耳かき小説 ー短編集-
バスチアン
幼馴染と耳かき
高校に入学して1カ月。わたしは大いにへこんでいた。理由は単純。一緒に進学した友達の一人に彼氏が出来たのだ。
わたしや他の友達に報告してくれた、あの娘の顔を思い出す。
野暮ったい眼鏡、特徴のないセミロング、型通りに着た制服、アクセサリーの類はない。高校に上がって彼氏が出来たという割には、垢抜けた様子がない。しかし彼女こそが今、わたし達のグループにおいてヒエラルキーの頂点に立っているのだ。
正直、羨ましい。
そしてそれと同時に猛烈な焦りを感じていた。わたしには幼馴染の男の子がいる。お隣さんで小さい時からずっと一緒。幼稚園の頃は大好きで、小学校の頃は鬱陶しいけどちょっと好きかもって感じで、中学校になった頃はやっぱり好きだって気がついて、そして
たぶんアイツもわたしのことが好きだと思う。自惚れじゃないんだけど、わたしってばまぁまぁカワイイ。実は中学の頃には何度か告白されている。もちろん断ったけどね。
だからわたしと恋人同士になれるんなら嬉しいでしょ……って、つもりでいたんだけど、最近ちょっと風向きが変わってきた。何かアイツ、高校に入ってから女の子にもてるのだ。
だから焦る。
もしもどっかの誰かがわたしより先に告白してきて、それをアイツがOKしたら……ヤバい、超焦る。
居ても立っても居られなくなったわたしは足早に家に……というより、隣のアイツん家に向かっていた。
「おい、急に何だよ?」
中学に上がったら幼馴染と疎遠になって……って話はよくあるけど、わたしとコイツの間にはそう言うのはあんまりなかった。もちろん交友関係が広がってお互いに知らない友達なんてのも出来たけど、こうして部屋に上がるくらいは普通に出来るのだ。
「ええっと……」
ヤバい。
勢いで何か来ちゃったけど、用事なんてない。とりあえず何かでっち上げないと……
「ほ……ほら、漫画貸してたでしょ。返してよ」
「え? 借りてたっけ?」
「貸したわよ、ほら」
「え……どれ?」
ふたり一緒に本棚を漁る。隣で真面目に本を探しているアイツの横顔を見ると、何かちょっとドキドキしてしまう。
友達が言うにはこうやって気兼ねなく男の子の家に行って、気兼ねなく男の子の家の本棚を漁って、気兼ねなく隣にいる時点で「アンタたちってつき合ってるんじゃないの?」ってよく言われるんだけど、そういうんじゃないんだ。
ほら、男の子とつき合うって、一緒に映画見に行ったりとか、テスト前に一緒に勉強したりとか、一緒に学校行ったりとか……あれ? わたし普段から全部やってる?
いやいやいやいや、でも告白とかしてないし、されてないし、いくら恋人っぽいことしててもノーカンでしょ。ほら、キ……キスとかしてないしさ。手は小さいときはつないだりしたけど、それこそノーカンでしょ。
うん、そう考えるとわたしにはスキンシップが足りない。ほら、恋人同士って、そういうことするでしょ。し……したいんだよ、女子高生だもん。
そんなわたしの悩みなんてきっとこいつは考えてないんだろう。っていうか、考えろよ! わたしって、カワイイんだから、さっさと告白しなさいよ。
「……い、おい」
「え?」
「聞こえてないのかよ。ほら、これだろ」
差し出されたのは漫画だ。
あっ、本当に貸してたんだな。何の漫画だっけ……えっと、たしか吹奏楽部の男の子が主人公で幼馴染の女の子がいて……ああ、もう、幼馴染だからってあんな甘酸っぱい感じにはならないよ。だいたい、あの鈍感主人公――
「……い、おい」
「え??」
「いや、聞いてんのかよ」
「えっと……何だっけ?」
ヤバい。全然聞いてなかった。
ああ、もう、こういうことしたい訳じゃないのに。
「何だよ、聞こえてないのかよ。耳クソつまってるんじゃないのか?」
コイツってば、なんだか失礼なことを言ってくる。女の子に向かって耳クソとか言うなよ。
「そうだ。耳かきしてやるよ」
「え?……耳かきって、アンタがしてくれるの」
「ああ、妹にもしてるしさ。けっこう自信あるんだぜ」
「いや、でも、耳かきって……!」
そんなの別にって思ったけど、悪くないかもしれない。
わたしにはスキンシップが足りない。耳かきって、恋人っぽいって言うか、夫婦っぽいって言うか、ちょっと上級者向けな気もするけど。
「ほら、来いよ」
膝をポンポンと叩く。
おおぉっ!! これって膝枕!?
