姉に女装させられたらすべてが拗れた件について

赤井あおい

第1話 男らしい人の方が好みかなーって

『ごめんね、ヒナタのことは嫌いじゃないんだけど、もうちょっと男らしい人の方が好みかなーって』


 高校一年の冬、バレンタインの直前、夜中に彼女から突然送られたダイレクトメッセージ。半年間付き合った彼女との別れは突然であった。


 身長162cm、体重48kg、筋肉のついていない細い手足と、日焼けのしていない真っ白な肌、文化部所属。確かにお世辞にも男性的とは言えないステータスである。


 幼い頃から二人の姉がいた影響もあってか、俺は日ごろからかなり女子と接する機会が多かった。二人の姉は本当に優しく、いつも俺をかわいがってくれた。俺もそんな二人が大好きだったので、いつも彼女らの友人と遊んでいた。


 だから、ずっと仮面ライダーや戦隊ヒーローよりもプリキュアの方が詳しかった。それゆえに小学校でも女子の友人が多かったくらいだ。しかし、女子と言ってもあくまで友人であり、小中を通してそこに恋愛感情はなかった。


 ただ、そんな俺でも精神が成長したようで、姉と別の高校に入ってからは同年代の女子を人並みに異性として意識するようになった。同時に男子の友人の割合も増えていった。


 そして、夏休みに入ったころ、ついに彼女ができた。二つ上の姉、ゆうは俺に彼女ができたことが気に食わないようだったが、四つ上の姉、あさひは祝福してくれた。


 あさひは少し遠くの大学に進学したため下宿している。それにもかかわらず、俺が彼女が喜びそうなデートプランやプレゼントの内容について相談すると、多くのことについて答えてくれた。


 最近少しずつ連絡の頻度が減っているような気がすることに対して、バレンタインに少し話してみたら?というアドバイスも受けていた。


 まあ、結果的にその日は来なかったけど。


 さっきまではテンションが最高潮だっただけに、落胆も大きかった。チョコレート自体は毎年最低でも3人(母、姉×2)から貰っていたものの、いわゆる本命をもらったことはなかったので結構楽しみにしていた。


 半年間のいろいろな思い出が頭を巡る。原因が原因なだけに、すぐにはどうしようもなさそうなのでとりあえず『わかった。今までありがとう』とだけ返した。


 あまりしつこくされると面倒に感じるから素直に距離を置くべきだと考えたのは、姉のあさひが彼氏と別れる際のいざこざを目の当たりにしたことも関係があるだろう。


 しつこい男は嫌われるのだ。


『ほんと、ごめんね。これからも友達でいてくれたら嬉しいな』


 すぐに返事が返ってきた。正直なところ、明日から普通に接することができるのか、不安な気持ちもありながら、『もちろん』と一言返す。


 スマホの画面が一瞬滲んだように見えた。ああ、泣いているんだな、と何故か他人事のようだった。



 バレンタインの日は、特筆すべきことのないただの平日だった。


 学校が終わり、家に帰って玄関を開けた時、一番上の姉、あさひが玄関で腰を下ろしていた。ちょうど外に出ようとして靴を履くところのようだった。俺より少しだけ低い身長、少し茶色に染めた髪は肩まで伸びて緩いパーマがかかっている。いかにも都会の女子大生というような感じだった。


 なぜあさひが家にいるのだろうかと一瞬考えたが、去年もこれくらいの時期に帰省していたことを思い出した。大学生の冬休みの長さは実に羨ましいものだ。


「おかえり、ヒナタ。いきなりなんだけど、これあげるね」


 そう言ってあさひは俺に財布から何かカードのようなものを差し出した。


「チョコレートいっぱい貰っても飽きるでしょ?だからスタバのカード、3000円入ってるから彼女と行ってきな」


 姉はいつも優しくて、みんなのことをよく考えている。その優しさが、今の俺には少し辛かった。


「彼女とは別れたよ。昨日ね。男らしい人の方が好きなんだって」


 俺がそういうとあさひは一瞬目を丸くした後に、俺をぎゅっと抱きしめた。胸があたる感触、うなじからうっすらと甘い匂い、頭をなでられている感触、優しい手つき。


「ヒナタにはヒナタのいいところがいっぱいあるよ。気にしないで」


 あさひの甘い声が耳を通して脳を揺さぶる。高校生にもなって姉に抱き着かれるのはどうなんだという理性はもう残っていなかった。俺は一切の力を抜いて彼女に身をゆだねることしかできなかった。


 どれほどそうしていたのだろうか。体感では数分にも感じられた彼女の優しい抱擁が解かれる。


「まあ、必要以上に気にしないほうがいいよ。本当に。恋愛って相性とかもあるしね、どうしても」


 二人が抱きついていた事実なんて無かったように、姉はいつもの姉に戻っていた。


 じゃあ、私は友達に会いに行くから。夕ご飯はいらないよ。とふたこと言い残して彼女は玄関の扉を開けて行ってしまった。

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