第11話 今日は家族でお茶を
もう、今年が終わろうとしている。王都の街に遊びに来ている私たちは年末の市場を見ながら、今年の終わりを感じていた。市場の賑わいはいつも王都に来る時よりも多く、年末の休みのために皆、買い物を楽しんでいるようだ。
年末の星の月の52日だけはどのお店も休みになる。家族団欒するために実家に帰る日として作られたこの日は五大王国と大帝国は共通してどこのお店も閉まってしまうのだ。だから皆、今年の最終日のために買い込みに来ているのだ。
今日は、聖歴4508年、星の月の39日、天の日だ。ちょうど来週が今年の最終日になるので、今年の残る休日も今日を合わせて4日でおしまいだ。こちらの世界にはクリスマスというイベントはなく、代わりに聖歴が始まった年始をお祝いする行事がある。
100年に1回ほど、さらに大きな行事があるが、これはまた別の機会に語ることにしよう。今日の買い物をしに来たメンバーはお母様とヴァルキトア家の兄弟達の8人だ。残るお父様はというと、城に呼び出されて泣く泣く仕事に出かけて行った。きっと、今夜は拗ねた良い年下大人を家族総出で慰めることになるのだろう。
とはいっても、年始の祭りではないので、流石に8人で出歩くと大人数になってしまうため、半分ずつに分かれての行動になっていた。話し合いの結果、私、お母様、ジュリ、ベリーの4人と、ディオ、ルス、イル、ノースの4人で分かれることになった。
少々、弟たちに苦労しそうな次男の顔が浮かんだが、一応一番下の双子がしっかりしているので何とかなるだろう、と思いたい。セレナは後で大変だったという次男の話を聞いてやろう、と心に決めたのだった。
「さて、一通り買いたいものも買えたから、一休みしましょう。」
お母様は重そうな大剣を軽々と後ろに下げてにこりと笑う。そんな光景も我が家では当たり前なので、驚くことなく3人とも頷いた。
そして、近くにあった雰囲気のよさそうなカフェに入って一息つく。
「まったく…なんで、うちの子たちはみんな物欲がないのかしら…年始のお祝いのプレゼント選びに一番時間をかけているのは、きっと我が家ぐらいよ。」
優雅にカップをソーサーに戻しながら文句を言うお母様、傍から見れば、綺麗な貴婦人がお茶を楽しんでいるようにしか見えないが、大抵、話している内容はいつも家族のことだ。
「あはは…お母様、私たちも決して物欲がないわけではないんですよ?えっと…ほら…あの…えっと…」
すかさず、ジュリがフォローを入れるが、自分が欲しいものがないのか途中で考え込んでしまう。それを見たベリーが何か思いついたのかにこりと笑った。
「私が欲しいものは平和です。つまり、今この現状が続くことが私の欲しいものですから、きっと他の兄弟達も、物理的なものだけが欲しいわけではないのではないですか?」
解答としては正解だろうが、5歳の考えることにしては、大人びた意見な気がする。
「お母様、みんなが欲しいものがないのは、私たちが欲しいと思った時に買ってもらえる恵まれた環境にいるからなのではないですか?」
何となく順番的に自分も発言した方が良いかと思いそう言うと、兄二人はうんうん、と頷いて、お母様は眉を寄せて困った顔をした。
「我が家は一応公爵家だから、ある程度経済を回す必要があるのよね…年末のこの時期は特に力を入れて使うように言われているから、どうせならかわいい我が子たちにと思って、いつも市場に来るのだけれど…」
独り言をつぶやくように少し早口でまくしたて、さらに続ける。
「貴方たちの欲しいものといったら、本に筆記用具、壊れてしまったからと新しく新調するものばかり…もうちょっと、欲があっても良いと私は思うのよ。例えば…宝石とか、服とか。」
「お母様、それらは出かける時以外に着ける必要がないし、普段から定期的に我が家に商人や服飾屋がやってきて新しいものを作っているではないですか。そんなにいりませんよ、それ以上使うより貧しい家庭に寄付をした方がより慈善活動ができて、我が家の株も上がるのではないですか?」
