第3話 ねえ、後で部屋に行ってもいいかな?
部屋でしばらく学校の課題をしていると、夕が風呂を沸かせたから先に入ってくれと扉越しに声をかけてきた。
風呂の掃除も普段は俺の担当で、姉が先に入りたい時だけ勝手に掃除することが多かった。だから、彼女が掃除した風呂に先に入るということはかなり珍しいことのように思えた。
俺は彼女の言葉に応じて、一番風呂に入らせてもらうことにした。夕の優しさは今日だけのものなのか、気まぐれなどではなく出来るだけ長く続いてくれるならば今後も楽になるな、なんてことを考えながら結構な長風呂を楽しんだ。
風呂上がり、パジャマに着替えて自室でくつろいでいると、玄関が開く音がした。あさひが帰ってきたのだろう。時刻は深夜0時を回っていた。
「あー、思ったより飲んじゃった。頭痛い」
姉は玄関で寝転んでいた。顔を真っ赤にさせてコートの内の服は少しはだけている。かなり扇情的な格好だ。
玄関で姉を放置するわけにもいかず、夕も風呂に入っているので、俺がなんとかするしかなかった。
靴を脱がせた後に肩を入れて姉を持ち上げる。リビングまで姉を持っていく。ぐったりとした彼女の体温、微かな香水の匂いと酒の匂いの混じったそれは俺の鼓動を早めるには十分であった。
「どうしよう、水とか入れたらいいのかな?」
姉をソファの上に寝転がす。酔っ払いの介抱などしたことはなかったが、とりあえず水を飲んだらいいことをどこかで聞いた気がするので姉に提案してみる。
「うん、ちょっとちょーだい」
コップに水を入れて姉の前に差し出す。彼女は少し口をつけた後、ソファの前のテーブルにそれを置いた。その動きの一つ一つに目を奪われてしまう。
もしも俺が彼女の恋人だったら、今すぐにでもそういう展開になりそうな空気。俺自身、姉の持っている漫画でしか知らないが、そのような雰囲気を強く感じた。
「何みてるの?ヒナタ。かわいいね」
あまりにジロジロみていたのがバレたのか、あさひが俺に微笑みかけた。
「あ、いや。ごめん」
本来姉に抱くべきでない感情を抱いてしまった後ろめたさから、謝罪の言葉が口からこぼれる。
「何が?もっと見ててもいいんだよ。胸とか結構おっきいでしょ」
そう言って彼女はシャツを伸ばして谷間を見せてきた。俺はとっさに目をそらした。
「姉さん、ほかの男とかにもそういうことしてるの?だとしたらあんまり良くないと思うよ」
もしも、自分の姉が酔っ払ってワンナイトなんてしていたとしたらかなり嫌だ。酔っ払った彼女は初めて見たがとても心配になった。
「いや、ヒナタだからしてるんだよ」
そういうと、彼女は立ち上がって俺の耳元でささやいた。
「ねえ、後で部屋に行ってもいいかな?してほしいことがあるの」
酔っ払った男女が部屋ですることなんて一つしか考えられなかった俺は、その提案を断ろうとした刹那。
ガンッ、と扉の開く音がした。風呂から上がったであろう夕が、パジャマ姿でそこに立っていた。髪はまだ乾かしていないようで、水に濡れたつやのある髪がきれいだ。
「姉さん、おかえりなさい。酔っ払ってるみたいだけど、あんまりハメをはずしてヒナタに迷惑かけないでね」
「ただいま、夕ちゃん。大丈夫よ。お風呂は朝にシャワーだけで済ますから、片付けて置いてちょーだい」
二人は俺が高校に入ってから少し仲が悪くなったようで、俺はそんな二人の様子を見ながら、早く元の二人に戻ることをひそかに願っている。
「じゃあ、私は部屋に行くから」
夕の背中越しに『待ってるね』とあさひが口パクで俺にだけ伝えたのをはっきり認識した。
夕は風呂の片付けと髪にドライヤーをかけるために洗面所に戻っていった。
♢
トイレを済ませた後、自分の部屋に向かうとそこには既に姉がいた。
「ごめんね、先に入っちゃって」
姉は悪びれる様子もなく形だけの謝罪。完全に酔っ払って気が大きくなっている。
さっきまで真っ直ぐ歩けないレベルだったのに、なんなんだ。
「姉さん。何するのかはわからないけど夕姉ちゃんもいるんだから流石にs」
「ねえ、女装やってみない?」
「……え?」
あまりに予想外の展開に沈黙が流れる。
「女装って?あの女装?」
「うん、ヒナタが女の子の格好をするってことだよ」
「……なんで?」
本当に謎の展開に困惑する。彼女の手元に化粧ポーチのようなものがあることに気付いたので多分冗談ではないのだろう。
「前々からしてほしかったんだけど、タイミング的に今しかないかなーって。酔っ払ってないと言えないよ。こんなこと」
そんなことを言われても、俺は何もなんと答えるべきかわからない。確かに華奢な体型だし女性のようと言われることもあるが、俺にとってそれはコンプレックスとなっていた。だから、女装なんて考えたこともなかった。
「お願いします。この通り」
しばらく俺が固まっていると、姉が土下座をし始めた。姉のこんな姿は今まで見たことがなかった。
「わ、わ、わかったよ。何すればいいの」
このまま断り続けても埒が開かないと半ば確信した俺は、彼女の要求を呑むことにした。一度好きにやらせてしまえば、彼女の溜飲も下がるだろうと考えたのだ。
「やった!ありがとう!じゃあ、メイクした後に私の制服着て!!」
彼女は俺の言葉を聞くや否や、俺の手を両手で握ってそう口にした。そこまでしたかったのかと困惑しつつ、これから何をされるのか言葉に表せないような独特の不安が俺の脳内を支配していた。
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