第10話 異才の弟

最近まで色鮮やかな葉が様々な場所で見られていたが、その時期ももうそろそろ終盤なのか、次第に枯葉となって地面に落ちているのを庭師がせっせと箒で集めているのを見るようになった。時折吹く風は冷えていて、体の水分を持っていかれる感覚がする。


今日は何となく大きな池がある秋の庭に散歩に来ており、セレナは弟のノースと共に水面に浮かぶ役目を果たした赤やオレンジの葉が浮かんでいるのをしゃがみながら眺めていた。


「お姉様、きれいですね。」

セレナは水面に映る弟を見る。ノースは水面の向こう側でセレナの方を見ていた。セレナは人差し指を水面の手前まで持っていき、そっと水面に触れる。

「そうね、例え落ちたとしても自然が生み出すものはいつも綺麗よね。」

水は波紋を作り、すぐに元の静かな水面に戻る。


「何してるの?」

突然後ろから声が聞こえたが、この声は三男のルスだろう。隣に一緒になってしゃがんでいたノースは驚いた素振りも見せず、後ろを振り返ったので水面からノースが消える。

「…」

「…セレナ、説明~。」

どうやらノースは振り返ったはいいが、ここにいる説明はするつもりがなかったらしい。沈黙に耐えかねたルスはセレナに説明を求めた。


セレナは仕方がないという顔をしてから視線を上げて振り返りながら立ち上がった。ノースもその時に一緒に立ち上がる気配をみせる。


「昼食後の散歩に来ていたところですよ、ルスお兄様。お兄様は今日もお仕事ですか?」

「まあ、そんなところかな。今日はそこまで大変な感じじゃなかったから、ちゃちゃっと終わらせてきたよ。それにしてもセレナはよく庭を散歩するんだね。僕が帰ってくる時は大抵、庭で散歩か、書斎で読書って感じでさ。」

「ずっと部屋にこもっていても良くないので、気分転換に散歩に来ているだけですよ。」

「僕も今度から気分転換に散歩でもしようかな…来年からはディオも学園に入学しちゃうからな~、この屋敷に残ってる兄弟の中で最年長になるとか…性に合わないな。」

途中からは完全に独り言になっていたがセレナはその話を聞いて確かにそうだな、と思い、ルスがしっかり兄としての姿をみせる未来が見えないので、困ったときは二つ下のベリーを頼ろうと心に決めていると深いため息をつきながら件のディオがこちらにやってきた。


「ルス、お前な…年長者として以前に、しっかり下の兄妹の模範になるように、だな。」

「ああ~、聞きたくない。聞きたくない!何も聞こえない~。」

ルスは耳をふさいでじたばたと足踏みする。それを見てさらに呆れた顔をしたディオはセレナとノースを見て、、ルスを指さした。

「いいか、セレナ、ノース。こいつみたいになるんじゃないぞ?」

「酷いな、ディオ。僕はいたって“普通”だよ。」

「それはない、断じてないって言えるぞ。」


それから二人はあーでもない、こーでもないという応酬を繰り広げていたのだが、セレナの隣に立っていたノースがうつらうつらし始めたのを察したセレナは、できるだけ音をたてないように気をつけながらノースを屋敷へと連れて行ったのだった。



それからノースを部屋まで送り届けて、セレナは読書の続きを読みに書斎へと向かっていた。誰もいない静かな廊下をメイドのモカを引き連れながら歩く。


(さっき、ノースは「お姉様、きれいですね。」と言っていたが、あれは多分紅葉した葉のことではなく、水面に映った私のことを言っていたのだろうね。)


セレナは先ほどのノースの発言について考えを巡らせる。


(ノースは一見して静かな子供だが、まだ幼いからか目の動きや、顔の動きから何となく言いたいことが分かるのは不思議だね。きっと彼はこの家の誰よりも『家族』を大切にしているのだろうな。)


ノースの家族至上主義は今に始まったことではないが、他の兄弟に比べて家族に固執しているように見えるのはきっとセレナの勘違いではないだろう。今のところは何も問題が起きていないから何とも言えないが、もし家族の誰かが外部の人間に危害を加えられるようなことがあれば兄のルスと同様、何をしでかすか分からない。


(まあ、今のところは様子見に止めておこうか。)


セレナはそう一人で結論付けて書斎の扉の中に消えていったのだった。


【おまけ】※前回同様、前まで投稿していた話を少し加筆修正したものです。時系列的には夏頃でジュリウスが自宅に帰省中、つまり少し前だと思ってください。


昼間は蒸し蒸しとした空気が漂い、何とも言えない暑苦しさがあったが、夜になると昼とは違い、かなり涼しい空気が流れていた。セレナは夕食を食べるために外廊下を移動していたので、夏の夜特有の涼しい風がセレナを撫でた。


「ホーホー」

音もなくセレナの前に現れたベンガルワシミミズクこと、ルスのペット『ゼクス』はセレナの肩にとまると満足したのか耳元で軽快な鳴き声を発している。少し止まってゼクスがどくのを待っていたが退きそうもないので、セレナは仕方なく夕食の食卓にゼクスを連れていくことにした。