ドキドキする。いや……でもこれって逆な気もする。どっちかと言うと、わたしがコイツに膝枕してあげたいんだけど……
「何だよ、しないのかよ?」
「………………する」
というか、して欲しい。
思ってたのと、ちょっと違うんだけどスキンシップしたい。男の子と仲良くなりたいんだよ、女子高生だもん。
正座になった膝の上に頭をポンと乗せる。男の子の膝だからなのか硬い……っていうか、コイツちょっとたくましくなってる?
昔は背もわたしと同じくらいだったのに……って???
「うひぃ!?」
変な声が出た。
気づいたら耳かき始まってたんだもん。
「あれ? 痛かったか? まだ耳触っただけなんだけど」
「ううん、大丈夫……ちょっとビックリしただけだから」
まだ触られただけなのに、ビックリするほど反応してしまった。
「そうか?……じゃあ、続けるぞ」
「う、うん……」
指先が耳たぶに触れる。
親指と人差し指がきゅう~っと耳たぶを挟むのだ。
むにむに……むにぃ
耳がムニムニ揉まれていく。
「何してるの?」
「耳、揉んでるんだよ」
「それは……分かるけど」
耳かきするのに何で耳揉んでるんだろ?
「ん……妹に耳かきするときは、いっつもやってるんだけど?」
「そ、そうなんだ……」
答えになってないんだけど、指先が雄弁に語ってくる。
これ……気持ちいい。
耳たぶがムニムニされる。マッサージされてるみたいで痛気持ちいい。
むにむに、むにぃ…………ハッ!
ヤバい、一瞬寝てた。
「おい」
「え?」
「大丈夫か?」
「ああ……うん」
「じゃあ、耳かきしていくぞ」
「あ……うん」
本当に大丈夫なのか、ちょっと自信がない。だけど、ほら、膝枕の感触も思ったより悪くないし、耳をムニムニされるのも良かったし、スキンシップした方が……ほら、コイツもいざという時に告白しやすいでしょ?
「動くなよ」
「わかってるわよ」
知らない間に耳かきが用意されているのが見えた。家にもあるような白いふわふわのついた耳かきだ。それが1本……ん? 2本、3本?? ええ??!
「何か、数……多くない?」
「ああ、妹にやってるうちに、だんだん数が増えてきてさ」
「いや、同じのが5本もあってもしょうがないでしょ?」
「同じじゃないぞ。先っちょの部分のカーブが微妙に違うんだ」
「そ、そうなんだ」
言われて見れば、微妙に先端のスプーンの厚さが違う。
って言うか、何、そのマニアックなこだわり?
「これ……意味あんの?」
「ああ、妹に試して、特に使い心地のいいヤツだけ残してるんだ」
何でもないことのように言って一本手に取る。そんで耳の中を覗き込むと、とんでもない言を言ってきた。
「うわっ!」
「何よ?」
「お前さ、メチャクチャ、耳クソ溜まってるなぁ」
「えっ!? そうなの!!?」
「ああ、
「な!?」
コイツ、恋する乙女になんてことを言ってくるのよ!
