繋がるバトン

 ★★★


 こうした体験を子供の頃から重ねてきたことがきっかけなのか、三十代後半になった私はサラリーマンとして働く傍ら、アマチュアの画家としても活動している。


 そして今回、前述のカナダ旅で見たオーロラを題材にした絵を公募展に応募したところ、佳作に選ばれて大きな美術館で展示されることになった。


 私は一番に、父に見てもらいたいと思ったが、招待状を送るのは少し躊躇った。


 父は私の記憶の中でこそアクティブで快活な姿なのだが、あれから年齢を重ねたうえ大病も患ったため、体力がひどく落ちてしまっているのだ。


 私は迷ったものの、とりあえず両親に報告だけはすることにした。

 聞いた結果、来るか来ないかは本人たちに決めてもらえば良いのだからと。


 ★★★


 両親は私の報告に驚き、とても喜んでくれた。

 そして今日、母の付き添いのもと父は展覧会へやってくることになった。


 私は車で両親を迎えに行き、会場へと向かう。


「ちゃんと生活はできてるの?」

「できてるよ。休日に創作を楽しめるくらいには」

柚紀ゆきさんには苦労かけるわね」

「そうだね」

「タツ君の学校は?」

「元気に通ってるよ。勉強もそれなりに」


 母は会うといつも、こんな調子の話題を振ってくる。

 柚紀というのは私の妻の、タツ君というのは私たちの息子の名前だ。


「着いたよ」


 私は美術館前の駐車場に車を停め、両親を会場まで案内する。


「こんな立派なところに飾られるだなんて、大したものね」


 想像していたよりも大きな展覧会だったらしく、母は目を大きくして感心している。


「美術館は久しぶりだなぁ」


 懐かしむように館内を見て歩く父の背中は、オーロラを一緒に見た時のような活力あふれるものではなかった。


 ――けれど。


「これだよ」


 私はキャンパス内に閉じ込められたオーロラを指差す。


「まあ。上手ね」

「それはどうも」

「お父さんとカナダに行ったときのなんでしょ?」

「そうだよ」

「こんなに綺麗な景色なら、私も見たかったわ」


 母は心からそう思っているようだ。

 とてももったいないことをした、という表情で私の作品を眺めている。


 その隣で絵画の中のオーロラをじっと眺めていた父が遂に口を開いた。


「宏太朗、父ちゃん良いもの見せてもらったなぁ……」


 父はしみじみと、少し掠れた声でそう呟いた。


 その横顔は、あの時のように生き生きとしていた。

 湖上でオーロラを見上げ、満ち足りた表情をしていたあの時のように。


「ありがとう……父さん」


 父は私を見て、柔らかくにっこりと微笑んだ。


「タツ君にも色々な世界を見せてあげなさい」

「そうだね」

「もちろん柚紀さんも一緒に……な」


 そう告げた父の背中は、昔よりもひと回り大きく見えたのだった。


 そして私は、善は急げと携帯電話を開き、家族のグループチャットにメッセージを送る。


「タツ、次の休みに父さんが良いもの見せてやる」

「柚紀も一緒に行こう」


 さあ、どこへ行こうか。

 夜はまだ、明けたばかりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る