食卓がある部屋に入るとガタンと音をたてて、先に席に着いていたディオが立ち上がった。どうやらまだ家族全員はそろっておらず、兄弟も3人しか席に着いていなかった。


「おい、そのフクロウはなんだ…?」

セレナがどう答えようかと考えあぐねていると、

「ディオお兄様!この子はフクロウではありません!ミミズクというのです!」

イルが元気よくそう口にしたが、きっとそこを聞きたかったわけではないと思う、と心の中で突っ込んでおく。


「僕もそれは知らなかったんだけどね~。あ、それ、ゼクスっていうんだよ。」

ルスがさらに付け加えたのでディオは困惑した顔をしている。


完全に意味が分かっていないディオにセレナは助け舟を出すことにした。

「…ディオお兄様、このミミズク、『ゼクス』は私が飼っているのではなく、ルスお兄様が飼っています。そして、ここに来る道中で飛んできて私の肩にとまったまま離れそうにもないので連れてきた、というのが事の経緯です。」

「そうそう、なんかセレナになついててさ。セレナといる時は絶対セレナの肩にとまるんだよ。一応、飼い主は僕なはずなんだけどね~。」


少しの沈黙の後にディオは静かに自分の席に座る。

「…何となく、事情は分かった。『セレナの事情』はな。」

そう言ってギロッとルスを見る。セレナはこれ以上会話に参加しなくてもよさそうだと判断し、自分の席へと向かう。席に着いてからディオの方を見るとまだルスを睨んでいるようだが、ルスは気にした様子はなくテーブルの上のカトラリーを両手で振り回している。


「ルス、お前の話はまだ続いている。」

「…ん、何?」

「そのミミズク…ゼクスと言ったか。」

「うん、ゼクスだよ。それがどうしたの?」

ルスは問われている意味が分からない、というようににっこりと笑みを浮かべながら首をかしげている。完全に理解しているのに分からないふりをしているように見えるのは果たしてセレナだけなのだろうか。


セレナがそう思っていると、途中から部屋に入ってきて話を聞いていたジュリが口を開いてディオの言いたいことをまとめる。

「つまり、ディオはいつから飼っていたか、どこから連れてきたのかを知りたいんだと思うよ。」

「なるほどね、ゼクスは知り合いから貰ったんだよ。えっとなんだっけ…ああ、そうだ思い出した。『私にはもう飼うことができない』とかなんとか言っていたっけ。」

「それで、家族に何も言わずに飼っていたのかな?」

「別に、相談しなくてもいいかなって…もしかして、ディオは動物苦手?」


(いや、多分逆だと思うよ。確か、昔一緒に話していた時に動物が好きだと言っていたからね。)


いつの間にかに、ベリーも部屋に入ってきていたが、静かに席に着いて話を聞いている。

「いや、ディオは、動物は好きだと思うよ?この前も、庭に入り込んだ野良猫に近付いて行っていたし…。」

その言葉を聞いてセレナはあることを思いつき、ゼクスに小声で何かを言った。ゼクスはセレナの言ったことが分かったのか、ディオの方に音もなく飛んで行った。その様子を口を開けて唖然とした顔で見るルスを除く兄弟達、ルスは「あんなに僕が呼んでも非常事態の時しか寄ってこなかったのに…」と隣で呟いていたが私以外には聞こえていなかったらしい。


日ごろの訓練の成果か、突然飛んできたゼクスを咄嗟に出た腕で受け止める。少しの間、硬直してゼクスを見ていたが、現実を受け止めたのか慣れた手つきでゼクスを撫でる。そして、珍しく花が咲いたかのようにふわりと微笑んだ。


(…おお、レアだね。ディオお兄様はほとんど微笑まない…流石、動物愛好家だね。)


心の中でセレナが驚いているとベリーが話しかけてくる。

「セレナ、ゼクスに何を言ったのですか?あんなに真っすぐに飛んでいくなんて、何か貴方が言ったとしか思えません。」

「…頼んでみたんです、ゼクスに。『ねえ、ゼクス。ディオお兄様のところに飛んで行ってもらえる?』って。」

「…なるほど。」

ベリーは納得したように一回頷いた。



その後、両親が来るまでの数分間はディオがゼクスを撫でていたが、途中でゼクスは撫でられ飽きたのかまた音もなくセレナの方へ羽ばたいてきて今度は逆の肩に乗って勝手に寝始めた。ディオは残念そうな顔をしながらもまた今度撫でさせてもらおう、と心に決めた。


(本当は重いから違うところで寝てほしいんだけど、一体いつ退いてくれるんだろうね?)

セレナ的にはそのままディオのところで寝てほしかったのだが、どうしてかセレナの肩は落ち着くらしく、今後もこのようなことが度々起こったりしたのだとか。


その後遅れてやってきた両親がセレナの肩にとまっているゼクスを見て驚くのだが、今度は長男のジュリウスが上手く説明してくれたとだけ供述しておこう。

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