第44話 森と老婆と魔塵族
アスベルは老婆の後を追う。老婆は老体とは思えないほどの速さで家の外へと出向き、暗い森のなかを進んでいく。アスベルもそんな老婆を見失わないように足を早めるがそれでも先行く老婆との差は縮まらない。
森の奥に入るとだんだんと湿った空気が頬に触れた。腐葉土になりかけの地面を踏みしめながら老婆の背中を追うと突然老婆が立ち止まり、アスベルもそれにあわせて歩みを止める。
何事かと近づくと老婆は振り返り、とある場所を指差した。
「あそこをご覧なさい」
アスベルは老婆が指す方向へと目を向けた。
そこには森の闇を塗り重ねるほどの青白い光を放つ大量の茸が群生していた。
「な、なんだここ……! 」
アスベルが驚愕の声をあげるなか老婆は青白く光る茸の一つを木の根元からぽつりと引き抜くとアスベルに手渡す。
「あんたが探してた偃月茸だよ。大量にあるだろう」
「偃月茸……。これが……!? 」
想像とは違う見た目の茸にアスベルは目線と同じ高さまで上げてじっくりと茸の隅から隅まで見つめる。茸が照れだすのではないかと思うほど長く。
「一日の半分程度光輝いている姿が偃月のようだからその名がついたと言われる茸さね。綺麗だろう? 」
「はい、すごく! でもどうしてお婆さんはこの場所を知っているんですか? 」
アスベルの問いに老婆は笑いながら言葉を紡ぐ。
「私はここで暮らし始めて長いからね。もう庭のようなものさ。何処にどんな植物があるかなんて目を閉じていても分かるよ」
「森が庭……! すごいですね」
「だてに長く生きてちゃいないよ。ほら、こいつが必要なんだろ? そろそろ夜になる。さっさと取って帰りな」
老婆はアスベルを急かすように背を叩くとアスベルはそれを皮切りに偃月茸を必要本数集め始めた。根元から丁寧に切り取り、全部で六本の偃月茸を採取する。六本もあればその光は眩しいほどに発せられ、失明しないように光を遮断する厚い布生地の袋に入れる。これでアスベルの依頼は完了となった。
「これで依頼達成! エルマにも怒られずにすむ……」
偃月茸の入った袋を持ち上げ、安堵のため息をつくアスベルに老婆は微笑みながら背を擦ってやる。
「お疲れ様。ほら戻るよ。いつまでもこんなところにいたんじゃ危ないだろう」
老婆の声に振り向き、アスベルは偃月茸を抱え直すと一度老婆の家へと戻る。しかし戻ったのも束の間、アスベルはカリオストロ国へと戻ろうとしていた。辺りも大分暗くなり、もう夜といってもいいくらいの時間帯だ。ならば次は賊が動き出す時間。それを心配して老婆はアスベルを呼び止める。
「大丈夫ですよ。賊の方から逃げ出すくらい強いんです! 僕! 」
腰に手をかけ、むふんと鼻息を吐き、老婆に要らぬ心配をかけさせぬようにするが当の老婆は聞く耳を持たず、アスベルを家に泊めようとした。
「そうはいってもね。今の時代は男でも襲われるんだよ。いくら強くてもあんたみたいな子供はすぐに狙われるよ」
「いやぁ、でも早く帰らないと友達が心配するので……」
アスベルもこれ以上遅くなることは避けたいのか自らの意見を捨てずに老婆に伝える。感謝の気持ちがあるが故にここは早めに帰路につくのが良いと判断したまでだ。アスベルの言葉に老婆は少し考え込んだあとこくりと頷いた。
「そこまで言うのなら分かった。だけど森の外まではおくらせておくれ」
老婆の最後の善意にアスベルは断ることなく、受け入れた。荷物をまとめて老婆の明かりを標に進んでいく。アスベルは老婆の足元に気を配りながら森の中を歩いていく。木々の間から外が見えるほどに開けてきてアスベルと老婆はファウスの森を抜けた。
「ここまでしか見送れないけど気をつけて帰るんだよ」
「はい! お世話になりました! お婆さんも身体に気をつけてください! 」
アスベルは偃月茸を抱き抱えながら落とさないように頭を下げた。老婆は満足そうに頷いている。そのままファウスの森を後にしたアスベルは老婆から頂いた魔石を原動力にした簡易ランプで道を照らしながらカリオストロ国への道を歩いていく。だがふとあることに気付く。
「そういえばお婆さん、いつ腰が治ったんだろう? 」
疑問を残しながらもアスベルは特に気に止めることはなかった。
鼻腔から伝わる香のような匂いもアスベルは意識することはなかった。
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