第21話 恐怖の戦闘用サイボーグ
「クラウス!」
クラウスから送られていたスマート眼鏡の映像が真っ白に曇り、状況が分らなくった。
映像に動きがなくなったことから、不測の事態が起きたのは明らかだ。
オスカーが叫び声を上げ、ユルゲンは奥歯を噛みしめている。
「クラウスったら、何遊んでるのよ!」
偽イリーナは不機嫌そうに爪を噛んだ。
「やったのか、マコトが」
エドが呆然とした面持ちで呟く。
クリスは声を出すことができずに震えていた。
クラウスの映像からはボコボコにされていたマコトの様子が映っていたが、最後にどうなったのかわからない。相討ちになっているのかもしれない。
相変わらずクリスにマコトからの返信はなかった。
「くそっ!」
ユルゲンが感情をあらわにした。
「ダメよ、持ち場を離れちゃ」
偽イリーナが激発しそうなユルゲンをたしなめる。
「ユルゲン、俺に剣をくれ!」
偽イリーナに許可を得ることなく、ユルゲンは求められるまま、左腕に内蔵していた剣をオスカーに渡した。
「何よ、どうするつもり!」
「ユルゲンがここを離れるのが不安だっていうんなら、俺が様子を見に行く! 手薄になるのが心配なら。管理しやすいように何人か間引いておけばいいだろ! とりあえず運営スタッフとしては操縦士一人と船長が余分だからな!」
オスカーは剣の鞘を払い、フローラに近づいた。
「ひっ!」
フローラはイヤイヤをしながら後ずさる。
アイーシャが手錠をつけたまま、素早く立ち上がった。
切れ長の目は静かな怒りに燃えている。
「クラウスの旦那は情けをかけたが、俺は甘くないぜ」
オスカーは剣を握り、丸腰のアイーシャ相手に凄んで見せた。
リーファに暴力をふるったとき、アイーシャに叩きのめされた恨みを忘れていないようだ。
「やめなさい!」
アイーシャの横でクリスも立ち上がった。
小柄で小動物のような彼女も強い意志の力を瞳に宿している。
「よせ、クリス!」
エドが慌ててクリスを後ろから引っ張り、座らせようとする。
クリスは、その手を振り払った。
「これ以上、職員を傷つけるのは、やめなさい」
船長も立ち上がり、クリスたちの前に老いた身体をさらした。
「ふざけやがって!」
オスカーの頬が痙攣した。
目の前に立ちふさがる職員たちを見回し、睨みつける。
その過程でオスカーは違和感を感じた。
「なんだ? どこかと通信しているのか?」
違和感を感じたのはクリスのスマート眼鏡だった。
フレームに取り付けられた小さなランプが赤く点灯しているのはカメラが動作している証だ。
「おまえか! こちらの情報をやつらに送っていたのは!」
オスカーは激高し、クリスに向けて大きく剣を振り上げた。
「きゃあ!」
クリスが悲鳴を上げて目をつぶり、アイーシャが船長を押しのけて前に出ようとした。
「やめろ!」
今までコントロールルームに聞こえなかった新たな声が、若い男の声が、響き渡った。
「マコトくん!」
クリスが喜びの声を上げた。
コントロールルームの扉が開き、肩で息をするマコトが姿を現した。
ヘルメットを被っているため細かい表情はよくわからないが、苦しそうだ。
右手には刀を握っている。
「白馬の王子様の登場ってわけね」
偽イリーナが事務局長室の前で、小柄な体に殺気をにじませた。
ユルゲンが右手から剣を伸ばし、彼女の前に立つ。
「刀を手に入れて、勇者気取ってんじゃねぇぞ、コラ!」
オスカーの血走った目がマコトを射る。
「クラウスはどうした?」
ユルゲンの右腕から直接生えた諸刃の剣の切っ先が、マコトに向けられた。
「残念ながら、残ってるのはお前たち三人だけだ」
「お前は一人だけ、こっちは三人もいるってことだ」
オスカーが口から泡を飛ばしながら、精いっぱいの虚勢を張る。
「ひとりじゃないんだな。これが」
別の声が扉の外から聞こえ、サムが、こちらも荒い呼吸で喘ぎながら姿を現した。
さらにその後ろからは、身体の大きな赤毛のベンや鋭い眼光の公安委員長ウガラ・ウガビ、そして、自警団のメンバー十数人が、手に手に電磁警棒や長いバールなどの獲物を持って続いていた。船長や、クリス、リーファに明るい表情が浮かぶ。
「うっ」
呆気にとられるオスカーの隙をついて、アイーシャが手錠をかけられたまま、槍のような足刀をオスカーの脇腹に突き刺した。
「ふぐっ」
言葉にならない呻き声を漏らし、オスカーは剣を放り出して、事務局長席の方に吹っ飛んだ。
剣はクルクル回転しながら偽イリーナを襲ったが、彼女は慌てることなく最小の動きでこれをかわす。
「諦めて降伏しろ」
最前列に立ったマコトは苦しそうに腹を押さえながらも、刀の切っ先はユルゲンに向けた。
