君と海淵から青空へ

木村泰紀

第1話

ちょっと、水がきれてるよ。買い足さないと。

4、5歳くらいの子どもの手を引いて足早にスーパーへと入っていく母親らしき人。

人は皆、手に水を持って歩いてくる。

この世界で唯一水を持ち歩かなくていいのは僕だけだろうな。

そんなことを考えながら、今日も研究室へと足を運ぶ。「鈴木誠大」と書かれた札が掛けてある扉を開けると、緩くパーマのかかった髪を揺らし、こちらを向く。

「なんだ、シロか。」

「……」

僕の名前はたぶんシロではない。だが、本当の名前を思いだせる気もしないので否定する気もない。現に僕だって「鈴木誠大」の事を「先生」と呼んでいる。時々名前を忘れそうになるが、扉にかけてある札のおかげでなんとか思い出せる。

「シロ。実はお前に依頼が来てるんだ。」

「え?なんでですか?僕はただの助手なのに」

「依頼主はお前と同じ歳の女の子の親らしい。」

(自分の歳もわかんないのに…。)

僕の先生はいわゆるカウンセラー?らしい。僕を拾ってくれた恩人でもある。

「よし、今日は午前に仕事が入ってるんだ。行くぞー。」

 都内の病院へ着き、「203号室」と書かれた部屋へと入る。

「こんにちは。真長彩沙さんのお母様ですか?」

長髪を揺らしてこちらを向くと、小さく返事をして先生と話し始めた。

僕は空を見つめる女の子が気になって覗き込むと、ぱちっと目が合う。すると、置いてあったペットボトルを鷲掴み、僕の頭へクリーンヒットさせた。

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