色々と検査が立て込んでいたから空いてる時間にリハビリをやろうと思って今来ました。お時間は大丈夫ですか？」

　このお婆ちゃんは自宅で生活している際に左脳の脳梗塞で倒れた。彼女はすぐに病院搬送されたため、あまり後遺症も残らず軽く右半身に麻痺が残る程度で現在は少しずつ寛解してきている。

「リハビリ良いわよ。少しずつ歩けるようになったから歩いて行きましょ」

　リハビリ室は同階にあったため、俺は小沢さんを居室から歩行訓練させながらリハビリ室に向かった。

　目標物があるってことはそれだけでも歩く意欲につながるからな。

　長い入院期間になるとどうしても帰宅願望が強くなり、少しでも意欲を維持させないといけないのだ。

「だいぶ歩けるようになりましたね。右足にも体重かかってますし、もう少し筋力がつけばしっかりと歩いて帰れそうですね」

　お婆ちゃんは入院してからおよそ1ヶ月が経っていた。

　そろそろ俺が勤めている急性期病棟から、他病院のリハビリテーション病院に転院するか悩みどころだったが、現状の回復ならそのまま自宅に退院しても良さそう。

「ほんと？　相澤先生が言うなら頑張らないといけないね」

「僕は先生じゃないですよ」

「私にとってはリハビリの先生は先生だもん」

　何気無い会話をしながら廊下を歩いていると、遠くから怒鳴り声が聞こえてきていた。

「そんなもん聞いてないぞ！」

「先程も説明しましたが最善の方法を行いました。しかし、これ以上やっても体を痛みつけるだけで何も変わらないと先生からICで説明したはずです」

　声がするのはさっきまで俺がいたナースステーションだった。

　遠くから見た感じだと当院に入院していたの患者の子供と看護師が話していた。

「お前らが親父を殺したんだ！　なぜ治療をしなかったんだ」

　怒鳴り声が廊下にも響き渡り、居室から顔を出している患者も多くいた。

　その中で他の看護師は廊下にいる患者に部屋へ戻るように声を掛けながら、他の人に不安感を与えないように誘導していた。

「俺は騙されたんだ。親父がいないと年金が降りねーから生活が出来ないじゃないか」

「それは説明して納得されたから延命治療をしなかったはずです。サインもされましたよね？」

　男は親の年金を受給するために自分の親に延命治療をさせていた。

　入院費は高額療養費制度を使うことで、個人の年金から余りが少し出るくらいのため、男は入院させておいてそのお金で生活した方が楽だった。

「くそ！　お前じゃ埒が明かない！　違うやつを出せ」

　男はポケットに手を入れると何かを突き出した。

　その手には折りたたみ式のナイフが握られていた。

「きゃー！」

　ナースステーションは騒然としていた。

　女性の叫び声と警察を呼ぶようにと指示が飛び回っていた。

「小沢さん危ないので部屋に戻りましょうか」

「なんか叫び声も聞こえるからそうね」

　俺は病棟の不穏な空気を感じすぐに向きを変えて居室に戻ることにした。

「おい、はやく医者を出せ！　確かあの医者は白い白衣を着ていたな。きっとあいつだ」

　男はナイフ片手に走り出した。

「小沢さん、そろそろ着きますよ。あと少しがんば……なにこれ……」

　俺は背中から急な痛みを感じると、さっきまでナースステーションにいた男が後ろに立っていた。

　俺はふらつきながらもお婆ちゃんを壁際に凭れさせて崩れ落ちた。

「えっ……」

　意識が朦朧とする中で俺は一緒に歩いていた患者の小沢さんを心配していた。

　お婆ちゃんは骨粗鬆症も持っており転んだら骨折する可能性もあった。

　俺はそのままうつ伏せに倒れると背中にさらに衝撃が走った。

　男は俺に馬乗りになりナイフを何度も何度も背部から突き刺した。

「ははは、お前のせいで俺は生きていけなくなったんだ」

　病院の中に広がる血のにおいと男の声が異様に響き誰も止めることが出来なかった。

「お前が親父を……って違うやつじゃないか」

　男は血だらけになった手で俺の顔を確認した。俺を医者だと思って勘違いしていた。

　男が担当していた医者はケーシという服の上に白衣を着ている。

　その時の医者はICの時には白衣を脱いでいたから勘違いをしたのだろう。

「警察！　あの人です！」

　ぼんやりと意識がある中で看護師と警察の声、そしてストレッチャーが通る音が聞こえていた。だが俺にはその声が聞こえていない。

「警察だ！　動けば今すぐ撃つぞ！」

　警察が到着すると相澤の上に乗っていた男を囲んでいた。

「俺は悪くないんだ。俺は……」

　男は警察官を見るとその場で狼狽え、三人がかりで床に伏せられていた。

「相澤さんしっかりして！　先生バイタル低下しています。頸動脈もわずかにしか触れられません」

　俺は意識が朦朧とする中、壁際の方を見ると顔面を真っ青にした血だらけのお婆ちゃんが立っていた。

「転んでなくて良かった」

　理学療法士として勤めて三年目の出来事でだった。

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