「ふん。所詮は烏合の衆、神に選ばれた戦士の恐ろしさを思い知れ!」
ユルゲンが、フェンシングのような突きを繰り出した。
マコトが刀ではじく。
金属の触れ合う高い音が響き、マコトのジャケットが切り裂かれた。
ユルゲンは機械のような正確さで突きの速度をあげていく。トミーとは比べ物にならない速さ、鋭さだ。自警団の連中は凍り付き、二人の戦いに介入できない。
ユルゲンの剣がマコトのヘルメットを抉り、マコトの刀の切っ先がユルゲンのジャケットを切り裂いた。
「貴様!」
ユルゲンの顔に驚きの表情が広がる。
マコトの動きに想定以上の冴えがあったからだ。映像で見た過去の動きよりも早くなっている。身体のあちこちを負傷しているにもかかわらずだ。
マコトはユルゲンにとって、一方的に切り刻むことができる相手ではなかった。
マコトに切り裂かれたユルゲンのジャケットの切れ目から、鈍く銀色に光る金属製のボディの一部が露出する。
「戦闘用サイボーグ!」
「まさか、そんな」
マコトの背後で手を出しかねていた自警団の連中がつぶやいた。恐怖の感情が広がる。
対人戦闘用に調整されたサイボーグに、生身の人間が敵うとは思えなかったからだ。
「援護しろ!」
怖気づいた団員を鼓舞するように公安委員長のウガラ・ウガビが重々しい声を発した。
中年の大柄な自警団員二名が意を決して、電磁警棒を構えユルゲンの側面に回り込む。
「チェスト!」
マコトの突きに合わせるように、二人はユルゲンの頭部と腹部に同時に打ちかかった。
剣を握っていないユルゲンの左手が鞭うつように上下に動き、電磁警棒を弾き飛ばす。
「なっ」
自警団員たちは、ユルゲンの無駄のない動きに呆気にとられた。
ユルゲンは、素早く右手を一閃させ、死に体になっている自警団員たちの腕を剣で払う。
そのまま後方に飛びずさり、マコトから距離をとった。
「えっ?」
「わぁ!」
二人の自警団員の腕から血しぶきが上がり、二人ともその場でうずくまる。
そのうち一人の腕は、皮一枚でなんとかぶら下がっている状態だ。
あまりの惨状に思わず船長が目を伏せる。
「くそっ!」
マコトがユルゲンを追い、鋭い太刀筋で斬撃を加える。刀の動きがどんどん加速していく。
「馬鹿な!」
マコトの動きに圧倒され、ユルゲンは防戦一方になっていった。
不思議なことにマコトは痛みを感じていないようだ。目は異様な光を放っている。
「ダルの仇だ!」
マコトは雄叫びを上げた。
ユルゲンの黒いジャケットを切り裂き、金属のボディを抉る。
しかし、致命傷には程遠かった。
電光のように刀と剣が交錯し、火花が散る。
金属音が高く、低く、室内に響き渡った。
ユルゲンの剣がマコトの頬をかすめ、血がしぶく。
「マコト!」
アイーシャが顔色を変え、手錠をしたままマコトに加勢しようとした。
「危ない! 先に手錠、外せよ!」
サムがアイーシャを押しのけ、長尺のバールを振り回してユルゲンに襲い掛かる。
「おら!」
さらにベンも攻撃に加わった。二メートル近い長さの鉄パイプを握っている。
二人の攻撃は正確さを欠き、狙いもよくわからない。
しかし、ユルゲンはそれがために逆に戸惑い、それが原因で防御が乱れた。
マコトの刀がユルゲンの頬をかすめた。
頬が傷つき、うっすら血が滲んだのをマコトは見逃さなかった。
「首から上は生身のようだな!」
「だから、どうした!」
それが返答であるかのように、マコトの刀の切っ先がユルゲンの顔面に集中する。
バールと鉄パイプの変則攻撃も加わり、ユルゲンはマコトの攻撃をかわしきれなくなった。
頬から血がしぶき、額が切り裂かれる。
「おのれ!
防御を無視した捨て身の一撃がマコトの左肩に吸い込まれた。
「マコト!」
手錠を外し終わったアイーシャが悲鳴を上げる。
マコトの動きが止まった。
ユルゲンの剣は、マコトの左肩を完全に貫いている。
血濡れた剣先が、マコトのジャケットの背中側に顔を覗かせていた。
ユルゲンの剃刀のような眼に歪んだ笑みが浮かぶ。
しかし、噴水のように噴き出した鮮血がその顔を覆い隠した。
その血はマコトのものではなく、ユルゲンのものだ。
マコトの刀が、ユルゲンの顎の下から、後頭部にまで突き抜けていた。
ユルゲンは完全に動きを止め、バランスを失った身体はゆっくりと横倒しに倒れる。
マコトは剣を肩から外そうともがき、剣が新たに肉を切り裂く激痛に思わず膝をついた。
サムたちがマコトに駆け寄ると、クリスの悲鳴が一同の耳を打った。
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