夏が通り過ぎる

祐希ケイト

夏が通り過ぎる

 この季節は孤独が一番浮き彫りになる。


 じめじめと薄ら寒く、でも身体が火照るような感覚が地を打つ雨によって全身を覆っている。いつもこうだ。


 四年前、このうだるような梅雨の中、俺は大学の同級生の美雨と付き合い始めた。公園には三角帽子の屋根をもつ簡易的な建物があり、その下のベンチで美雨と二人、たがいにびしょ濡れになりながら笑っていた。温かいシャワーのような雨だった。


 君がいるといつも雨だね、と笑う美雨は苦笑交じりの顔をしていた。


 そして、今日もまた四年前と同じ雨、同じ公園のベンチで雨宿りをしている。右横に座っている美雨は笑うことなく、気怠そうにガムを噛みながら絶え間なく降る雨をつまらなそうに見ている。濡れた前髪を鬱陶しそうに手で払い、バッグの中から愛用している髪留めを探して付け始めた。


「君がいるといつも雨だね」


 美雨の横顔に笑顔はなかった。


 何も言い返せないまま一分、二分と時が過ぎた頃、しびれを切らした美雨はガムを包み紙に吐き出した。


「ガムってさ、はじめは美味しいんだけど、味がなくなってからも惰性で噛みつづけてたら急に吐き出したくなるよね」


「え、俺のこと?」


 咄嗟に口を突いて出てきた言葉に、美雨は今日初めて俺の顔をまじまじと見た。その顔には驚きと、すこし含み笑いがある。四年前の美雨だった。


「うん、そうだね」


 先程までの雨足が嘘のように弱くなり、緊張感がその場から無くなった。今なら美雨に話しかけられそうだった。いつも雨でごめんね。今からデートしよう。どこでもいい、君が行きたい場所に行こう、と。


「じゃあ、別れよっか。君といるといつも雨でつまんないんだもん」


 蛇口をひねったような雨は途端に栓で塞がれた。彼女と会うたびに降り注いでいた雨は、それから一週間、二週間と降ることはなかった。


 振られたショックからか、あんなに好きだった彼女に嫌悪感を抱くことは俺も例外ではなかった。


 俺が雨男なんじゃない。彼女が雨女だったのだ。


 そうやって自分を納得させても気持ちが軽くなることはなかった。気休めにもならなかった。なんなら、ことあるごとに彼女に非があると思うほど良心が痛み、彼女も好きで雨女になりたかったわけではないと、さりげなく自分も悪くないように考えるようになっていた。


 そうなると、次に罪をなすりつける相手は神様しかいなかった。日本屈指の最強縁切り神社として名高い、京都の安井金比羅宮やすいこんぴらぐうを初デートで訪れたことが運のつきだ。そこで神様にしてやられたに違いない。もしくは妬みによるただの嫌がらせか。


 あぁ、夏が通り過ぎる。


 梅雨も過ぎてあっけらかんとしたある晴れの日、天気予報でも言っていない、か細い糸のような雨が降ってきた。折りたたみ傘を使うこともできたが、使うにはあまりにか細い雨である。大学から最寄り駅までの帰り道はあえて傘を差さなかった。いろんな感情を洗い流したかった。


 そんな気持ちを察してか徐々に雨足は強くなり、鉛のような大雨が襲ってきた。自分が思っていた以上に流したい感情があったらしい。早く傘を差さないと、と思い立ったのも束の間、あっという間に身体はびしょ濡れになった。息を切らして家までの帰路を走ったが、折りたたみ傘でも耐えられないと思い、すかさず近くの公園に立ち寄った。


 三角帽子の屋根をもつ見慣れた簡易的な建物。ベンチに座り雨を凌いだ。じめじめと薄ら寒く、でも身体が火照るような感覚が地を打つ雨によって全身を覆っている。


 雨を見ると思い出すのだ。彼女、美雨と遊んだ楽しい日のことを。なぜだかいつも雨が降っていた。でも、そんな雨が俺は不思議と嫌いじゃなかった。出会ったときも、そう、やはり雨だったのだ。


 視界の隅からこちらに向かって走ってくる人影が見えた。


 温かい、シャワーのような雨だった。

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夏が通り過ぎる 祐希ケイト @yuuki_cater

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