思わず口にした言葉にお母様たちはぽかんとした顔をするが、どこか納得したような顔をして「確かにそうだよね。」「名案ですね。」「セレナちゃんの言う通りだわ。早速、年明けに寄付しましょうか。」とそれぞれ賛成の意見を示してきた。
しかしこの時、セレナは完全に忘れていた。この家族はやるといったら、やるのだ。まさか本当に年明けすぐに寄付するとは思わなかったし、家族総出でその地を訪れて、ボランティア活動をして、それが王国内の拡散通信システム(魔法具で各地域ごとに置かれている投影式の掲示板のようなもの)でニュースに載るとは思いもしなかったのだ。
*****
※視点変わって、店内のお客様から見たヴァルキトア家親子でお届けします。
今日は、彼女との初めてのデートの日。約3年にわたる片思い期間を経てやっと思いが通じ合ったのだ。今日はいわゆる初デートの日ということもあり、大分浮かれていた俺は集合時間の1時間前に準備を済ませてしまうなど、少々慌てているところもあったが、概ね今回のデートは成功といえるだろう。
二人で市場を歩き回り、一通りの買い物も済ませたので、疲れてきただろうしカフェでも入ろうか、ということで近くのカフェに入った。カフェの店内はどこか落ち着いていて、ゆったりとした生演奏が人の話し声の合間から聞こえてくる。話し声もそこまで大きくはなく、皆落ち着いた調子で話をしていた。
いつも着ているカフェに入ったはずが、どうやらいつも行く店とはちがい、随分と小洒落た店に入ってしまったらしい。少し場違い感は感じるが、仕方ないと思いながらメニューを開くと書いてあった値段は普段入るカフェとそう変わらない値段に驚いていた。
「今日は年末が近いから、王都周辺に住んでいる貴族様たちも多く来ているから、街の雰囲気が少し違うわよね。」
と彼女は俺が抱いていた疑問を全て解決してくれることを話してくれたので、ようやく店内にいつもと違った空気が流れていることを知る。ちらりと、隣の席を見てみれば、20代ぐらいに見える、見るからに貴族然とした少女と、10代前後のこれも見るからに品位を感じられる綺麗な所作をしている少年少女3人が優雅に座ってお茶を飲んでいた。
ずっと見ているのは失礼だと思い、すぐに視線を彼女に戻す。しかし、彼女も隣の席が気になっていたのか、彼女の目線は隣の席を見ていて、俺の視線に気が付くとすぐににこりと笑って「何を注文するか迷ってしまったの…お隣の方を真似しようと思ったのだけど、流石に見た目だけでお茶は判断付かないみたい。」と言った。
彼女が言うのだから、きっと見た目以外での判断方法があるのだろう。会話の節々に住んでいた世界が違っていたのだと思い知らされるが、それも含めて付き合うと言ったのだ。否に考えても仕方がない、と思い「好きなものを選んでほしい。ここのものは、どれも美味しいよ。」とありきたりな返事しかできなかったが、彼女はクスリと笑った。
「じゃあ、貴方と一緒のものを。」
さて、困った、どうしよう。いつもは食べにしか来ないので、自分には飲み物で水以外の飲み物を知らないし、茶葉の名前なんて一つも知らな…いや、まてよ、一つだけ…。俺はメニュー表とにらめっこしてからテーブルに置かれていた小さなベルを一回鳴らした。
そして、あるものを頼む。
紅茶を待つ間、何か会話をと思っていると隣から声が聞こえてきた。
「我が家は一応公爵家だから、ある程度経済を回す必要があるのよね…年末のこの時期は特に力を入れて使うように言われているから、どうせならかわいい我が子たちにと思って、いつも市場に来るのだけれど…貴方たちの欲しいものといったら、本に筆記用具、壊れてしまったからと新しく新調するものばかり…もうちょっと、欲があっても良いと私は思うのよ。例えば…宝石とか、服とか。」
「お母様、それらは出かける時以外に着ける必要がないし、普段から定期的に我が家に商人や服飾屋がやってきて新しいものを作っているではないですか。そんなにいりませんよ、それ以上使うより貧しい家庭に寄付をした方がより慈善活動ができて、我が家の株も上がるのではないですか?」