反論したいのだが、実際に耳の中を見られているのだからそれも難しい。自分も知らない秘密を暴かれる。その事実に急激に恥ずかしさが込み上げてくる。
だっていうのに、コイツってば、むしろウキウキした様子で聞いてくるのだ。
「最後に耳かきしたのって、いつだよ?」
「お、覚えてないわよ」
「そうだろうな。まぁ、取り甲斐があっていいけどさ」
楽し気に言う。
取り甲斐って……こいつ、こんなマニアックな趣味があったの?
困惑する。そんで、わたしの心の準備なんて待つ素振りさえ見せず、アイツはわたしの耳の穴に耳かきをすぅ~っと差し込んだ。
ザリッ!
まず一撃。
砂利の山にスコップを突っ込んだみたいな音が鳴る。
同時に脳味噌に変な電撃が奔る。
「うへぇ!?」
そんでアホみたいな声が出た。
ザリザリ……ザリリッ
耳かきがスコップみたいに容赦なくにわたしの耳の穴を掘り起こす。縁にこびりついた垢の塊がボロボロと崩れ、剥がれた部分が掬い取られて排出されていく。
ザクっと音がするたびに背筋に甘い電流が走る。
ザリッ、ザリッ、ザリッ、ザリッ
小気味良い音が耳の中で鳴り響く。一回一回突かれる度に痛痒いような、何とも言えない感覚がピリピリと耳の中を駆け巡った。
「ぃ…………ぅ……っ」
また変な声が出そうになったので必死にかみ殺した。あのアホみたいな声を出すのはさすがに恥ずかしすぎる。だって言うのに、コイツはデリカシーのないことを言ってくるのだ。
「別に声出してもいいぞ」
「ひぇ?」
「妹も耳かきしてるとき、よく声出してるからさ」
さらっと何だかとんでもない発言が飛び出す。だけどその意味をかみ砕く前に、耳の中でバリバリボリボリ耳垢が粉砕される音が響いて、わたしの思考能力も一緒にバリバリボリボリ粉砕されていく。
ズズズズッ、ズズッ~~
引きずるように耳垢の塊が掃出されていく。「痛い」と「気持ちいい」の間を何度も行ったり来たりする。爪の先で痒いところが掻かれているみたいだ。その絶妙な力加減に視界がくらくらする。
「おお~、ボロボロ取れるなぁ」
入れて、掘り起こして、搔き出す。
「こんな大物久しぶりだわ」
入れて、掘り起こして、搔き出す。
「スッゲー、汚い、よくこんなに溜め込んだよなぁ」
入れて、掘り起こして、搔き出す。
呑気な声を上げながら耳かきが奥の部分を刺激する。それは的確にわたしの弱点を攻撃しながら耳垢を搔き出していった。その度に頭の中がグラグラするほど気持ちいい。
「よーし、じゃあ、仕上げするな」
「ひ、ひあげ?」
手元が翻り、白いフワフワが耳に向けられる。
「ほへぇ!?」
ゾボっとした音が聞こえたと思うと、アホみたいな声が出た。
白いフワフワの綿毛はわたしの耳の穴に入り込んだかと思うと、繊細な動きで震えて穴の中を掻き混ぜる。
ゾボゾボ……ごぽっ
ああ、ダメ、これ……脳みそ溶けちゃう。
圧倒的な快感に頭を殴られる。
足の指が反り返る。何かもう涎とか鼻水とか出てるような気がするけど、もう気にしている余裕はない。
「これ、いいだろ。妹もこれが一番好きなんだよな」
「…………ぃひ」
これ、妹ちゃんにやって大丈夫なの?
頭バカになってない?
わたしはダメ、これ、バカになる。
「どうだ?」
「しゅごい……またやってほひぃ」
「いいぜ、せっかくだから、俺がずっとお前の耳の面倒みてやるよ」
「やった~ぁ……??」
ん? どういう意味だろ?
ダメだ。頭バカになってるから、よく解んない。
「よし、終わり。じゃあ、逆の耳な」
「ほげぇ~」
もう何度目かのアホみたいな声を上げて、わたしはゴロンとひっくり返った。
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