犀川ひとばしら伝説 💧
上月くるを
第1話 橋普請の賦役で
気まぐれ烏が食べ残した柿の実がひとつ、枯野にぽつんと灯りをともしています。
この高みから見わたす
此岸と彼岸、現世と異界をつなぐただ一本の糸として大切にされてきたのに、いまではだれにもかえりみられず、初冬のうすい日差しを浴びて黙然とたたずむばかり。
あの橋桁に、生きたままの夫が結わえつけられて……。(; ・`д・´)
むごい、むごい、むごい……あまりに、むご過ぎます。💦💦💦💦
夫の恐怖と苦痛、娘の悲しみを思うにつけ、この身がぴゅうと引きちぎられます。
茫々と吹き荒れくるうわたしを、人は鬼と呼びますが、ほんとうの鬼は、だれ?
🍑
夫の喜兵衛とは幼な馴染みでした。どちらの生家も段々畑にすがりつく暮らしで、口にするものといえば稗や粟、栃などの雑穀や、山菜、木の実など山のものばかり。
ほかほかの白米など……まして小豆が甘く香り立つ小豆まんまは、庄屋さまの家で祝いごとがあったときにおこぼれにあずかるだけの、ゆめのような大ご馳走でした。
でも、村の家々はどこも似たり寄ったりですから、たいして不足にも思いません。
貧しいは貧しいなりに、万物に感謝しながら、つましい生活を営んでいたのです。
🐜
日本の屋根といわれる飛騨山脈の、屏風のように連なる峻厳なる山巓のなかでも、ひときわ鋭く誇り高く、きりりとした二等辺三角形の頂を天空に突き立てる槍ヶ岳。
その山中から湧き出た梓川は、澄みきった翡翠色の水をたたえながら深志(松本)城下の西はずれまで流れ下ると、木曽方面からの奈良井川と一本に
こうして犀川という名に変わった大河が、大蛇のようにのたうちながら新町あたりまで流れ下って来ると、両岸に直立する山肌に阻まれ、無理やり川幅を削られます。
どろっと不気味に濁った底に、なにかとんでもない魔物を棲まわせていそうな川面を直下にする急峻な断崖絶壁を、文字どおり糸のごとく縫って抜ける難路中の難路。
そこは善光寺街道中でも随一の鬼門として旅人に恐れられ、川幅のもっとも細まるくびれをつなぐ久米路橋は、連年、大水のたび流されるのが宿命になっていました。
橋が流されるたび、村人に
――他人の心。
狭い地域社会で嫉妬や恨みを買わぬよう気をつけたつもりでも、日常の積み重ねのなかで知らず知らず芽生えていたものが、ある件をきっかけに一気に増殖する……。
鳴りを潜めていた悪意がこだまのように共鳴し合い、村八分に向けて無言の総意がまとまるようなことになれば、閉じられた地域で明日から生きていけなくなります。
ですから、たとえ長雨や
👶
十七歳の春に隣村から嫁いだとき、夫の両親はこの世の人ではありませんでした。
三つ上の夫は小作の段々畑のほか、樵や炭焼き、猟師で生計を立てておりました。
お互いに好いて一緒になった夫婦に、抜けるように色白の女の子が授かりました。
野山の花にちなんで菊乃と名づけた娘を、わたしたちはたいそう可愛がりました。
その菊乃が五歳になった九月のこと、例年にないような大水が村をおそいました。
夜を通して半鐘が鳴りひびいた明け方、ついに久米路橋が流されてしまいました。
台風が通過して激しい風雨が治まると、さっそく橋の修理の召集がかかりました。
夫は怪我を負っておりましたので、わたしがふたり分を担わなければなりません。
張り詰めた思いが、知らず知らず身体を前へ前へと運ばせていたものと見えます。
ぐらっと傾いた瞬間、恐ろしい勢いで渦巻く濁流に引きずりこまれておりました。
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