随分と難しい話をしているな、と最初は思ったが、途中で自分が大きな勘違いをしていることに気が付きもう一度隣を、今度はガン見してしまった。今一番小さな少女は一番大きな少女のことを「お母様」と呼ばなかったか…?随分と若い見た目に見えたが、他の少年たちも彼女のことを「お母様」と呼んでいることから、一番大きな少女が彼女らの母親なのは間違いないようだ。
世界にはまだ不思議なこともあるのだと感じるしかない出来事に気を取られていると、話が一通り終わったらしく、お隣のご家族は席を立って去っていった。
「若い親子だったな…」
思わず口から出てしまい、はっとして目の前に座っている彼女を見るが、彼女は何かがおかしかったのか、口元に手を寄せて笑っていた。
「やっぱり、貴方と結婚して正解だったわ、ダージ。着眼点がいつも面白い貴方といれば、私はいつでも笑うことができて幸せよ。」
「…っ」
彼女の言葉に思わず涙が出そうになってしまうが、何とか気合で止める。今まで平民として暮らしてきた俺は、騎士をしている。そして、騎士としてそれなりの功績を上げた俺は来年からやっと彼女と同じ土俵に上がることができるのだ。
一目惚れしてから約3年、長いようで短かった片思い期間はあっという間に過ぎていった。まさか街で一目惚れした彼女は男爵家のご令嬢で、身分の差があった。だから、とにかく自分も同じ土俵に上がるためにさらに練習に磨きを入れ、何とかつかんだ貴族籍の証明書を持ちながら、彼女の住む自宅に突然訪問したのは、記憶に新しい。
「これも、貴方の並みならぬ努力と、騎士団長のスティード侯爵様に実力を認められたおかげね。私、目惚れだったのよ。まちで最初に見かけた時からね。貴方が屋敷に来た日からずっと貴方のことが頭から離れなくなって大変だったんだから。」
そう言いながら左手の薬指にはまっている指輪を大切なものを触るようにそっと撫でた。
「…改めて言わせてほしい、結婚してくれてありがとう。リン。」
俺は、彼女の目を見ながらそういう。どちらからともなく、笑みがあふれた。
「お待たせ致しました。ダージリンティーでございます。ポットお熱いのでお気を付けてください。ごゆっくりどうぞ。」
丁寧な店員がゆっくりとした動作で素早くテーブルにティーセットを並べて去っていった。
視界から店員が姿を消すとまた彼女が笑いだす。
「ダージリンって、絶対貴方何も知らないで頼んだでしょ。」
彼女の言う通り、自分の名前と彼女の愛称の組み合わせでできていたので運命を感じてその紅茶を選んだのだ。きっと注文をするときに気付いていたが、笑うのを我慢していたようで、いつまでも彼女は肩を震わせている。
「そんなに笑わなくても良いじゃないか。だーじりん、素敵な響きだ。」
「っふふ…ダージリン、よ。」
『どうか俺と生涯付き合ってほしい。結婚していただけませんか?』
一週間前、突然彼女の前に姿を現したダージは彼女に跪いてそういったのだ。
ふたりは、いつまでもこんな幸せが続くと良いと思うのであった。
「それにしても…あの方はヴァルキトア公爵家の奥様よね。剣術を嗜んでいると聞いたことがあるけど、大剣まで扱えるなんて…。」
「…ん?公爵家?!先程のお隣に座っていたのは公爵家の奥様だったのか?!」
「あら、気付いていなかったのね。…じつはあの方、お子様が7人いらっしゃるのよ。」
「公爵家で子供が7人…上位貴族では珍しいな。」
「なんでも、夫妻ともに仲が良いみたいよ。私たちもあの方たちのようになれたら良いわね。」
「…こどもがななにん…リン、俺は仕事を頑張らなければいけないみたいだ。」
「そっちじゃないわ、仲良く暮らしましょうってことよ。」
「それは、もちろん。…七人かぁ…養育費だけでどれぐらいかかるんだ…。」
完全に子供が7人生まれる前提で考え始めてしまったダージを止められるわけもなく、出会った時から真っすぐで、どこか普通の人とは違う考え方にリンはまた笑みを深めるのであった。彼女たちの家が賑やかになるのも近い未来にあるのかもしれない。
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